【プロローグ】 死刑執行

文字数 1,569文字

 俺は白い空間のなか、金属に光沢がある、パイプイスに座っていた。


 刑務所の面会室のように、透明な仕切りがされていた。


 灰色のカウンターが突き出されている。


 刑務官がいないので、うっとうしさは感じないが。


 面会者は白いスーツを着た野郎だ。


 ネクタイまで白で染めている。


 潔癖さをアピールするにも程がある。


 キーボードをたたいている、ノートパソコンまで白なので、うんざりと作業を見つめていた。


 男がしているサングラスだけは黒だった。


 太陽もないのに、着用する理由は、両目を隠したいからか。


 周りが白すぎて、そこだけ目立ち、でかい黒目が二つあるように思えてしまう。


 男は黒髪の長髪を後ろでまとめているようだ。


 ヒゲはちゃんとそっている。


 歯は白く、コーヒーとかを飲んだあとに、歯磨きしているのかもしれない。


 神経質な性格か。


 名前はセキュアメントと言った。


 たぶん偽名だ。


 本名に興味はないが。


 セキュアメントは、軽快にキーボードをたたきながら、


「協力に感謝する。君は今から死刑になる。そこで質問なんだが、いいかね?」


「なんだよ?」


 ダルそうに答えた。


 俺はもうすぐ終わりだ。


 罪状は殺人。


 女の身体をバラバラにして、彼氏に送りつけたりしてた。


 脅迫も入ってるか。


 二十歳前半で捕まってしまった。


 まだまだ殺し足りなかったのに。


 精神障害を訴えても、罪が軽減することはなかった。


 無能な弁護士どもめ。


 たった数十人殺したぐらいでこれだ。


 ネットゲームに参加してなけりゃぁな。


 殺人犯の特徴が、俺の情報と一致したらしい。


 ネットは便利だが、プライベートアカウントの意味を成していない。


 いや、自慢気に殺人情報を書き込んだのが悪かったか。


 自己顕示欲は天敵だった。


 セキュアメントはパソコンから視線を離し、


「なぜギロチンを選択した? お礼に苦しまずに死ねる薬を用意していたのに」


 不思議なのか聞いてきた。


 ギロチンとは、二本の柱の間に斜状の刃をつって、その下に死刑囚を寝かせ、刃を落下させて首を切断するものだ。


 刃は直角に降り下ろすよりも、ななめにすべらせたほうがよく切れる。


 俺は人体を切りきざんだ経験があるからわかる。


「ああん? ギロチンが一番優しい死に方だからだ。刃物の扱いに慣れているからわかる。一撃で、即死ねる」


「苦痛が刑罰の一つだと考えられたときは、頭を殴ったり、なんども刃物で刺したりしていたらしいがね。ギロチンはその苦痛を免除するために作られた。『楽に死ねる』。死が隠されてしまったこの時代において、人はそんな単純なことを忘れかけている。名前は生々しいがな」


 セキュアメントがニヤついた。


 感情のないロボットだと思っていたのに。


 人間かどうかも怪しいが。


 皮肉なもんだ。


 単純な幸福を、俺が発見したわけか。


 この殺人鬼が。


「時間だ」


 セキュアメントがノートパソコンを閉じた。


 俺の後ろをながめている。


 白い空間に、赤く染まったドアがあらわれて、少しだけ開いていた。


 向こう側の闇は深い。


 俺はため息をついて立ち上がる。


 両腕は白い拘束衣によって、腹部に回されているから動かない。


 不便は感じていない。


 どうせ死ねば、両手両足使えなくなる。


 ドアの隙間から生暖かい風がふいて、肌をなでまわす。


 草と動物の臭いがした。


 興奮してくる。


 人生最後の汁を味わおう。


「君にとって、殺人はどんなものだった?」


 唐突に、セキュアメントの質問。


 怒りはしなかった。気分がいいからだ。


 俺は白い歯をむき出して笑い、


「ははあっ、ゲームだよ。さっ、楽しもうぜ」


 開いたドアの先へと足を踏み出した。


 硬い砂の感触がする。


 複数の人の息遣いが耳をついた。


 警察犬がほえてやがる。


「君のことは嫌いじゃなかったよ」


 その言葉とともに、白い空間と男は消滅していた。

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