▼本編開始▼ 戦争孤児
文字数 1,333文字
カンクロウは火によって黒く焦げた天井を見つめていた。
生まれたときから親はいない。
孤児だった。
育ての親は、戦争が始まるとさっさとどこかに逃げていった。
汚れた布が巻かれた右目は、病気で失明しかけていた。
食べ物をろくに与えず、ある程度大きくなったら売り飛ばすつもりだったのだから、大事に育てられていない。悪化するのは時間の問題だった。
体が高熱で動かない。
あおむけに寝かされている薄い布から、固い床の感触がする。
黒いハエが頬で動いているけど、はらう気力はない。
死が頭のそばで、両膝を突き出して座り、見下ろしている気がする。
寂しさで涙が出そうだった。近くに嫌いな親が、いたほうがマシだった。
「お水持ってきたわよ」
耳のとがったエルフの少女が、ひょこっと顔を出した。
細い目に白い髪。ロングの髪が下にたれて鼻をくすぐる。
俺は涙をひっこめた。
八歳になったばかりだけど、男としてプライドはある。
年の近い少女に情けない姿は見られたくない。
少女が俺をここに寝かせてくれた。「食べ物を取ってくる」と言って、危険な外を走っていった。
帰ってこないだろうと思っていたので意外だった。
なぜ出会って間もない他人に優しいのだろう?
「しっかりしなさいね。お姉ちゃんが助けてあげるから」
年上のような言い方だけど、そんなに差はないだろう。
姉と言っているが、血はつながっていない。
弟を亡くして幽霊でも見ているのか。
甘えるしかなかった。
こんな状態では差別されている亜人ですら神様に見えてくる。
亜人とはエルフや獣人の総称で、人間ではない者はすべてそう呼んでいた。
同情はしている。
亜人の扱いはひどいから。俺以上に。
冷たい布が額に置かれる。
「熱は下がるかな?」エルフの少女が小さく首をかしげ、
「食べ物も持ってきたから……!」
と言い、震えた。
物音がした。
炭となった木材が踏みつぶされ、
「ははっ! 水と食い物だぜ! あとをつけて正解だったな!」
剣を持った大人の男がふたり。
鎧の国章から敗戦兵だとわかる。
負けたことがわかると逃げ出すところから、元傭兵だったのかもしれない。
惨敗兵はあとをつけていた少女を見て、
「なんだぁ? 下等種族のエルフじゃねぇか?」
あからさまに、眉間にシワをよせた。
見た目は人間と変わらないのに、汚物を見るような目。
人ではない者に対する嫌悪感。
「あっ……」
少女はつけられていると思わなかったのか、目をパチパチさせてじっとしている。
「エルフは人間さまに食料と水をタダで提供する。常識だ。わかるよな?」
敗戦兵が剣を向けてきた。
少女はあきらめた表情になり、「……はい」と小さく言う。
「頭を下げて! 食べ物をあげますってお願いしてみろ!」
バカな大人からの要求。熱があるけど、血管が怒りで切れそうだった。
亜人だからといって、そんなことをしていいわけがない。
少女は俺を見ると、笑った。
「安心してね」と言っているみたいに。
正座し額を壊れた床につける。
「どうぞお水と食べ物を持っていってください」
「頭の下げ方がなってねぇ!」
体格のいい男が少女の後頭部を踏みつける。地面にこすりつけた。
少女は耐えている。
殺されるよりマシだから。