第17話 ラスト・エンディング
文字数 1,873文字
その日の舞台演劇「生きる」は好評だった。
主役の慎吾と新人女優の新川美子による演技が、真に迫っており迫力があったと評判である。観客の女性たちは、堪え忍びながら強く生きる「雪子」の生き方に感動していた。
この舞台はどちらかと言うと主役の慎吾よりも、彼に尽くし、彼に裏切られながらも、 彼を許して強く生きる女性の生き方に共感を持つ人が多かった。中には雪子に共感して、ハンカチで涙を抑える人もいる。
舞台ではカーテンコールが行われていた。
はじめに端役が登場し、つぎに脇役の何人かが登場し拍手を浴びる。それから雪子役の美子が登場すると、割れるような拍手が湧きあがった。
「素敵ね、あの新川美子って人はどんな人?」
「さあ、新人っていうじゃない、でも落ち着いていて、素晴らしい演技よね」
「この雪子という役にピッタリね、まさにはまり役」
続いて主役の慎吾が現れると、女性客の多くから拍手が起こった。
「きゃぁ……慎吾ちゃん!」
最後に演出家の老川由紀夫が手を振りながら登場すると最高潮になる。
「ブラボー! 老川、最高~!」
その公演の最終日に、美子は記者からインタビューを受けた。
「今回の初舞台で、新人のあなたは素晴らしい演技をしました、批評家から高い評価を受けていますね」
「ありがとうございます」
「ところで、今まであなたはどこでその演技を習ったのですか?」
「私はある小さな地方の劇団と、東京の劇団にいました、その成果でしょうか」
「なるほど、その劇団と言うのは?」
「ごめんなさい、それは今はここでは言えません」
「どうしてですか?」
「私は昔、地方の小さな劇団である人と頑張っていましたが、わけ合ってその人は、劇団から出て行きました。今でもどこかで頑張ってると思います。その場所を言うと彼の素性が分かってしまいますから……ですから、そのままにしておきたいのです、彼の為に、そして彼には彼の生き方がありますから」
「なるほど、色々と事情はあるようですね、貴女はそれではその人にもう一度、逢いたいと言う気持ちにはならないのですか?」
「ずっと逢いたいと思っていました、でもしばらくは逢うことができませんでした。それから偶然にも、その人と逢うことができました、その人は今、立派になって元気にしていているようですから、私は安心しました、もう悔いはありません」
「そうですか」
「その人は、どこかでこの私のインタビューを見ていることでしょう、多分喜んでくれていると思います」
「では、あなたはその方を好きだったんですか?」
「そうです、今でも、前からずっと……形は変わっても心は変わりませんし」
「え? その意味は?」
「いえ、何でもありません、独り言ですから」
そう言って美子は懐かしそうに空間に眼を遊ばせていた。その眼には涙が溢れている。
「ではもう一度その人と、一緒に演じるということはないのですか?」
「ありません」
「分かりました。最後に、今回の公演であなたと共に、素晴らしい演技をした相手役の慎吾さんについてお聞きします」
「はい」
「今度の芝居では、慎吾さんと初めての相手役ということですが、彼の演技についてどう思われますか?」
「はい、今度初めて慎吾さんと一緒に演技をさせていただいて、とても楽しかったです、 彼にとってはこれが初めての舞台となるのでしょうが、この世界でも素敵な役者さんになると思っています」
「そうですか、今後、もしまたチャンスがあれば慎吾さんと共演しますか?」
「いえ、しません、私はこの(生きる)の公演を最後に田舎に帰ります」
「それはもったいない、もっと東京で活躍できるのでは?」
「いえ、いいんです、私の憧れの慎吾さんと楽しいお芝居ができましたから、この公演で沢山の時間を楽しませてもらいました、それで充分です、ありがとうございました」
こうして謎の女優「新川美子」のインタビューは終わった。
それ以来、彼女が演劇の舞台で名前が出ることはなかった。おそらく名もない地方の劇団でこつこつと芝居をしているか、あるいは誰かと結婚して、つつましやかな生活を送っているのかは誰も知らない。
その後、慎吾は人柄が変わったように演技に真剣に打ち込んでいった。
そして、慎吾は着実に演技の幅を広げ、落ち着いた良い役者になっていったのである。
或る田舎で、時々、主役を演じる慎吾が、テレビで放映されるドラマを楽しみにしている一人の女がいた。
完
主役の慎吾と新人女優の新川美子による演技が、真に迫っており迫力があったと評判である。観客の女性たちは、堪え忍びながら強く生きる「雪子」の生き方に感動していた。
この舞台はどちらかと言うと主役の慎吾よりも、彼に尽くし、彼に裏切られながらも、 彼を許して強く生きる女性の生き方に共感を持つ人が多かった。中には雪子に共感して、ハンカチで涙を抑える人もいる。
舞台ではカーテンコールが行われていた。
はじめに端役が登場し、つぎに脇役の何人かが登場し拍手を浴びる。それから雪子役の美子が登場すると、割れるような拍手が湧きあがった。
「素敵ね、あの新川美子って人はどんな人?」
「さあ、新人っていうじゃない、でも落ち着いていて、素晴らしい演技よね」
「この雪子という役にピッタリね、まさにはまり役」
続いて主役の慎吾が現れると、女性客の多くから拍手が起こった。
「きゃぁ……慎吾ちゃん!」
最後に演出家の老川由紀夫が手を振りながら登場すると最高潮になる。
「ブラボー! 老川、最高~!」
その公演の最終日に、美子は記者からインタビューを受けた。
「今回の初舞台で、新人のあなたは素晴らしい演技をしました、批評家から高い評価を受けていますね」
「ありがとうございます」
「ところで、今まであなたはどこでその演技を習ったのですか?」
「私はある小さな地方の劇団と、東京の劇団にいました、その成果でしょうか」
「なるほど、その劇団と言うのは?」
「ごめんなさい、それは今はここでは言えません」
「どうしてですか?」
「私は昔、地方の小さな劇団である人と頑張っていましたが、わけ合ってその人は、劇団から出て行きました。今でもどこかで頑張ってると思います。その場所を言うと彼の素性が分かってしまいますから……ですから、そのままにしておきたいのです、彼の為に、そして彼には彼の生き方がありますから」
「なるほど、色々と事情はあるようですね、貴女はそれではその人にもう一度、逢いたいと言う気持ちにはならないのですか?」
「ずっと逢いたいと思っていました、でもしばらくは逢うことができませんでした。それから偶然にも、その人と逢うことができました、その人は今、立派になって元気にしていているようですから、私は安心しました、もう悔いはありません」
「そうですか」
「その人は、どこかでこの私のインタビューを見ていることでしょう、多分喜んでくれていると思います」
「では、あなたはその方を好きだったんですか?」
「そうです、今でも、前からずっと……形は変わっても心は変わりませんし」
「え? その意味は?」
「いえ、何でもありません、独り言ですから」
そう言って美子は懐かしそうに空間に眼を遊ばせていた。その眼には涙が溢れている。
「ではもう一度その人と、一緒に演じるということはないのですか?」
「ありません」
「分かりました。最後に、今回の公演であなたと共に、素晴らしい演技をした相手役の慎吾さんについてお聞きします」
「はい」
「今度の芝居では、慎吾さんと初めての相手役ということですが、彼の演技についてどう思われますか?」
「はい、今度初めて慎吾さんと一緒に演技をさせていただいて、とても楽しかったです、 彼にとってはこれが初めての舞台となるのでしょうが、この世界でも素敵な役者さんになると思っています」
「そうですか、今後、もしまたチャンスがあれば慎吾さんと共演しますか?」
「いえ、しません、私はこの(生きる)の公演を最後に田舎に帰ります」
「それはもったいない、もっと東京で活躍できるのでは?」
「いえ、いいんです、私の憧れの慎吾さんと楽しいお芝居ができましたから、この公演で沢山の時間を楽しませてもらいました、それで充分です、ありがとうございました」
こうして謎の女優「新川美子」のインタビューは終わった。
それ以来、彼女が演劇の舞台で名前が出ることはなかった。おそらく名もない地方の劇団でこつこつと芝居をしているか、あるいは誰かと結婚して、つつましやかな生活を送っているのかは誰も知らない。
その後、慎吾は人柄が変わったように演技に真剣に打ち込んでいった。
そして、慎吾は着実に演技の幅を広げ、落ち着いた良い役者になっていったのである。
或る田舎で、時々、主役を演じる慎吾が、テレビで放映されるドラマを楽しみにしている一人の女がいた。
完