第9話  新人女優との関係

文字数 2,016文字

 慎吾の主演による連続テレビ・ドラマは好調だった、番組は相変わらず高い人気の視聴率を誇っている。プロデューサーがこの美形の慎吾と、激しいライバル意識を持つ野性的な上川拓也を噛み合わせたのがヒットした原因でもある。
 それに最近売り出してきた慎吾の恋人役の蒼井なぎさの人気が急上昇したのもこのドラマの影響だった。

 ドラマの収録が中盤に入った頃、なぎさが慎吾に告白するシーンがあった。その場面は慎吾を慕うなぎさが強く雨が降る日に、彼のアパートで傘もささずに、ずぶ濡れになりながら待っているシーンだった。

 夕方に慎吾がバイクに乗ってアパートの家に着いた時だった、その前で長い時間を待っていたなぎさは、慎吾の前に現れる。
 役の上では慎吾は、「慎一」で、なぎさの役名は「さゆり」だった。雨の中で、目の前から急に飛び出してきたさゆりを見て慎一は驚いてバイクから降りて言った。

「どうしたんだい? さゆり、こんな雨の中を」
「私は慎一さんに会いたかったの、好きです、ずっと待っていたの」

雨に濡れたなぎさの顔は美しかった、(こんなに、慎一さんのことが好きなのです)と言う一途な女性の役を演じきっていた。
 彼女のファンの若者達はそんななぎさに痺れていた。熱狂的な若者はそんな彼女を見て、相手役を自分に置き換えて涙するものも少なくなかったという。

「それにしてもこんなに濡れていたんでは、風邪を引いてしまう、とにかく僕の部屋においで、そこで濡れているものを着替えればいい」
「はい」

 その時、さゆりが着ていた白いブラウスは濡れて密着し、乳房などの身体の線がはっきりと分かるのだ。部屋の真ん中で向き合ったさゆりの濡れた頭を慎一がタオルで拭いていると、急にさゆりが慎一に抱きついてきた。

「どうしたの、さゆり?」
「わたし、慎一さんが大好きです、このまま抱きしめさせて下さい」

「君の気持ちはわかるよ、でもさゆりはこんな僕でいいのかな、僕は真面目じゃないし、君が好きなる資格なんか、僕にはないんだ」

「いいえ、いいんです、さゆりは今のままの慎一さんが好きなの……」
「仕方ない娘だね、じゃあ今だけだよ」
「あん、嬉しい!」

 慎一はさゆりの肩に手を回して抱き締め、二人はうす暗い部屋の中で唇を交わしていた。 そのシーンでは今、人気絶頂の鮎川れみの甘いバラードが流れていた。

 清純を売り物にしていたなぎさは慎吾に体当たりで抱きついていたが、その激しさは別人のようだった。画面ではなぎさの白い肩だけを撮していたが、実際にはなぎさは何も身につけず全裸だった。

 後でなぎさは、このシーンをきっかけに清純路線から見切りをつけて、大人の女優となっていくのだが、現実の世界でも、なぎさが初めて抱かれた男が慎吾というのも皮肉な話である。なぎさはドラマのストーリーと同じように慎吾に恋してしまったのだ。

 なぎさが慎吾を今までの男とは違う何かを感じたのだ、真面目で素直だったなぎさの少女の心はドラマとは言え、慎吾に抱かれた瞬間から大きく脱皮した。抱かれたとき、なぎさは彼に処女を捧げたいと強く思った。

 こんな感情が湧いたのは、生まれて初めてである、その気持ちはドラマのさゆりそのままだった。それというのも、なぎさは慎吾が好きだった、むしろ積極的に行動起こしたのは彼女の方だったのである。
 その日のネットでは相変わらず話題がそのことで盛り上がっていた。

「僕のなぎさちゃんを慎吾に取られちゃったよ、悔しい」
「仕方ないさ、あんな色男の慎吾を前にすればね」
「これでなぎさも清純路線からさよならだね」
「あの、透け透け、たまんない!」
「いまどきあんな清純な女の子いるのかな?」

 そんな噂がネットで熱く語られているとき、なぎさは内密に、慎吾のマンションを訪れていた、帽子を深く被り、色付きのサングラスをかけ、髪型を変えたなぎさに誰も気がつかなかった。
 なぎさは自ら自分の意思で処女を慎吾に捧げたのだ、その若鮎のようだピチピチとした肉体を慎吾に預けたのである、それは古い自分との決別だった。

 慎吾は始めそれを受け付けなかった、しかしその時のなぎさは違っていた。あの清純な蒼井なぎさはそこにはいなかった。もし彼がなぎさを拒否していたら彼女は本当に死ぬ覚悟だったのかもしれない。泣きながら抱きつくなぎさに慎吾は為す術もなかった。

 勿論、慎吾は沢山の女を経験してきた。しかし、なぎさのような女は初めてだった、男を知らない女が自分から積極的に自らを捧げるなど、思っても見なかったのだ。

 そして慎吾自身もなぎさを妹のように思っていたが、その思いは彼女と裸で交わってから大きく変化した。

 その時からなぎさは、大人の女優に目覚めたことになる。
 彼女の人気は徐々に不動のものとなっていくのだが、そのきっかけが慎吾であることは間違いない、しかし本当に彼女が慎吾を愛していたのかと問えば、それは彼女の心の中にしか分からない。


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