かいてきなたび 31

文字数 1,645文字

シェリー君が馬車の準備の時にしておいた細工。
それは簡単なものだった。が、同時に成長を感じる中々なものだった。
先ず、サイズの違う手頃な大きさの石に糸を巻き付けたものを糸の長さを変えて二つ用意する。
そして、石の付いた端を馬車の左右両方の車輪部分の少し前方の上に引っかけておく。
この場合、糸を引っかける部分が無かったので、シェリー君は幌の両側面を大きく縫って糸を通せるような輪を幾つか作り、そこに糸を通していた。
横から石を見つけた時に車輪の斜め上に石が浮かび上がっている状態を作っておく訳だ。(今回は見えない様に工夫をしていたが。)
幌の両側面に等間隔で同じ様に輪を作り、それぞれ糸を通し、荷台後方に糸の一端を止めておく。これで物理的準備は万端。
後はシェリー君が糸を持ってこう言うだけ。『馬車に細工をした。この糸を引けば(・・・・・・・)馬車が横転する。』と。
無論、この細工で糸を引いても前輪の上にある石が更に上に行くだけ。何も起こらない。
そう、何かが起こるのは『糸を捨てた時』のみ。
言葉で誘導をしておいた訳だ。
糸をシェリー君が握っている分には何も起こりはしないが、例えば誰かが糸を奪い、捨てた時にそれは起こる様に、仕向けておいた。
そうして、先程の様に糸は奪い取られて、捨てられ、石は支えを失い、落ちる。
落ちた石は車輪の真下の地面に落ちて置き石の様な状態を発生させ、車輪を浮かせて馬車を引っ繰り返す。
そうして馬車に乗っている人間全員に平衡感覚崩壊と飛び跳ねる樽や地面に叩き付けられる全身打撲をもたらした。

この時のポイント。シェリー君のやった事の戦略的ポイントは主に3つ。

・シェリー君が持って来た石の大きさを違えて左右で傾く度合いを違えた事。
・糸の長さを変えて左右で落ちるタイミングをずらした事。
・糸を引く事で作動するトラップと錯覚させておく事。

この三つだ。
前の二つ。タイミングと傾きを左右の車輪で変える事により、より効果的に、確実に馬車を横転させる事に成功した。
そして最後一つ。これは、この状況で自身が正攻法を用いて勝てないと冷静に分析し、その上で勝てる方法を模索し、そこまで相手を導いた事に有る。
 私が居ない中、よくやったものだ。
まぁ、私がやるならば幾つかもっと早い、自分だけが(・・・・・)無傷で済む方法が幾つか有った。
 例えば、三人の頸に糸を巻き付け、もう一端に石を結び、外の適当な木に投げて巻き付け、首を締め上げて三人を絶命させる方法がある。
 例えば、純粋にモリアーティー式拳闘術を用いて荷台二人を倒したのちに御者席の細男を倒す。
 例えば馬車車軸に糸の一端を巻き付け、もう一端を大きな輪にして荷台と御者席を囲う様に、そして目立たない様に仕掛け、後は馬車が一定以上走って糸が車軸に巻き取られて全員が糸の刃に真っ二つに斬られるのを待つだけ。(無論自分は伏せておく。)


血生臭いが、コッチの方が早い。
それでもやらなかったのはシェリー君の我が儘、そして、矜持。
わざわざ馬車が必要以上に横転しない様に石や糸の長さを考え、御者席の細男が投げ出された時に岩や木の枝にぶつかって大怪我をしない様に横転させる場所まで考えて…………………
犠牲を払わず、その上で我が儘を通した。それだけの事をやったのは称賛しよう。


あぁ、解説から戻ろう。
組み伏せられていたシェリー君は無事であったが、他二人は足場の無い中で樽の総攻撃を喰らい、目を回していた。
 御者席の細男もいきなりの馬車の横転で御者席から投げ出されて草原に投げ出されていた。
 「がぅぅぅぅぅ~~~~???」
 熊の方は目を回していたが、流石は野生の獣。樽の猛撃を躱して無事であった。
 「皆さん………大丈夫ですか?」
シェリー君が起き上がって三人を心配し始めた。
 シェリー君は自身が無いようだが、心配無い。
 皆を傷付けずに無力化する事に見事成功していた。
 「シェリー君、心配するな。皆無事だ。」
「………そうでしたか………。」
起き上がって直ぐに腰を抜かした。
 まだまだ、シェリー君には成長の余地が有るな。
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登場人物紹介

本作主人公にして最凶の悪役、モリアーティー教授。

異世界に飛ばされ、自分の正体を知らない幽霊となっているものの、類稀なる非道な知識の数々で未知の魔法世界でシェリー嬢をバックアップする。

チートこそ無いが、それに匹敵する頭脳を持つ知性の怪物。


魔法とて所詮は手段の一つ。今更一つ増えた程度で私の数式は揺らがない。

本作もう一人の主人公にしてヒロイン、シェリー=モリアーティー。

いじめを苦に自殺しようとしていた所を教授に止められた特待生の平民令嬢。

教授の知識を叩き込まれて徐々に成長していく。


教授に毒されそうで危険

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