第1話 向こうの世界「新薬の行方」

文字数 720文字

 《向こうの世界》

「ライアン、例の薬は完成したか?」
 身長が二メートルはあるかと思われる大柄なキングは、部屋をゆっくりと歩きながら、葉巻をふかし尋ねた。白髪で貫禄があり、仕立てたスーツは高級品だ。そして、キングは通称だ。
 高層ビルの窓の外は季節外れのハリケーンの雨風が窓を叩いていた。大手製薬会社の社長室にしては、こじんまりしている。
 美術品も絵画もなく成功の象徴的なものは何一つない。
 美しい木目のオーク材の机の上にはコンピューターが一台と幼い頃の二人の息子の写真が飾ってあるが、その表情はどこか悲しげに見える。

「もう少し待ってください。副作用に問題がありそうなので、調合方法を変えます」
 キングの右腕のライアンは答えた。
 ナンバーツーの座にいるライアンはキングと長い間、共に働いてきた。キングもまたライアンだけは信用してきた。
「内部情報を探っている者がいる。漏れる前に薬を完成させるのだ。まずは予定通り彼らで治験だな」
 キングはライアンに背を向け、低い声で天井を見つめながら話した。
「そうですね」
 
 製薬会社は結果を求められる。一秒でも早く他の会社より先発品を作る必要がある。昔、一度この薬の試作までこぎつけたが、上手くいかなかった経緯がある。キングの野心は消えない。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療薬として、また、呪われた過去を背負っている人々を救うことができると信じていた。
 
 それだけではない。この新薬を早く完成させなければ、もう国家安全保障局は黙ってはくれないだろう。そうなればキングの立場も会社自体も危なくなる。キングは焦るだけだった。
 だた、国家安全保障局の局長がこの薬をどのように使用するかは甚だ疑問ではあったが。









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登場人物紹介

SHIHO。(シャロン)「向こうの世界」で大東亜ファミリー製薬株式会社の社員として潜入捜査中。二つの世界を救おうと奮闘。

圭太。「現実の世界」を生きる高校二年生。あかりの事が昔から好きだが、告白できないでいる。

キング。「向こうの世界」大東亜ファミリー製薬株式会社社長。一代で会社を築き上げた。

ライアン。「向こうの世界」キングの右腕。大東亜ファミリー製薬株式会社をキングと共に作り上げた。

創一郎。「向こうの世界」で生きる。SHIHOの同僚であり、恋人。

あかり。「現実の世界」圭太の幼馴染。

ジョン。特別捜査官。「向こうの世界」シャロンの同僚。シャロンを助けるために奔走する。

堂下先生。「現実の世界」圭太とあかりの塾の先生。

徹。「向こうの世界」創一郎の弟で大東亜ファミリー製薬株式会社の研究者。

蓮。「現実の世界」圭太の弟で若き天才研究者。

ケイン。「向こうの世界」で特別捜査官のボス。シャロンの親代わり。

京野。「現実の世界」あかりの友人。

デモン。「向こうの世界」の国家安全保障局の局長。

洋平。「現実の世界」圭太の親友。

レイチェル。シャロンの妹で小学校の教師。シャロンと血はつながっていない。

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