第83回反省会
文字数 3,499文字
放送終了後のラジオブース内。
いつものように、ラジオ放送が無事? に終わった事で生じる弛緩した空気を漂わせながら、我ことマオウとディレクターの宵闇の伯爵、構成作家のストーンゴーレムが三人で膝を突き合わせながら反省会を行っていた。
我は懐から葉巻を取り出し、火花の魔術で着火して紫煙を燻らせる。
宵闇の伯爵も気怠い様子を隠さずに、炭酸の強いアルコール飲料――スパークリングワインなる地上産の飲み物らしい――をグラスに満たしそれを一気にあおって、一言うめいた。
ストーンゴーレムも肩に手を回して揉むような仕草をしている。彼は魔法生物なのだから肉体的な疲れとは無縁のはずだが、それでもやはり疲労の色は隠しきれなかった。理由は明白だ。
「しかし、本当に今回まで大変だったよ」
「同感ですな、マオウさま」
我と宵闇の伯爵は同時にため息を吐く。
ユミルの代わりにDJ助手をやるぞと、変に気合が入った我が父親。
ユミルと同じような気軽なトークはまず期待できない。
更に調子付いたら止まらない上に、ラジオ番組だと言っているのに愚痴が始まると止まらず、全く我の助手としての役割を果たしてくれない、いや果たす気が無いのには本当に辟易した。あくまで助手という立場をわきまえる事、これは我の番組であると説明してもまるで理解をしてくれない。
挙句の果てには自分のコーナーを作れだの、自分の番組も作ってほしいだの言いだした時には本当にどうしてやろうかと殺意が芽生えかけた。
「我が父上とはいえ、物事には限度がある」
「まさか番組中に空間転移を使うとは思いませんでしたが、胸がすく思いでしたよ」
ゴーレムも大きく頷いている。
「そう思ってもらえたならやった甲斐もあったというものだ」
三人の肩が大きく揺れ、同時に息をついた。
「それにしても……」
宵闇の伯爵は幾分か真剣な眼差しを我に向ける。
「勇者ハッシー。大分レベルも上がってきました」
「うむ」
「こちらも彼らのパーティをマークする必要性があるのではないでしょうか」
我も伯爵の眼差しを真っ直ぐ受け止め、自分のグラスに伯爵が用意したワインを注いで一口飲んだ。……ふむ、これは中々良い味だ。
「まだレベル32だぞ伯爵。他の冒険者を見てもそれ以上のパーティはいくらでもいる。彼らだけをことさら特別視する必要性はまだないだろう。心配性かな?」
「彼らは他の冒険者連中とは一線を画しております。忘れ去られた神の遺跡に辿り着いた者は誰もおりませんでした。前王アゼル様曰く、そこは世界の創造神の居る所と言いますし、もし何か神の遺物でも見つけた日にはどう変貌するか、まるで予想がつきません」
「仮に彼らが神と接触し、遥かに凄い力を得たと仮定しよう」
「はい」
「だが伯爵。君は私が一度、父と直々に戦った場面を見ているな? 元は神である、我が父親と我は互角、いやそれ以上に圧倒していた」
「……はい」
「たとえば神が相手だとして、万が一にでも我が誰かに負けるとでも思っているのかね?」
我が空洞の瞳に青白い光が宿るのを見て、伯爵は首を振って答える。
「いえ、けしてそのような事は考えられません。私はマオウ様こそ最強の存在であると確信しております」
「そうだろう。もしも、勇者ハッシー達が我が眼前にまで辿り着くほどのパーティに成長するのであれば面白い。聞きたいことが山ほどあるからな」
とはいえ、そこまでの実力が彼らに宿るかどうか。成長してくれればよいが、大抵の冒険者達は地上世界からこちらの世界に来るための扉、次元の扉を開くまでには至らない。そこは地上世界のどの地図にも未だ記載されておらず、行くためにはとあるアイテムが必要だ。そのアイテムを手に入れる為には幾多もの魔物が厳重に守っているダンジョンを攻略せねばならない。それも勇者一人で。
「彼らがこちらに来れたならまた考えよう、伯爵」
「ははっ」
グラスを一気に傾け、ワインを一息に飲み干した。
アルコールというものもたまには良いものだ。
「懸念事項は他にもある」
「はい」
我はグラスを置き、手を組んで膝に置いた。
「新コーナーのアイデア、どうすべきかな」
「新コーナーの、ですか……」
これだけ何回も放送を重ねるとネタもありきたりのモノや、前に考えたものと被ってきたりもする。
構成作家のストーンゴーレムが色々と頭を捻って考えてはくれるのだが、いかんせん同じ人が考えるネタというのはどうしても傾向に偏りが出るものだ。
もちろん彼ばかりに任せるわけでもなく、我や伯爵、時にはユミルにも考えてもらうのだが……。
「それと定番コーナーを作った事により、多少のマンネリ感も出てきましたな」
マンネリが一概に悪いわけでもない。変わらないものを求め続ける人々も確かに居る。人は誰しも完全に新しいものを求めているわけではない。だが新鮮味のあるガワを求めるもので、定期的に新しい風味の何かを作っていかなければやがて飽きられていくものだ。
「そんな中、ユミルさんのレポート。いきなり連絡が来た時は驚きましたが、あれは突発的な企画にしては中々良かったと思います」
「なんだ、あれは伯爵が考えたものではなかったのか」
「ええ、ユミル殿が大分休んでしまったから雰囲気に慣れたいと言い出して」
「復帰前にまさかこちらに連絡してくるとは思っても居なかったが、彼女にはあのような才能もあったのだな。前々から好奇心がかなり強いとは思っていたが、時々あのようなレポートのコーナーを作るのも良いかもしれぬ」
レポートして何かを周知するという手法も使えるだろう。
そうすればスポンサーや協力者を募る事だって可能なわけだ。
この番組は我が財布からの持ち出しのみで成り立っている番組だ。その為にあまり凝った造りには出来ず、どうしてもリスナーだよりの構成になりがちだ。
もう少し自分たちから能動的に何かをできたら良いと思っていたのだが、レポートはその手段になりうる。
「リスナーから何をレポートしてもらうか、案を募るのも悪くないな」
「それが良いでしょう。いくらか良い案が出たら選んでレポートのコーナーを仕立てましょう」
新コーナーについてはなんとなしに目途が付いた。次だ。
「それと、いい加減ユミルと我だけで番組を回すのは少々飽きが来たな」
「やはりゲストを時々呼んでお話を聞くコーナーなども必要でしょう」
「だろうな。ちょうど呼びたいと思っていた方が居るのだ。彼とのアポが取れ次第、ゲストコーナーについてもやっていきたいと思っている」
常に新しく面白いものを提供できなければすぐにリスナーは離れていく。
全くの好奇心でラジオの放送を始めてみたものの、やはり大変だ。
未だにユミルの代わりが務まる様なパーソナリティは見つからない。
我が深いため息を吐くと、一様に皆が黙り込んだ。
なんとなしに、反省会の空気も薄まり解散の雰囲気が高まってくる。
「今日の反省会はこんなところでしょうか」
「うむ。そうだな」
伯爵とストーンゴーレムが立ち上がった所で、ブースと外を隔てる扉が轟音とともに粉々に破壊された。扉があった先には、二本足で仁王立ちする黒い毛並みの子ヤギの姿がそこにはあった。
目が血走り、息を荒く吐き、体をぶるぶると震わせて毛が逆立っている。よくみればうっすらと赤いオーラが体から発されている。
完全に怒っているようだ。
「マオウよ……。いくらお主の番組で意思に沿わなかったとはいえ、前王にあのような仕打ちをする事は無かったのではないかな?」
地獄の底から響き渡るような声は、恐怖と恐慌の体調異常が生じるほど恐ろしいものだ。我は大魔王だからそういったものは効かないが、それでも多少は威圧された。
「よりにもよって空間転移で遥か高い空に飛ばされるとは思っても居なかったぞ。天空から投げ出されるのは神の座を追われて以来だ……。地面に叩きつけられた時はさすがに痛かったぞ」
「我が父ならばあの程度で死ぬことはないだろうと思っていたからな」
「やかましい! 久々にワシ直々に説教してくれる! 覚悟しろ!」
ぬ、これは不味い。我が父の説教は何日にも及ぶ。流石にその間執務が止まるのは避けたい。
「空間転移!」
「あ! こら逃げるか! 待てコラ貴様絶対に許さんからな!!」
我が父の声がブース内にこだまする中、我は城の中から一気に地上へ出て更に空間転移をし、一時的に封印の遺跡へ逃げた。
ほとぼりが冷めるまではしばらくここで身を隠すのが良いだろう。
なお、次回のラジオ放送前の打ち合わせ時に待ち伏せをされて捕まり、長い長い説教を喰らったのは言うまでもない。
いつものように、ラジオ放送が無事? に終わった事で生じる弛緩した空気を漂わせながら、我ことマオウとディレクターの宵闇の伯爵、構成作家のストーンゴーレムが三人で膝を突き合わせながら反省会を行っていた。
我は懐から葉巻を取り出し、火花の魔術で着火して紫煙を燻らせる。
宵闇の伯爵も気怠い様子を隠さずに、炭酸の強いアルコール飲料――スパークリングワインなる地上産の飲み物らしい――をグラスに満たしそれを一気にあおって、一言うめいた。
ストーンゴーレムも肩に手を回して揉むような仕草をしている。彼は魔法生物なのだから肉体的な疲れとは無縁のはずだが、それでもやはり疲労の色は隠しきれなかった。理由は明白だ。
「しかし、本当に今回まで大変だったよ」
「同感ですな、マオウさま」
我と宵闇の伯爵は同時にため息を吐く。
ユミルの代わりにDJ助手をやるぞと、変に気合が入った我が父親。
ユミルと同じような気軽なトークはまず期待できない。
更に調子付いたら止まらない上に、ラジオ番組だと言っているのに愚痴が始まると止まらず、全く我の助手としての役割を果たしてくれない、いや果たす気が無いのには本当に辟易した。あくまで助手という立場をわきまえる事、これは我の番組であると説明してもまるで理解をしてくれない。
挙句の果てには自分のコーナーを作れだの、自分の番組も作ってほしいだの言いだした時には本当にどうしてやろうかと殺意が芽生えかけた。
「我が父上とはいえ、物事には限度がある」
「まさか番組中に空間転移を使うとは思いませんでしたが、胸がすく思いでしたよ」
ゴーレムも大きく頷いている。
「そう思ってもらえたならやった甲斐もあったというものだ」
三人の肩が大きく揺れ、同時に息をついた。
「それにしても……」
宵闇の伯爵は幾分か真剣な眼差しを我に向ける。
「勇者ハッシー。大分レベルも上がってきました」
「うむ」
「こちらも彼らのパーティをマークする必要性があるのではないでしょうか」
我も伯爵の眼差しを真っ直ぐ受け止め、自分のグラスに伯爵が用意したワインを注いで一口飲んだ。……ふむ、これは中々良い味だ。
「まだレベル32だぞ伯爵。他の冒険者を見てもそれ以上のパーティはいくらでもいる。彼らだけをことさら特別視する必要性はまだないだろう。心配性かな?」
「彼らは他の冒険者連中とは一線を画しております。忘れ去られた神の遺跡に辿り着いた者は誰もおりませんでした。前王アゼル様曰く、そこは世界の創造神の居る所と言いますし、もし何か神の遺物でも見つけた日にはどう変貌するか、まるで予想がつきません」
「仮に彼らが神と接触し、遥かに凄い力を得たと仮定しよう」
「はい」
「だが伯爵。君は私が一度、父と直々に戦った場面を見ているな? 元は神である、我が父親と我は互角、いやそれ以上に圧倒していた」
「……はい」
「たとえば神が相手だとして、万が一にでも我が誰かに負けるとでも思っているのかね?」
我が空洞の瞳に青白い光が宿るのを見て、伯爵は首を振って答える。
「いえ、けしてそのような事は考えられません。私はマオウ様こそ最強の存在であると確信しております」
「そうだろう。もしも、勇者ハッシー達が我が眼前にまで辿り着くほどのパーティに成長するのであれば面白い。聞きたいことが山ほどあるからな」
とはいえ、そこまでの実力が彼らに宿るかどうか。成長してくれればよいが、大抵の冒険者達は地上世界からこちらの世界に来るための扉、次元の扉を開くまでには至らない。そこは地上世界のどの地図にも未だ記載されておらず、行くためにはとあるアイテムが必要だ。そのアイテムを手に入れる為には幾多もの魔物が厳重に守っているダンジョンを攻略せねばならない。それも勇者一人で。
「彼らがこちらに来れたならまた考えよう、伯爵」
「ははっ」
グラスを一気に傾け、ワインを一息に飲み干した。
アルコールというものもたまには良いものだ。
「懸念事項は他にもある」
「はい」
我はグラスを置き、手を組んで膝に置いた。
「新コーナーのアイデア、どうすべきかな」
「新コーナーの、ですか……」
これだけ何回も放送を重ねるとネタもありきたりのモノや、前に考えたものと被ってきたりもする。
構成作家のストーンゴーレムが色々と頭を捻って考えてはくれるのだが、いかんせん同じ人が考えるネタというのはどうしても傾向に偏りが出るものだ。
もちろん彼ばかりに任せるわけでもなく、我や伯爵、時にはユミルにも考えてもらうのだが……。
「それと定番コーナーを作った事により、多少のマンネリ感も出てきましたな」
マンネリが一概に悪いわけでもない。変わらないものを求め続ける人々も確かに居る。人は誰しも完全に新しいものを求めているわけではない。だが新鮮味のあるガワを求めるもので、定期的に新しい風味の何かを作っていかなければやがて飽きられていくものだ。
「そんな中、ユミルさんのレポート。いきなり連絡が来た時は驚きましたが、あれは突発的な企画にしては中々良かったと思います」
「なんだ、あれは伯爵が考えたものではなかったのか」
「ええ、ユミル殿が大分休んでしまったから雰囲気に慣れたいと言い出して」
「復帰前にまさかこちらに連絡してくるとは思っても居なかったが、彼女にはあのような才能もあったのだな。前々から好奇心がかなり強いとは思っていたが、時々あのようなレポートのコーナーを作るのも良いかもしれぬ」
レポートして何かを周知するという手法も使えるだろう。
そうすればスポンサーや協力者を募る事だって可能なわけだ。
この番組は我が財布からの持ち出しのみで成り立っている番組だ。その為にあまり凝った造りには出来ず、どうしてもリスナーだよりの構成になりがちだ。
もう少し自分たちから能動的に何かをできたら良いと思っていたのだが、レポートはその手段になりうる。
「リスナーから何をレポートしてもらうか、案を募るのも悪くないな」
「それが良いでしょう。いくらか良い案が出たら選んでレポートのコーナーを仕立てましょう」
新コーナーについてはなんとなしに目途が付いた。次だ。
「それと、いい加減ユミルと我だけで番組を回すのは少々飽きが来たな」
「やはりゲストを時々呼んでお話を聞くコーナーなども必要でしょう」
「だろうな。ちょうど呼びたいと思っていた方が居るのだ。彼とのアポが取れ次第、ゲストコーナーについてもやっていきたいと思っている」
常に新しく面白いものを提供できなければすぐにリスナーは離れていく。
全くの好奇心でラジオの放送を始めてみたものの、やはり大変だ。
未だにユミルの代わりが務まる様なパーソナリティは見つからない。
我が深いため息を吐くと、一様に皆が黙り込んだ。
なんとなしに、反省会の空気も薄まり解散の雰囲気が高まってくる。
「今日の反省会はこんなところでしょうか」
「うむ。そうだな」
伯爵とストーンゴーレムが立ち上がった所で、ブースと外を隔てる扉が轟音とともに粉々に破壊された。扉があった先には、二本足で仁王立ちする黒い毛並みの子ヤギの姿がそこにはあった。
目が血走り、息を荒く吐き、体をぶるぶると震わせて毛が逆立っている。よくみればうっすらと赤いオーラが体から発されている。
完全に怒っているようだ。
「マオウよ……。いくらお主の番組で意思に沿わなかったとはいえ、前王にあのような仕打ちをする事は無かったのではないかな?」
地獄の底から響き渡るような声は、恐怖と恐慌の体調異常が生じるほど恐ろしいものだ。我は大魔王だからそういったものは効かないが、それでも多少は威圧された。
「よりにもよって空間転移で遥か高い空に飛ばされるとは思っても居なかったぞ。天空から投げ出されるのは神の座を追われて以来だ……。地面に叩きつけられた時はさすがに痛かったぞ」
「我が父ならばあの程度で死ぬことはないだろうと思っていたからな」
「やかましい! 久々にワシ直々に説教してくれる! 覚悟しろ!」
ぬ、これは不味い。我が父の説教は何日にも及ぶ。流石にその間執務が止まるのは避けたい。
「空間転移!」
「あ! こら逃げるか! 待てコラ貴様絶対に許さんからな!!」
我が父の声がブース内にこだまする中、我は城の中から一気に地上へ出て更に空間転移をし、一時的に封印の遺跡へ逃げた。
ほとぼりが冷めるまではしばらくここで身を隠すのが良いだろう。
なお、次回のラジオ放送前の打ち合わせ時に待ち伏せをされて捕まり、長い長い説教を喰らったのは言うまでもない。