時空の歪んだ場所

文字数 3,303文字

 番組終了後、少しゆっくりと勇者と話がしたい思いもあったのだが、勇者が今すぐにでも元の世界に戻りたいと急かすので仕方なく我らは時空の歪みが発生している場所まで来たのだった。
 元々禍々しい雰囲気漂う世界ではあるが、歪みが発生している場所は更に酷い。
 歪んだ空間は空がひび割れているような模様を描いており、歪みの中からは腕や足が数百本も生えている怪物が姿を現している。だがその様子は酷く苦し気で、望んでこのような姿になったのではないと我らに伝えているような気がした。
 また別の歪みからは以前にも見たことがあるが、表裏反転した人間が呻きながら歪みから顔である部分を覗かせている。もっとも裏返っているので見えているのは顔ではなく脳味噌その他であるが。
 どこの世界から流れてきたのか、ボロボロになった大きな帆船が歪みから姿を現して空中に浮かんでいる。中に居る船員は当然生きてはおらず、骨となって転がっている。諸行無常なり。
 何時にも増して今日は歪みの数も多く、それに従って漂着物も多いが役に立ちそうなものは見当たらない。

「今日は割と城から近い場所に発生していましたね」

 ユミルが歪みの数を数えながら言う。
 そう、時空の歪みは常に同じ場所に出来るわけではないのだ。
 歪みは服のしわのように空間が捻じれて出来る(と言われている)が、いつの間にか伸ばされて消えている時もある。我々が手を下さないとどうしようもない場合もあるが。
 今日の様に城に近い場所にできれば楽なのだが、これが世界の果てのような遠い場所にあると処理も面倒なのだ。

「と言ってもマオウ様は空間転移ですぐにたどり着けるじゃないですか」

「そうなんだけどな」

 毎日の観測は実は我の仕事なのだ。
 以前は部下に任せていたのだが、ある時機械仕掛けの超兵器が現れて世界が混乱の極みに陥った事がある。結局部下たちではどうにもならず、我と五将軍が鎮圧する羽目になったのだ。以降我が直々に観測、歪みの修正を行っている。

「その超兵器、どんな感じの奴だったんですか?」

「これなんだがな」

 紫水晶玉で当時の映像を映し出すと、勇者はなにやら目を輝かせてそれを見始めた。

「うわっ! すっげえ、アニメで見るようなロボットじゃん! カッコいい!」

「ほう、これはロボットという物なのか。以前ハッシー君の部屋でミニチュア版みたいなものは見かけたが、君の世界にも実在しているのかな?」

「ボクらの世界でもこれは実現してないですね。どんな世界から来た奴なんだろう。中に人乗ってましたか?」

「中に人がいた形跡はなかったな。いや、人の脳みそらしき箱が入ってはいたな。ロボットを止めた後にそれを調べてみたが既に死亡していた。勿体ないわ」

「ああ……あのシューティングゲーム系の世界から来たのか……」

 何故かハッシーはげんなりしてしまった。

「マオウ様。そろそろはじめてください」

「わかった」

 我は手近な歪みを両手でつかみ、こじ開けて中を見る。
 虹色に蠢きながら輝く異次元空間はいつ見ても毒々しく気味が悪い。

「空間を掴んでこじ開けるとかめちゃ力技やんけ」

「そもそも空間を掴むという技術が常人にはありませんからね」

「あってたまるかそんなもの」

「ううむ、これは違うな」

 歪みを閉じて丁寧に服のしわを伸ばすように空間を伸ばすと、空間は安定して元の何もない空に戻った。
 そうやって我は数多の歪みを修正しつつひとつひとつ見ていくと、ついに目当てのものを見つけた。

「む、これだ」

 我が眼前にあるこれこそが勇者ハッシーの元居た世界に通じる歪みだ。

「本当にこれなんですか? ボクから見たら全然違いがわからないんですが」

「空間の先にある気配を感じているのだ。この理路整然とした秩序めいた匂いこそが、まさに以前行ったハッシーの世界に間違いない」

 我は詠唱をはじめ、魔法陣を歪みに対して描く。すると歪みは自らを裂いて口を開き、異次元空間が顔を覗かせ始めた。今までのような毒々しい虹色が蠢いている空間ではなく、眩く光り輝く空間が先には広がっている。

「おおお!」

 勇者は神々しい光を受け、涙を流している。故郷に帰れるという嬉し涙であろうか。

「では行こうではないか。君の世界へ」

「はい!」

 勇者は空間の中に手を入れようとして、ふと躊躇った。

「どうした?」

「実は何か必要なアイテムとかはないんですか? 悪魔のチャイムとか」

「いや、必要ないぞ。虚無の中を進むわけでもないからな」

「でもさっき、体が反転してる人居ましたし」

「あれは何らかの要因で誤って異次元空間に入ってしまっただけだ。我はちゃんと手順を踏んで空間を安定化させている。我を信じよ」

「あ、は、はい。確かにそうですよね」

「とはいえ、初めての場所に入るのに二の足を踏みたくなるのもわからんでもない。我が手本を見せるとしよう」

 安心を与えるように、まずは我が異空間の中に入る。いつ入ってもこの中は得体の知れない気持ち悪さがあるな。
 あらかじめ詠唱した魔法陣によって、異空間の中は安定している。中の風景は大理石の敷かれた廊下が光に向かって延々と続いているだけの殺風景な空間だ。その光の先に、我らの望む世界がある。
 我に続いて勇者が顔だけを異空間にのぞかせた。

「あ、なんか漫画で見たことがあるような空間ですね」

「この状態も長くは持たんから早く入ってこい」

「はいってえええええええええええええええええええええええ!!??」

「どうした?」

「ケツを誰かに噛まれてってなんだこの子ヤギは!?」

 子ヤギというワードを聞いて我はげんなりした。同時にユミルから水晶玉に連絡が入る。

「マオウ様。どうやらアゼル様がそちらに向かったようです」

「もう知ってるぞ」

「左様ですか」

 しかし20時間は引き留められたのは上出来と言うべきか。あとで五将軍達にはねぎらいの言葉と褒美をやらなければな。

「勇者ああああああ! ワシと勝負しろや!!!!!」

 子ヤギが尻を噛みながら何かを喚いているが、もうじき無理やりに開いていた空間が閉じようとする時間が迫っている。

「おいハッシー、仕方ないからそのまま中に入ってきたまえ」

「はいいいい」

 ぬるっと勇者と尻にかぶりついている子ヤギが中に入ると、すぐに異空間と裏世界に通じる扉は口を閉じた。

「ほら、いい加減ケツから離れたまえよ父よ」

「む」

 異空間の中に入り込み、少しばかり狼狽える様子を見せる子ヤギ。

「お前達一体どこへ行くつもりだ?」

「ボクが元居た世界に行くんです」

「なんだと? 貴様勇者としての責務を放棄するつもりか! 嘆かわしい!」

 なんだか知らんが父が激昂しはじめたぞ。というかお前は勇者と戦いたいだけだろうが。

「許さんぞ! せめてワシと勝負してから帰れ!!」

「あ、ちょっとこの中で魔術使わないで」

 と注意しようとしたときにはすでに遅し。
 父は混沌の火球を発し、勇者に投げつけた。しかし火球の弾速は遅く、慣れているものなら簡単に避ける事が出来る。勇者も火球を体をちょっと逸らす程度で避けてしまった。火球は大理石の床に着弾、炎上する。
 そして床には穴が開き、そこから虹色の空気が噴出しはじめた。

「あーあーあ」

「な、なにが起こってるんですかマオウさん?」

「父のせいで空間が不安定化しはじめた。急いで走るぞ勇者よ」

「走るって、どこに!?」

「決まっているだろう。あの遠くに見える光の先までだ」

「ま、まて、せめて勇者に一撃与えてからにしてもらえんか」

「そんな悠長な事言ってると我ら全員この空間から出られなくなる。行くぞ!」

 我は移動速度上昇(クイックムーブ)の魔術を全員に掛け、崩壊の最中にある廊下を駆け抜ける。
 背後ではあっという間に空間が音もなく崩れ、間もなくこの異次元空間があるべき姿に戻ろうとしている。

「はぁ、はぁ、はぁ。意外と遠い!」

「前だけ見ていろ! もうすぐだ!」

 光の輝きが近づくにつれ大きくなり、目前に迫る。
 そして光の先へと到達したと思ったら、その先の道は途切れて崖になっていた。
 我らは全員崖から勢いよく飛び出して落下していく。

「うわぁあああああああああああああああ!」

 
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登場人物紹介

マオウ


裏世界の魔王。

何を思ったのかラジオDJを始める。

いつも楽しい事や面白い事はないかと探している好奇心旺盛な魔王。

正直魔王という職務にはいささか辟易している今日この頃。

ユミル


魔王の側近、秘書。おとなしそうに見えて辛辣で容赦がない。

ラジオ内では何かと脱線しがちなマオウを補佐して進行を円滑にすることを念頭に置いている。

表向きはマオウの事をそっけなく扱っているが、本当は尊敬している。

勇者ハッシー


異世界に転移させられた可哀想な勇者。年齢は恐らく16歳くらい。

優しく献身的で仲間思い。かつ敵といえどもむやみに殺生するのは好まない博愛的な精神を持つ。

欠点は優柔不断で決断が遅れやすい所。

いきなり中世ヨーロッパ風味の世界に放り出されて勇者として生きる羽目になったうえ、パーティメンバーの言動に振り回されてちょっと疲れ気味。

アゼル


裏世界の前魔王。

プライドが高く、基本的に人間たちを見下している。

かなり好戦的で野心的。表世界への足掛かりを作るべく暗躍し、マオウたちを困らせている。

一方で気に入ったものには甘い。背中に黒い天使の羽根が生えており、かつて天界に居たことを暗示させる。

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