第13話

文字数 4,686文字



「貴方は政府との交渉を望んでいるのに、なんでこんな強行手段を選んだの?」
「彼らが、私たちの声に耳を貸さないからさ」
「政府は、国民の声を全く聞いていない訳じゃない。
 どんな時でも国民のことを第一に考え、国民の生活が円滑になるように会議を繰り返し、最善の選択をし、国民に寄り添うことを念頭に置いて職務を全うしようとしている。その働きは、彼らの実際の努力をその目で見ていない国民には、非常に伝わり難い。だから満足しない政策には不満を漏らし、反発する」
「前半はきみの言う通りだと思うよ。だけど、後半は同意できない。きみの言い分だと、彼らが苦労しているのを見ていないから、勝手に不満を募らせているだけだと言っているように聞こえる」
「そんな風には言ってない。だけど、そう聞こえてしまったのなら、あたしの言い方が悪かったんだと思う」

 アルバイトをしている時とは桁違いの責任感を体感しているあたしは、緊張していた。この話し合いが失敗すれば、急迫した事態になりかねない。でも気後れすれば、全てを好転させる一度きりのチャンスを失う。
 西銘代表は、傍らに置いていた袋からパンを取り出し、食べながら話の続きをした。

「国会議員の『国民の為』は、口先だけだ。『極力』頑張ったと言っても、それは国民(わたしたち)にとっては極力ではない。それは国を第一に考えての極力であって、私たちに示す頑張りは『善処』だ。
 善処は実質、『努力』に留まる。ではその努力とは、この場合何だと思う?」
「それは、その時々に出来得る最善を尽くすことじゃないの?」
「違うな。この場合の『努力』とは、優先順位を下げることだ。そうすることで、国が本当に優先したい目標や目的を成す。そうしていつの時代も、国民の希望は取捨選択されている。曽祖父は捨てられた。技術だけを取られ、人はいらないと捨てられたのだ」

 西銘代表の言い方は、それが事実で許し難きことだとあたしに言っているようだった。確かに、それは事実なんだろう。だけど。

「それは国が悪いんじゃない。一緒に仕事をしていた企業だよ」
「元はと言えば国の方針だ。世界が向かう未来へ足並みを揃えなければと。ここで一歩でも遅れれば米国やらからチクチク言われ、恥ずかしい思いをすると。立派な技術を持ちながら、この国は大国からの圧にはめっぽう弱い。だからお得意の空気を読んで、懸命に背伸びをしたのさ」
「だけど、技術の向上はそんなに悪いことじゃない。
 社会が豊かになっただけじゃなくて、身体的に不便を強いられていた人が自由に動けるようになったり、遥か遠くの人といつでも好きな時に会えるようになったり、人の“心”も豊かにしてくれてる。技術は、ただ利便性や生産性の為に導入されたんじゃない。全ての人が平等に生きられるようになる為でもある」
「『平等』!?」

 あたしの発言を聞いていた西銘代表は、突然食べかけのパンを握り潰した。

「何が平等だと言うんだね。政治家が考える『平等』と私たちが考える『平等』は、明らかに違うだろう。政治家の脳は今やAIに奪われているから、実際はきみの考えだとも言えるがな。
 やはりきみは政府の犬か。だいぶ肩を持つ発言をする」
(しまった。間違えた)

 西銘代表は、あたしを懐疑する目を向けた。偏った発言をしていたつもりはなかったけれど、聞いていた彼からしてみれば政府寄りの発言だったかもしれない。
 あたしはすぐに修正を始める。

「不快にさせてごめんなさい。だけど、貴方と敵対するのは本望じゃない。あたしは決して政府の味方じゃないし、貴方のことを理解したいと思ってる。それは信じてほしい」
「国のプロジェクトで造られた物に言われても、説得力がないな」
「そうだね。もしかしたら貴方の本心では、今こうしてあたしと話していることすらも苦痛でならないのかもしれない。でも、こうして話す機会を与えてくれたと言うことは、ほんの少しでもあたしを知ろうとしてくれているのかなと思ってしまうんだけれど」

 あたしの前向きな発言を聞いた西銘代表は、鼻で笑った。

「バカなことを言うな」
「だけど、そうだと思わない? 人は、本当に心から憎んでいて殺すことも厭わない相手と、一言でも言葉を交わしたいとは思わないんじゃないかな」

 そう問いかけると、西銘代表は一考する為に5秒くらい口を閉じた。

「……確かに。今すぐこの銃できみを撃って破壊してもいい。国の誇りとプライドの塊のきみを破壊してしまえば、その時点で私の復讐はある意味成し遂げられる」
「そうでしょ? だから貴方は、あたしに興味を持っていると言える。国に恨みを持ち続けているのも、国や政治に興味が絶えないと言ってもおかしくないんじゃないかな」
「はははははっ。ヒューマノイドのくせに、きみは面白いことを言うな」

 代表は機嫌が良さそうに笑い、あたしは一瞬だけ安堵した。でもその転換に油断せずに話を続け、西銘くんは静かにことの行く末を見守った。

「貴方が言う国への不満も、あたしは全く理解できない訳じゃない。実際は最初に宣言した政策とは違っていたり、不正やお金の問題も未だにある。しかもAIに政策を相談する。
 それはあたしもあり得ないと思う。政府が率先してAIを導入した所為なのかもしれないけど、頼る度を越して依存してると言っていい。貴方の先々代たちへの仕打ちも、そこに一つの原因があるのかもしれない」

 あたしがそう言うと、西銘代表は自身が先代から聞いた導入当時のことを話し始めた。

「曽祖父は、最初にAI導入の政策を聞いた時は、反対はしていなかったと聞いた。寧ろ期待をしていたと。導入されれば生産性が上がるから喜んでいたんだ。だが期待は裏切らなかったが、絶望させられた。そこまで入れ替えられるとは思っていなかったんだよ」
「方針の急な転換。技術と生産が当初の想定よりも上方修正されて、入れ替えの規模が広がった。その波は、受け入れる側には大き過ぎる波で、咄嗟に太刀打ちできずに飲み込まれた」
「酷いものだよ全く」

 代表は溜め息混じりに嘆いた。彼の先々代は、溜め息をつく程度では状況を受け入れることすらもできなかっただろう。

「本当に酷いですね。入れ替えるにしても、段階を踏むべきだった。そうすれば前もって色々と準備ができて、先々代や従業員たちは新しい居場所を確保できたかもしれないのに。貴方も、復讐なんて考えなかった」
「全くその通りだ。私がテロまでしなければならなくなったのは、政府の選択ミスだ」
「きっとそこには、焦りがあった」

 諸外国との足並みを揃えることに頓着して、焦って、苛立って、体裁を守ることを優先順位の上位に位置付けてしまった。その間違いにすぐに気付くことができなかったのかもしれない。

「政府は確実に選択を間違えた。それをちゃんと認めなければ、誰も納得しない。貴方の怒りも憎しみも、当然の感情……だけど」
「この方法は間違っていると、そう言うんだろう」

 間違いを間違いで正してはいけない。間違いでは正せない。間違いに間違いを重ねたら、目指すべき出口からどんどん遠ざかって、辿り着くことが困難になってしまう。

「テロを起こして本当に何か変わるの? あたしはこんなことをするよりも、話す方が有益だと思う。だから貴方は、話をするべきなの。話すことを諦めたら、本当の意味での解決はできない」
「謝罪を求め、賠償金を貰った方がいいと言うのかい? 私は頭を下げさせたり、金をもらって解決をしたいのではないんだよ。私の目的は、多くの同志の苦しみと悲しみを思い知らせること。それだけだ」
「復讐して、貴方の気は済むの?」
「気は晴れるだろうね」

 彼はそれを知らない。目指すべき出口が、既に遥か遠くになってしまっていることを。だから別の出口を探してしまっていることを。あたしは、その別の出口への道を封じなければならない。

「じゃあ、復讐のあとに何を得るの? 」
「何を?」
「復讐を終えて、気持ちが晴れたら、先々代から続けてきた支援を続けて、日常を取り戻す?」
「日常……」
「この行いが咎められないことはあり得ないけど、もしも、貴方が心のどこかで望んでいた日常が戻ってきたら、貴方は一番に何をしたい?」
「日常を取り戻す……」

 あたしの問いかけに、西銘代表は再び口を閉じた。何かぼんやりと考えるように。
 さっきよりも少しだけ長い沈黙のあと、西銘代表はあたしに質問した。

「きみが言う日常とは、何だい?」
「復讐など考えず、他の人と同じように働いたり好きなことをして、穏やかに暮らすこと。だと思ってる」

 けれど、その答えは間違っていた。彼に限っては。

「きみが考える日常と、私の考える日常は全く違うな。私の日常とは、今だ。私がこれまで歩んで来た日々が、私の日常だ」
「それは、復讐を乞い願ってきたことが、貴方の日常だと言うの?」
「私の頭の中は、復讐でいっぱいだった。それを人生のベースにして生きてきた。だからこうしてテロを起こしていることも、日常の風景の一つだ」
「そんなのは、日常とは言えない。普通じゃない」

 犯罪行為をすることが日常だなんて、それは間違っていると判断し、世間一般の常識ではないとあたしは否定した。ところが。

「きみが言うそれは常識ではないよ。
 世界中には何十億という人間がいて、それぞれの日常を過ごしている。働く者、遊ぶ者、病床に伏す者、犯罪を犯す者、戦争の渦中にある者。それぞれが意識的に選択、あるいはやむを得ず身を置いている日々が、それぞれの日常だ。平穏に暮らすことだけが日常ではない」
(また間違えた!)

「常識」は、社会において一般的な知識や価値観を共有していること。けれど、必ずしも全ての人に当てはまることではない。知識や価値観は人それぞれだということを、あたしは西銘くんを通して知っていた筈だ。もしも代表の日常を否定したら、他の人のあらゆる事情を抱えた日常も否定することになる。
 彼の神経を逆撫でしてしまっただろうかと、手元を見た。辛うじて、その手が銃に伸びる様子はない。あたしは少し安堵して、気持ちを持ち直して続けた。

「それじゃあ、復讐が貴方の日常だと言うのなら、死ぬまで終わらない可能性もあるじゃない。それでいいの?」
「いいも何も、それが私の日常だ。復讐はもはや私の人生。同じ人間ならまだしも、機械ごときに私が選んだ生き方をとやかく言われるいわれはない」
「一つしかない命と人生を、一つのことに費やして後悔はないの?」
「一つしかないからだ。きみのようにスペアパーツが用意されている訳じゃないから、後悔がないように一番やりたいことをする。それが人間だ。人工物のきみには、スクラップになってもわからないだろうけどね」

 復讐は日常で、やりたいことで、人生。そう言う西銘代表のことを、あたしは少しでも理解しようと努力した。だけど、何をどう分析しても、命をかけてまで果たすべきことだと納得できなかった。彼の復讐は強欲にがんじがらめにされて、使命として上書きされていると感じた。
 あたしは間違いを気付かせたくて、次はどう言えば説得へ導いていけるかもう一度考えた。けれど、西銘代表のあたしへの興味が薄れてしまった。

「話してはみたが、期待していた程ではなかったな。きみでは役不足だったようだ」
「待って。あたしはまだ貴方と話したい」
「無益な話し合いはもう終わりだ。無駄な時間と無駄骨だっただろう。なあ、リョウヘイ」
「え?」

 あたしと代表の長いやり取りの間、見守りに徹していた西銘くんは、急に話を振られて緊張感を覗かせた返事をした。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み