第4話

文字数 1,992文字



「いらっしゃいませ。二名様ですか。こちらの席へどうぞ」

 ぎこちなかった笑顔も、気持ちに余裕が生まれると自然に作れるようになって、席への案内や配膳をフロアのみんなと協力できるようになった。仕事を始める前は凄くナーバスだったけど、慣れちゃうと、なんであんなに不安がってたんだろうって、ナーバスになってた自分がおかしく思えた。
 忙しいお昼の時間を乗り越えて、お店は一旦落ち着いた。お客さんもほぼいない。あたしと加賀美さんは息抜きと称して、お会計カウンターでおしゃべりをした。加賀美さんは思ったより気さくで、よく話しかけてくれる。

「給料日後だから、今日はちょっと忙しかったわね。それにしても、すっかり仕事に慣れたわね、藤森さん」
「複雑なオペレーションがないので、そのおかげです」
「確かに。研修期間、一ヶ月もいらないよね。でも、中にはできない子もいるから、一週間でテキパキやってくれるのは本当に有り難いわ」
「こんな単純なことができない人がいるんですか」

 決して見下して言った訳じゃない。悪意は微塵もない一言だ。

「いるのよこれが。料理を持ってくテーブルを間違える子はザラだけど、今日みたいに混むと一人でドタバタして料理落としたり、配膳ロボットを蹴り倒した子もいたわ」
「蹴り倒したんですか。結構重量あるのに」
「もう店内大騒ぎ! その時の状況をスマホで撮影してたお客さんがネットに動画をアップして、めちゃくちゃバズったわ」
「それじゃあ、お店にも影響が……」

 店内がめちゃくちゃな状況になった動画が広がって、きっとお店の評判が落ちたんだろうとあたしは思ったけど、

「勿論。半年くらいずっと忙しかったわよ」
(いい意味の方の影響だったんだ)

 面白がる人が案外たくさんいたんだと聞いて、何故かその人たちに感謝したくなった。

「テンパっちゃったりする子は、接客業とか忙しい仕事は向かないんだろうね。向き不向きがあるから、どうしようもないわ」
「向き不向き……」

 そう言われて、あたしは接客業に向いているのか考えた。仕事が決まる前から接客業がいいかなと思っていたけど、いざ決まると不安だった。だけど、正確な入出力をして与えられた仕事はちゃんとできているし、笑顔で接客をして、他のスタッフやロボットと協力して問題を起こすことなく業務をこなしている。だから、少なくとも不向きじゃないんだと推測した。
 のんびりおしゃべりしていると、お客さんから呼ばれた。フロアに目を向けると、一人で来ていた男性客がこっちに向かって手を挙げていた。

「お冷や、もらえますか」
「はい。かしこまりました」

 あたしは、厨房のカウンターに置いてあるポットを持って行って、そのお客さんのコップに水を注いだ。
 カウンターに戻ると、加賀美さんが小声で聞いてきた。

「あのお客さん、さっきもお冷や頼んだよね」
「はい。来店してまだ十五分程ですけど、三回目です。昨日も一昨日も私に頼まれて、五杯程おかわりされました。よく喉が渇くんでしょうか」
「常連客なんだけど、いつもお冷やのおかわりなんてしないんだけど……もしかして、藤森さんに興味あったりして?」
「興味? あたしが噂のヒューマノイドだと気付いて、ってことですか?」
「そうじゃなくて。藤森さんに気があるってことよ」
「気がある……」

 あたしは「気がある」の意味を挙げて、その選択肢から、状況と加賀美さんの言葉の脈絡として相応しい意味を選んだ。

「それは、あたしを異性として意識してるって言うんですか?」
「だって、藤森さんかわいいじゃない。あり得るわよ」

 加賀美さんは、あたしとお客さんの恋愛関係への発展をほのかに期待していた。クールな印象から恋バナとか興味なさそうだと思っていたから、ちょっと意外に思った。カナンちゃん然り、世の中の女性はみんな他人の恋愛話に前のめりなんだろうか。芸能人のスキャンダルがよく取り上げられるのも、こうして食い付く人がいるからなんだろう。

「冗談はやめて下さいよ」

 溜め息を吐きたかったけど、先輩相手だからやめたおいた。

「好きになられるの嫌なの?」
「嫌じゃないですけど、困ります。あたしが人間の男性と特別な関係になるなんて、無理なんです」
「そうなの? まぁヒューマノイドだから、人間に特別な感情とか抱かないか」

 考えてみれば当たり前よね、と加賀美さんは常識を再認識した。
 でも、彼女から言われたことが、何だか引っかかった。口調が気に入らなかった訳じゃないし、あたしとの言葉のキャッチボールとしておかしいところもない。その常識は人間に刷り込まれていることだし、「モノが人間相手にそういったことは絶対にない」のは周知の事実なのもわかってる。あたしは人間の男性と仲良くなれても、それ以上の発展は見込めない。「不向き」ではなく、「無理」なんだ。
 だけど、さも「当然」という言い方が気になってしまった。


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