第4話

文字数 3,962文字



 その頃。幹部の大半がテロ事件で逮捕され、内部で混乱を続けていたジャカロだったが、事件を起こしたことをきっかけに支援者から資金援助の打ち切りが相次いでいた。このままでは活動が滞るどころか、組織の存続が危ぶまれていた。

「リョウヘイさん。申し訳ありません」

 リョウヘイが収容されている拘置所にやって来た二人の職員が、アクリル板越しの彼に頭を下げた。
 退院後、警察署に移送されたリョウヘイは、結審して今は判決を待っていた。父親の殺害とテロ行為の荷担が主な焦点だが、テロの荷担は、公安へ計画の情報を渡したことと、計画準備にも手を貸していなかったことが考慮され、免罪になるとされている。しかし、父親殺害は彼自身が認めていることから、それに関しては量刑が科される見通しだ。

「頭を上げてくれ。仕方がないことだ。全て父さんと、父さんを止められなかった俺の責任だ」
「リョウヘイさんは何も悪くありません」
「それを言うなら我々も同罪です」
「ありがとう。父さんの周りに、お前たちみたいな人がもっといればよかったな」

 憂えるリョウヘイの両足の膝から下は、失った足の代わりに義足が装着されている。現在はインターフェースで思い通りに動かせるようになったが、リハビリ中に車椅子で出廷した際は、その痛々しい姿が世間では色々と言われていた。

「あの。ご提案なのですが」

 五十手前の男が何やら考えがあるようで、リョウヘイに進言する。

「お祖父様にお仕えしていた方々に、助力をお願いするのはいかがでしょう」
「じいちゃんに仕えてた?」
「はい。彼らなら、話をすれば我々の危機を助けてくれるかもしれません」

 それは“真・西銘派”と呼ばれる、団体の純正な理念を持つ者たちのことだ。
 西銘芳彰の先代と共に活動をしていた者たちだが、代替わりした途端、彼の理念に賛同できずに組織を離れてしまった。しかし、西銘と共に汚れきった理念は廃除されつつある今なら、呼び戻し共に組織を立て直せると考えたのだ。

「そうか。じいちゃんを慕ってた人たちなら、生まれ変わろうとしてる組織に協力してくれるかもしれない」
「すぐにでもコンタクトは取れます。その方針で宜しいでしょうか」
「ああ。俺から直接交渉できなくて悪いが、頼めるか」
「かしこまりました」

 そうして、ジャカロは立て直すべく奔走を始めた。
 現状、首の皮一枚繋がっているだけの状態なので、一刻でも早く真・西銘派の面々を呼び戻したかった。けれど、彼らも代替わりしたジャカロの行いは全て見てきたはずだ。協力要請の話を聞くどころか、変わってしまった今のジャカロを拒絶するかもしれない。
 ジャカロの命運は、残った者たちがどれだけ精一杯の誠意を見せられるかにかかっていた。判決を待つリョウヘイも、真・西銘派の面々に協力をしてもらえるよう拘置所内からメールを書いて送り、今の自分ができる限りのことをした。




 時は流れ、国連総会で最初の会議が行われてから三年が経過した今年。
 アメリカを始めとした六カ国が行っていたガラス固化体のエネルギー運用テストは、安定的な放射線量の基準値のクリアと、人体への影響の有無、放射能漏れの危険性の確率、人々の受け入れ体制がほぼ整ったとされ、賛成多数によりエネルギー利用が承認された。それを受け、廃炉となった旧式原発、または処分中のガラス固化体を所有する世界各国で製造・運用が始まった。
 名称は、「vitrified radioactive waste」の頭文字を取って『VRWエネルギー』とされた。

 その更に三ヶ月後。スリープ状態だったコウカに、国からVRWを搭載する許可が下りた。




 研究所地下三階。人間の心臓と同じくらいの大きさに製造したVRWキャニスターを搭載するための手術を行うために、私たちはメンテナンスルームに入った。放射線量は基準値を大幅に下回っているので、防護服の着用はしない。

「博士。ようやくですね」
「ええ」

 躑躅森未閖、55歳。これが技術者として最後の役目だと思い、あの日のまま眠り続けるコウカの横に立った。
 きれいでハリのある白い肌。女の子らしい長い睫毛。濃いピンク色をした唇。細くて長い指と、薄ピンク色の爪。私たちは三歳も年を取ったのに、彼女の時間は止まったままだ。
 世界があれからどう変わったのか、これから目覚める彼女に教えなければ。貴方が眠り始めた時にしていた心配は、なくなっていると。




 21XX年。4月20日。彼女の誕生日に、二年半前にリニューアルオープンしたイサナギファンモールパークで、コウカのお披露目イベントが行われる運びとなった。
 私たちは設営されたステージの裏でスタンバイしているんだけれど、コウカは落ち着けずにいた。

「ねえ、お母さん。本当にみんな信用してくれてるんだよね。あたしが出て行って、物投げられたりしないんだよね?」

 こんな調子で、コウカは昨日から不安を口にしている。
 三年間のスリープ状態だった間の出来事を全てありのままに教えたのだが、人々が受け入れる準備が整っているから問題ないと言っても、VRWを搭載した自分を受け入れてくれるか未だに不安なようだ。自分の設計に自信があるからレポートを残したはずなのに。

「何度も言ったでしょ。大丈夫よ」
「そうだよコウカちゃん。心配し過ぎ」
「コウカちゃんらしくないよ! 深呼吸した方がいいんじゃない?」

 記念すべき日と聞いて、桐島深耶さんと大国可南さんが駆け付けてくれていた。二人は一緒に深呼吸をしようと「吸ってー。吐いてー」と身振り手振りをした。コウカはそれを見て、マネして深呼吸をした。コウカがそんなことをして落ち着ける訳ではないけれど、私はそれを見て、学生時代の三人のことを思い出し、微笑ましく思った。
 大学を卒業した桐島さんは貿易会社に就職し、大国さんは大学院に進み伝統復元師の資格を取得する勉強を続けている。二人とも徐々に大人の女性に近付いて、コウカとの外見の違いが見て取れるようになってきた。

「コウカさん!」

 三人が仲良く深呼吸をしていると、市役所の仕事を抜け出して来た柊くんが姿を現した。柊くんはコウカを見つけると、脇見をせずに一直線に走って来てコウカを抱き締めた。

「よかったコウカさん……本当によかった……!」
「ユウイチさん……」

 柊くんには、いの一番にコウカが目覚めたことを知らせてはいたのだけれど、メンテナンスやら国の点検やらお披露目イベントの打ち合わせやらで立て込んで、会わせるのが今日になってしまった。なので、おあずけをされていた柊くんは、溢れ出る喜びを抑えきれなかったんだろう。 
 驚いたコウカは目をぱちくりさせていた。自分がどれだけ彼に心配をさせていたのか、まだそんなに自覚は……

「心配かけてごめんなさい」

 そんなことはなかったようだ。抱き締める柊くんの背中に、そっと手を添えた。
 その光景を見た大国さんは顔を赤くし、口を手で隠して必死に興奮を抑えていた。隣の桐島さんは、背中をバシバシ叩かれても痛いとも何とも言わない。さすがは長年の親友。

「動力源のことが問題になって、もしかしたらもう会ったり話したりできないかと思ってた」
「あたしも。もう会えないかもって思ってた」
「でも、信じて待ってた。きみはきっとまた目を覚ますって」
「ありがとう。待っててくれて」
「……コホンッ」

 感動の再会に浸っているところ大変申し訳ないと思ったけれど、このままだと二人の世界にどっぷり浸かってしまいそうだったので私はさりげなく咳をした。
 ハッとした柊くんは周りに私たちがいることを初めて認識し、耳まで赤くして慌ててコウカから離れた。

「すっ、すみません! 先にご挨拶をしなければならなかったのに!」
「いいのよ」

 柊くんは「お久し振りです」と、私や桐島さんたちにお辞儀をした。
 柊くんの喜びは知っている。VRWの使用が認められた時に、目に涙を浮かべて一番喜んだのは彼だ。コウカが眠りについてからずっと、柊くんは彼女への気持ちを大切に持ってくれていた。コウカが再び目覚めるのを信じて、ひたすらに。一途に。
 だから私たちも、諦めきれなかった。コウカが目覚めるのを待ってくれている人々がいるのなら、その人たちのために彼女を目覚めさせたいと。

「柊さん。コウカちゃん不安になってるみたいだから、緊張解してあげて下さいよ」
「緊張してるの?」
「うん。ちょっと。でも、ユウイチさんが来てくれたし、抱き締めてくれたから、もう大丈夫」

 ごちそうさまです。
 本当に緊張は解れたみたいで、さっきより表情が柔らかくなっている。親の役目は、こうしてバトンタッチされていくのだろうか。

「そろそろ宜しいですか?」

 イベントの司会者が時間だと告げた。

「頑張ってコウカちゃん!」
「わたしたちも見てるからね!」
「何も心配しないで。コウカさんは、コウカさんらしくいればいいから」
「うん」
「さあ。行くわよ、コウカ」
「はい!」

 私とコウカは、ステージへと上がった。
 表に出た瞬間、拍手が沸き起こる。イベントステージの前には、コウカを一目見ようと多くの人々が集まってくれていた。子供からお年寄りまで、手を振ったりデバイスで写真を撮ったりして、コウカを温かく迎え入れてくれた。
 その人々の温かさで喜びを感じた私は、自分も少し不安になっていたことを知った。そして思った。
 一人の人間として、この子を造ってよかったと。

「では。挨拶をしてもらいましょう」
「皆さん、はじめまして。ドーニアタイプヒューマノイドのコウカです! 『コウカ』って呼んで下さい!」

 コウカの笑顔と明るい声が、風光るように広場全体に広がり、人々の心に溶け込んだ。
 新しい日常の幕開けは、希望と可能性に満ちた道を私たちに示してくれた。


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