第1話

文字数 4,234文字



 研究所の応接室で話を聞いた直後、私はその男の頬を引っ叩いた。
『イサナギファンモール爆破テロ事件』の七日後。三十数年振りに姿を現した私の双子の弟である吏己人(リキヒト)から、公安の仕事でジャカロに潜入した際に起こした不始末について謝罪されたからだ。

躑躅森(ツツジモリ)博士。いったん落ち着いて下さい」

 アルヴィンと、焦りの表情を初めて見せた由利に止められるくらい、私は頭を瞬間沸騰させていた。
 わかってる。こいつに全ての責任がある訳じゃない。今回の事件の大本はジャカロの西銘で、その西銘は死亡して危険は排除されたし、テロを未然に防ごうと動いていた公安には感謝しなければならない。
 それはわかっているけれど、状況と心情に整理をつける為に誰かを責めないと気がすまなかった。

「オレを責めたい気持ちはわかる。けどいきなりビンタはないだろ。三十年以上振りに会えた姉弟だぞ」

 壮年のリキヒトは昔と変わらない澄ました顔で、ぶたれた左頬を擦った。微妙に不服そうだったが、それ程痛みを感じてなさそうに見えた。私と音信不通だった間に、何度か同じ痛みを味わっているのだろうか。仕事かプライベートかわからないけど。

「これでも抑えてあげたのよ。それに、文句を言いたいのはこっちよ。再会できたと思ったのに、爆破テロを未然に防げなくてすまないなんて謝られたら、余計に殴りたくなるじゃない」
「今、殴るって言ったか?ビンタじゃなくて殴るって言ったよな。頼むからビンタ一発で我慢してくれ。姉さんが捕まる」

 本当は、飾ってある焼物を片っ端から投げつけてやろうかと思った。だけど自分で作ったものだから、割れるのが惜しくてビンタにしてあげたのだ。その隠れた配慮に感謝してほしいものだ。
 暴れる馬を落ち着かせるように、アルヴィンと由利に促されて私はソファーに腰を下ろした。それを確認してから、他の三人もソファーに腰を落ち着かせた。

「ドーニアタイプのことに関しては、本当に申し訳ないと思ってる。母さんたちの意志を継いだ姉さんの努力も、わかってるつもりだ」
「コウカが損壊したのは、あの子が独断行動したことがそもそもの原因だから。あとは、あんたがドジやった所為」
「まだ責めるのかよ。オレだってできることはしたんだ。ジャカロの中に協力者が現れなければ、事態は最悪になっていた」
「まさか、代表の息子が協力者になるなんてね」

 リキヒトが西銘遼平に託したという、闇取引と爆破テロ計画の証拠だが、公安に渡されたのはどうやら計画が実行される直前のようだった。
 リキヒトが本部に持って行けと言わなかったのは、西銘遼平が公安本部にそれを持って行ったとしても、顔も名前も知られている身内からの情報は信用してもらえないからだ。それだけではなく、身柄を拘束されてしまい、計画の阻止は不可能となる。だからリスクが少ないと判断し、休日の同僚に直接渡すよう指示した。
 その遠回りな方法が今回の件の一因だが、弟の判断は間違ってはいないと思う。それに、政府のガラス固化体エネルギー利用の発表がなければ、計画は強行されていなかった筈だ。
 爆弾はイサナギタワーにも仕掛けられていたが、爆弾処理班がそっちの爆弾の処理を最優先したおかげで倒壊は免れ、甚大な被害となることはなかった。しかし、イサナギファンモールの各所に仕掛けられた全ての爆弾の処理まで間に合わず、建物はおよそ3分の1が瓦礫と化した。
 その後、災害支援要請を受けた自衛隊が駆け付け、その中から要救助者を一名発見した。救助されたのは、西銘遼平だった。生存率が危ぶまれる崩壊の中、瓦礫の隙間ができ、奇跡的に救助され一命を取り留めていた。しかし、瓦礫に挟まれた両足が粉砕骨折しており、手術で膝から下が切断された。
 西銘遼平は現在は入院中だが、警察から爆破テロ共謀の疑いで事情聴取をされ、父親である西銘芳彰の殺害の自供と共に罪を認めた。術後の回復状態を見て退院次第逮捕、起訴されることになっている。
 彼は警察の聴取に対し、償いの意志を示したと言う。課される量刑をしっかりと受け止め、父親の分まで償い、社会復帰をしたあかつきにはジャカロに戻り、今度こそ困っている人々の為に正しく役立つと誓った。それから、とあるジャーナリストのインタビュー記事によると「彼の償いの意志には大切な人の存在がある」ということも書かれていた。
 因みに、遺体で発見されたテロ首謀者の西銘芳彰は、容疑者死亡のまま起訴されている。

「一つ聞きたいんだけど。昔、ジャカロのものらしき黒いドローンに時々コウカが付きまとわれてて、一度だけ発光信号を送られてきたことがあったんだけど。あれはもしかして」
「ああ。オレだよ」

 ジャカロの代表が西銘芳彰に変わるその少し前に、リキヒトは要注意人物の西銘の潜入調査を始めていた。そして、代替わりしてすぐに西銘の危険思想が表出し始め、組織内の役員の顔触れも入れ替わった。早くも不穏な様相に変化し始めたことを私たちに知らせる為に、あの方法を取ったようだ。

「で。姉さんはこれからどうするの。プロジェクトは今後どうなるんだ」

 話していると、来社予定の客が来たとレセプションから連絡があった。私はアルヴィンに頼んで迎えに行ってもらい、数分後、案内されて柊くんが応接室に現れた。今日は平日だけれど、彼は私服だった。市役所の仕事は休んで来てくれたようだ。

「躑躅森博士。お久し振りです」
「来てくれてありがとう。身体の方はどう?」
「専門機関で検査をしましたが、健康被害は心配なさそうです」

 あの日、ハッキングで閉じ込められた私は何とか脱することができ、状況を確認して直ぐさまチームを連れて現場に向かった。
 到着した時にはコウカはシャットダウンしていて、爆発に巻き込まれ酷い状態のコウカと接触した柊くんには、被曝検査を受けてもらった。研究所でも簡易的な検査はできたけれど、専門機関にも行くようお願いした。
 コウカが事前に自分の動力源の正体を明かしていたおかげで、柊くんも冷静に状況を把握してくれたが、それよりも、推断と言えども答えに辿り着いたあの子は本当に凄いと、開発者でありながら私は関心してしまった。
 柊くんに由利とリキヒトを紹介し、リキヒトの隣に座ってもらった。プロジェクト関係者とジャカロを監視していた公安しかいないこの場に一般人の柊くんも呼んだと言うことは、コウカの件について彼にも聞いてもらわなければならないと判断したからだ。由利にも了解を取ってある。
 柊くんが来たことで、私の口は重くなった。彼には少々、辛い現実を受け止めてもらわないといけない。すると。

「あの。今日は、コウカさんのことでお話があるんですよね。その前に、コウカさんは今どうしてますか。無事ですか?」

 コウカのことが気掛かりで仕方がない柊くんは、堪らず私に聞いた。そのせいで、口を開くのをためらってしまいそうになる。

()()無事よ。順を追って話すから、落ち着いて聞いて」

 そう言うと、柊くんは「すみません」と猫背になった。立派な肩書きの40〜50代の大人に囲まれて、子供のようにそわそわする気持ちを抑え切れない振る舞いをした自分が、少し恥ずかしくなったようだ。
 雑用ロボットが、人数分の紅茶を淹れて持って来た。それぞれ砂糖やミルクを入れて飲み、私は話を切り出した。

「プロジェクトは今後どうなるかと、リキヒトはさっき聞いたわね。由利。説明してあげて」

 前プロジェクトリーダーである技術開拓事業促進室の上司が責任の所在を問われて退任し、新たにリーダーとなった由利は、いつものようにほとんど表情を動かさずに説明を始める。

「率直に言いますと、現在プロジェクトは今後の方針を検討中です」
「検討中?」

 柊くんだけがオウム返しした。リキヒトは続きを待つように、静かに耳を傾ける。

「あの事件以降、爆破テロの背景にはガラス固化体エネルギーへの疑念が最たる原因だと、多くの人々の間で囁かれているのはご存知ですか」
「はい。自分の周りでも、そんなことを言っている人はいます」

 あの爆破テロ事件は、21世紀中頃に起きた大災害以来、およそ1世紀振りに起きた最悪だと言われている。
 巻き込まれた人々が、それを起こしたジャカロに怒りの矛先を向けるのは当然だが、彼らの要求でコウカが人質とされた理由もテロ発端に起因しているのではないか、と言う敏い者もいた。現に、コウカを開発した我が社に何件か問い合わせが来ている。

「そのうち公になると思うので、ここで正直に申し上げますが。彼女の動力源は、ガラス固化体の熱を利用した熱エネルギーです。政府は、処分に途方もない費用と年月がかかるガラス固化体に頭を抱えていた。そこで、ガラス固化体の熱を利用した熱エネルギー開発に目を付け、新型ヒューマノイド開発プロジェクトに新エネルギーの開発を無理やりねじ込んだのです」
「まあ。政府がやりそうなことだな」
「博士は、それを快諾したんですか」

 柊くんは僅かに疑念を含んだ目で、私に聞いた。

「快諾ではなかったけれど、開発依頼を受けたのは事実ね。私の専門外だったから断ろうとしたんだけど、人間と成長が同調するヒューマノイドの開発は母たちの未練だったし、アルヴィンがエネルギー開発も専門だったから」

「母たちの未練を果たすため」という大義名分らしい言い方をしたが、つまりは私も技術者の好奇心を優先して政府の悪巧みに荷担したということだ。

「躑躅森博士らの懸命な研究により、試作テストを繰り返したガラス固化体エネルギーは、放射能漏れの少ない安全なエネルギーとして証明されました。その結果を受け、政府は量産に踏み切ったのです。
 そのエネルギー利用については、発表以後、テレビでも頻繁に取り上げられており、今回の事件を受けて専門家からも反対の意見が上がっているのもご存知でしょう。こうした市井の声を聞いた政府は、今後の方針を慎重に決めようとしているところです」
「だから、検討中と」
「けれど。被曝の危険があるものを国民に秘密にしたまま使用したことで国外からの批判もあって、プロジェクトは白紙になると言われているわ」
「白紙……」

 プロジェクトの白紙の意味することを予感した柊くんは、コウカのことを案じて表情に不安を浮かばせる。

「それじゃあ、ドーニアタイプは今……」
「あの子は今、眠っているわ」

 コウカの状態を三人に見てもらうために、私は地下へ案内した。


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