第1話

文字数 2,378文字




 研究所の所長室は、お母さんが生けた花で彩られている。書道や茶道と同じく、気分転換をする為の華道もオリジナルの流派で、いかにも勝ち気なお母さんが生けた花だってことがわかる。だけど、ちゃんと季節の花を使っていて、今の時期は桜の枝やアネモネが生けられてる。
 お母さんはソファーに座って、空中ディスプレイに映る外国人ライターと話していた。AIがほぼ時差なく翻訳してくれながらのインタビューは、かれこれ一時間になる。

「今の話を聞いて、とても貴方らしいと思いましたよ。これからを生きていく糧になりそうです」
「そうですか?参考になったのなら、嬉しいです」
「では、お時間ですね。本日は時間を割いて頂いて、ありがとうございました。 今回の研究の成果が出た頃に、またインタビューさせて下さい」
「ええ。勿論です」
「博士の研究の成果を期待して、楽しみにしています」
「ありがとうございます」

 インタビューが終わると、オフラインになると同時にディスプレイが閉じられた。そこへ丁度、アルヴィンが訪ねて来た。

「失礼します。博士。インタビューは終わりましたか」
「丁度、今終わったところよ」

 お母さんはソファーの背凭れに寄りかかると、雑用ロボットにコーヒーがほしいと頼んだ。命令されたロボットは、アルヴィンと入れ代わりで部屋を出て行った。

「コウカちゃんが進学する度に、インタビューのオファーが来ますね。今日は何社ですか?」
「七社。だから、あと三社ね。もう疲れたわ」

 そう言って、肩に手を添えて首を回した。外面でインタビューを受けているから、余計に疲れるようだ。大人になると、相手に気を遣う場面が多くて大変だ。

「一時間ずつと決めているとは言え、一週間立て続けですもんね」
「軽々しく引き受けるんじゃなかったわ。だいたい、みんな同じ質問ばかりなのよ。答えるこっちはしゃべり飽きて、適当に言いたくなるわ。ネットに研究の進捗報告を公開してるんだから、それで満足しなさいよ」
「博士自身の話も聞きたいんですよ、きっと。チームのみんなから聞きましたけど、界隈では、博士はまるで本当の親みたいだって噂になってるみたいですよ」
「そんなつもりはないわよ。後継者の私でようやく完成させられそうだから、その分、愛着が湧いてるだけよ」

 コーヒーを淹れて来た雑用ロボットが戻って来て、お母さんにカップを渡した。温かいブラックコーヒーを飲むと、お母さんはひと息着いた。

「それで。何か用があるんじゃないの?」
「ああ。そうでした。次のインタビューの時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。三十分空いてるから」
「さっき、由利さんから連絡がありまして。お願いしたメールの件は、突っ撥ねられました」
「突っ撥ねられたの!?」

 一昨年、初めて送られて来たジャカロからのメールは、あれからまた二通送られて来ていて、少しずつ文言が脅迫めいてきた。前回は、危機対策Alが様子見と判断してひとまずそれに従ったけれど、更に送られて来たメールで危惧したお母さんは、事件に発展する前に対処してほしいと改めて由利さんに頼んでいた。でも、内容が五通ともあまり事態を逼迫(ひっぱく)させるような内容じゃなかったからか、危機対策Alはまたもや様子見にしたようだ。

「何となく予想は付いてたけど、一体どういう思考回路してるのかしら。脳みそお花畑なんじゃないの!?」
「そうかもしれませんけど、非営利団体としての実績もありますし、やっぱり実害がなければ警察を動かすことはできないみたいです。でも、警告は出してくれるみたいですよ」
「それもどうせ、危機管理Alの判断てやつなんでしょ」
「でしょうね。という訳で、残念ながら事案として扱ってくれませんでした」
「残念過ぎて、頼る気が薄れるわ」

 昔からお母さんのお偉方への信頼度は低いけど、また評価が下げられた。Alが判断したことならほぼ間違いないのかもしれないけれど、人間同士の関係をギクシャクさせるなら、Al任せの選択も考えものなのかもしれない。

「でも、良いことをしているのは本当ですからね。国内の活動も、集会を続けてるくらいだし」
「まぁ、そうよね。ウイルス攻撃との因果関係も不明のままだし、実害がないのも事実。だけど、急にあんなメールを送って来たと言うことは、ジャカロの意志に変化があった証拠だわ」
「そうですよね。代表が交代したという話も聞きましたし、運営方針が変わった可能性もあります。危機管理Alの判断で安心しきっていたら、危険かもしれません」
「なるべく穏便に事が収まればいいんだけど。でも今後、もしも私たちに不利益が生じるなら、考えざるを得ないわね」

 誰よりも先を見据えるお母さんは、眉頭を寄せて少し厳しい顔付きをした。

「何かしらの強行手段に出るってことですか?」
「と言っても、法的措置が限界だけどね。私たちの方から積極的に動かなきゃ、お偉方も目を覚ましてくれなさそうだし。これ以上後手に回るなら、もう期待はしないわ」
「毒舌ですね」
「これが私の本音よ。ジャカロだって、この国に不満があるから組織された。結局、永田町のやつらは自分たちの体裁ばかり守って、国民の声をまともに聞こうとしないのよ。きっと耳の穴にヘドロが詰まってるんだわ。鈍器で殴って出してやろうかしら」
「いつか本当にやりそうで怖いです」

 冗談半分だろうけど、お母さんが言うと本気に聞こえる。
 でも冗談に聞こえないくらい不満が溜まっているのは確かで、ジャカロからのメールが冗談と捉えられないのも同じ理由だ。長年主張を無視され続ければ、その分の蟠りが固い地盤になっていたりするかもしれない。

「まぁ。ジャカロの今後の動向はまだわからないけど、お偉方ばかりを頼りにしないで、あの子に何かあったら私たちで対処する心構えでいましょう」
「そうですね。オレたちができることもある筈ですから」


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