第1話

文字数 4,482文字



 生まれてから十二年。あたし、ヌアーチェア・プラティカブル・ヒューマノイド躑躅森虹花は今年、中学生になった。
 今回から新しく、共生試験(シンビオシス・テスト)が始まった。中学生の三年間にあたる前期課程では、より複雑な感情の習得の目的と、あたしを一般的じゃないヒューマノイドとして認識した人間と同じ環境で違和感なく生活できるのかを検証する。って、お母さんが言ってた。
 通ってる中学校は、昔からIT関係の授業に力を入れてきた学校で、生徒の要望があればいつでも好きな国に留学もさせてくれる。しかも、大した理由がなくてもいいとか心が広いし、生徒の未来を考えてくれているいい学校だと思う。
 通学にはトラムを使ってる。街にはバスも走ってるけど、路線と運転本数が結構充実してるから、通勤や通学にトラムを利用する人も多い。学校にはバスでも行けるけど、あたしはトラムの方がよかった。それには理由がある。

「おはよう。コウカちゃん」
「おはよう。ミヤちゃん」

 友達がトラム通学だからだ。桐島深耶ちゃんは、小学生の時のクラスメート。不登校になってたミヤちゃんを学校に行けるようにサポートしてから、友達になった。小学校六年生の頃には、普通の人間らしく振る舞えるようになったおかげで、今じゃすっかり、お互いがヒューマノイドと人間という違いを気にすることなく付き合ってる。

「コウカちゃん。今日も付けられてるの?」
「うん。いるよ。いつもと違う人だけど」

 そして相変わらず、メディアの人があたしを記事にしようとしていて、最近はこっそり尾行するようになった。ドローンで付けて来て、校外から盗撮されることもある。報道規制してくれてる筈なんだけどね。

「いつも知らない人に後付けられて、怖くない?」
「“怖い”なんて思わないよ。あの人たちは自分の仕事してるだけだし」

 あたしが新型のヒューマノイドだから世の中の人はみんな興味津々で、報道規制を無視して取り上げたい気持ちもわかる。でも、周りの子たちと変わらないことをしてるだけだから、面白味なんてないと思う。

「でも、盗撮は犯罪だよ?」
「そうだけど。あたしが訴えて慰謝料請求とかして、裁判所とメディアの人が応じると思う?」
「うーん……」
「多分、あたしはヒューマノイドだから、法律は適用されないよ。法律は人間を守るものだから」

 あたしは別に、自分の日常が守られないことを諦めてる訳じゃない。この世界では、人間とヒューマノイドで存在価値が違うとわかってるからだ。
 と、その時だった。

 ────ヒューマノイドに差別なんて関係ないだろ。人権すらないんだから。

 会話の内容に関連した言葉が、メモリの過去の記録からピックアップされた。
 あたしに人権はないと言った西銘遼平くんは、小学四年生になる前に家の都合で転校して行った。あの時は言われても何とも思わなかったけど、成長した今思い出して考えると、なんでヒューマノイドを憎んでるんだろうって疑問に思う。
 あたしは西銘くんに何もしてないから、あたしの所為じゃない。でも、はっきりと疑問に思う前に転校して行っちゃったから、もう理由は聞けない。お母さんには、そういう人たちがいるって教えてもらって、割り切らなきゃいけないって言われた。だからお母さんの言う通りにして、あたしも割り切ることにしてる。

 中学生になってからだいぶ経つけど、初対面の子とも結構話すようになった。そのきっかけは、入学したての時に、みんなにあたしを知ってもらおうと思って、成長過程のムービーを見せたことだった。それで興味を持ってくれて、話すようになった。

「ねえ、躑躅森さん。宿題全部やって来た?」
「やったよ」
「私わからないところがあってさ。見せてほしいんだけど」
「いいけど、全部合ってるかはわからないよ」
「そうなの? ヒューマノイドなんだから、全問正解なんじゃないの?」
「あたしは他のヒューマノイドとは違うって言ったじゃん。期待しないなら見てもいいよ」

 大体の子が友好的だけど、みんながみんなそうじゃなくて、遠巻きにしてる子たちもいる。でも、接し方は人それぞれだから、そのうち話せるようになればいいなと思ってる。
 こんな感じで、今のところは普通に中学校生活を送れてる。

 授業スタイルも、書き取りからタイピングへと変わった。そして先生の教え方も変わって、中学校ではリモートで教える先生もいる。子育て中の社会科の先生は、自宅から授業をしてくれている。
 今日の社会科の授業は、VRゴーグルを着けて進めていた。インターネットに接続できるあたしはかたちだけみんなの真似をして、両眼カメラから映像を見られるようにした。

「太陽光・グリーン水素・バイオマスなど、このように様々な方法でエネルギーは生み出されています。では皆さんは、新しい原発があることを知っていますか?」

 先生の問いかけの後、あたしたちが装着しているゴーグルに大きな原発の映像が映し出された。あたしたちは実際にそこにいるように、建屋を見上げる動作をした。

「日本ではまだ数基しかありませんが、ヨーロッパなどの国々では旧システムの原発を廃炉にして、新しいシステムの原発が次々と建設されています。この新システムの原発は、旧システムの危険性を取り除いたもので、私たちにもメリットがある原発です」
「先生、質問です。旧システムの危険性って何ですか?」一人の生徒が質問した。
「それは、私たちの健康や生活を脅かすことです」

 そう言うと先生は、違う映像に切り替えた。少し古い映像で、箱型の旧システムの原発の建屋が崩壊している。何かしらの事故が起きたあとの映像だ。それが目の前に現れると、クラスメートたちが少しざわついた。

「今からおよそ100年前。大震災が起きた際に原発事故が起き、危険物質の放出によって多くの人が避難を余儀なくされたと言われています。事故が起きるとその土地に住めなくなってしまうような危険性が、旧システムにはあるんです」
「そんな危険なものだったんだ」
「おばあちゃん家の近くにもあるけど、大丈夫かな」

 今も稼働する原発が危険を孕むものだと知ったみんなは不安に襲われて、それぞれで思ったことを口にした。

「怖いねコウカちゃん」

 隣りにいたミヤちゃんも不安そうに言った。だけど、まだ“怖い”という感情がなく共感できないあたしは、教えられる情報を冷静に収集していた。

「今の話だと、旧システムの原発はとても恐ろしいものだと聞こえてしまったかもしれないけれど、事故さえ起きなければ大丈夫です。新システムの原発の建設が進んでいない今は、旧システムの原発も私たちには必要な施設なんです」

 授業はただ先生の解説を聞くだけじゃなくて、こうして擬似体験もできるからありがたい。あたしはまだ社会の色々なことを学習中だから、こういう授業だと入出力がしやすい。文字だけだと想像力を働かせなきゃならないから、あたしには不可能だ。
 学校の授業は人間と同じように、あたしにとっても最適な学習環境だ。でも唯一、解消できてない不満がある。それは、体育の授業を見学することが多いことだ。動力源の問題が完全に解決できてないから、相変わらず激しい運動はできない。部活も、中学生になったら運動部に入ろうと思ってたけど、仕方がないから文化系を選んだ。
 でも改良が進んで、持久走とかテニスとか、そこまで激しく動かない競技ならできるくらいにはなった。それ以外の時はタイムを測ったり審判をして、先生を手伝ってる。
 身体を動かすのは限られてはいるけど、何もしないよりは手伝いをやっている方がましだ。だけどクラスメートに、ヒューマノイドなのに体育を見学するのはズルいと何度も言われて、その言葉にはとても同意できるのが正直なところだ。


「お母さん。あたしやっぱり、ちゃんと体育参加したい」

 研究所(いえ)に帰ったあたしは、お母さんに訴えた。同じことを繰り返し要求されているお母さんは、あたしの顔を見るとうんざりした表情で溜め息をついた。

「ヒューマノイドなのに走らないのは意味わかんないって、また言われたんだよ。あたしもそう思うよ」
「そうよね。そんなこと言われるのはもう嫌よね」
「嫌とかそういうのじゃなくて。ただ、今のままはダメだと思う。だから、早くみんなと一緒に体育できるようになりたい。いつになったら、あたしの動力源は完璧になるの?」
「もう少しね。完璧にするには、もう少し時間がほしいのよ」
「もう少しって、いつ? それ昔からずっと言ってるよ。あたしもう聞き飽きた」

 幼稚園の頃からこの不満を二十七回言ってきて、今日で二十八回目だ。お母さんの答えは、耳に胼胝(たこ)ができるくらい聞いた。だから、お互いにこのやり取りはうんざりしてる。

「もうちょっと待てそうにないの?」
「待てるには待てるけど、あんまり待たされると痺れを切らしちゃうよ」
「コウカが痺れを切らしても、どうにかできる訳でもないけどね」
「そんなコウカちゃんに、今日は朗報があるんだ」

 お母さんと話していると、何だか嬉しそうなアルヴィンがあたしに近づいて来て言った。

「更に改良を重ねた動力源が、今日完成したんだ」
「本当に? なんだ! それならそうと言ってよ、お母さん」
「だけどね、コウカちゃん」

 喜ぶあたしに水を差すように、アルヴィンは付け足す。

「ただやっぱり、現時点では完璧とは言えないんだ」
「そうなの? ぬか喜びしちゃったよ」

 あたしは肩を落とした。

「そんなにがっかりすることもないよ。性能は今のものよりはだいぶよくなって、もっと運動ができるようにはなったんだ。取り敢えず今の動力源と取り替えて、運動してみて異常がなければ大丈夫。そしたら、コウカちゃんの不満もなくなるよ」
「その言葉、信じていい?」
「勿論だよ」

 技術者として自信があるアルヴィンは、はっきりと頷いた。目の下には隈があって、それだけ頑張ったんだとわかった。

「わかった。信じるよ。じゃあ早速取り替えて!」

 嬉しくなったあたしは、早くメンテナンスルームに行きたくて、お母さんとアルヴィンの腕を引っ張った。

「わかったわ。でもいい? アルヴィンも言ったけど、動かしてみなきゃわからないわ。お母さんも、もう少しだけ改良が必要だと思ってる。だから、不具合が出てもまた文句を言わないこと」
「わかってるよ」

 お母さんは上機嫌なあたしの頭を優しく撫でて、微笑んだ。目尻には、いつの間にか小さな皺ができていた。
 今まで何度も我儘を言って困らせたけど、あたしは決して困らせたい訳じゃなかった。お母さんは、それをわかってくれてる。
 お母さんは、我儘を言うあたしに理解を求める時は、Alに理解させるような論理的な説得じゃなくて、人間の子供に言うのと同じように自分の気持ちを伝えようとしていた。あたしはそんなお母さんの気持ちを理解して、毎日みんなと協力して頑張ってることも理解した。
 凄い技術者のお母さんがいて、開発チームのみんながいるから、あたしは存在してる。もう我儘は卒業して、これからはみんなに感謝するようにしないと。


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