第2話 バーチャルシンガー、ひいらぎ

文字数 3,095文字

 中学時代の私を知る子がいない高校を選んだつもりだったけれど、

なんと、いたんだなこれが‥‥ 。

地味過ぎてその存在を忘れていた。

「棚橋。なんで、あんたがここにいるわけ? 」

 入学式当日。式を終えて、校舎の中に戻ろうとした時だった。

私は前を歩いていた女子高生を追い越しがてら、

何気なく、どんな顔をしているのかちらり見た。

すると、その子が、

中3の時のクラスメイト、棚橋あきだったから驚いたのなんの!

「なんでと言われても、合格したんで‥‥ 」

 棚橋がすまなそうに答えた。

棚橋に非はないのに、なぜだか低姿勢。

それで、私は思わず図に乗ってしまった。

「受験の時いなかったよね? 」

 私は念を押した。

同じ中学からこの高校を受験したメンバーの中に、

棚橋の姿はなかったはずだ。

「いました。木平あかりさん、

たんに、あなたが気づかなかっただけじゃないですか? 」

 棚橋が眼鏡を直すと言った。

(それにしても、同い年なのに、なぜ、敬語なんだろう? )

「だいたい、あんたが入るような高校じゃないじゃん。

あんたの成績だったら、進学校に入学するでしょうが‥‥ 」

 私は仁王立ちすると言った。

(まさか、進学校落ちて、ここに来たのか?! )

「中学時代に、毎回、上位の成績だったからといって、

進学校を選択するとはかぎりません。

思い込みを押しつけないでください! 」

 棚橋がここかと思うところで反撃に出た。

(棚橋でも怒ることがあるんだ? 意外! )

「ごめん。てっきり、中学の時のクラスメイトは

いないと思っていたもので‥‥ 」

 私はあわてて言い訳した。

「中学の時のクラスメイトが一緒だと

まずいことでもあるんですか? 」

 棚橋が訊ねた。

「いやその。なんでもいいでしょ」

 私はごまかした。

(本当の理由を言えるわけがない! )

 なんと、クラスまで一緒だった。

私は、新しいともだちを作ろうとがんばったけれど、

同じ中学から来た子同士で

すぐにグループができ上がってしまい

気がつくと、グループに属していないのは、

私と棚橋の2人だけになっていた。

棚橋は積極的にともだちを作るタイプではない。

教室の隅にぽつんといるイメージだ。

そうかと言って、ひとりぼっちはさみしいし、

孤立したままでは、出だしから悪目立ちしてしまう。

選択肢はひとつしかなかった。

 入学式から3か月後。私は意を決して、棚橋に声をかけた。

いつも、近づいて声をかけるのは私から。

ちゃんと、友人だと思われているのか心配になった。

そこで、賭けに出ることにした。

ともだちだったら、放課後も一緒に行動するものだ。

棚橋は掃除当番の日以外、ベルが鳴ると同時に、

ふらりと教室からいなくなる。

私は見逃さないよう、注意深く、棚橋の様子を見ていた。

 ベルが鳴り、数名のクラスメイトたちがガヤガヤしはじめた。

「棚橋。このあと、用事ある? 」

 私は、棚橋の机の前に立つと訊ねた。

「ありませんが‥‥ 」

 棚橋が上目遣いで答えた。

「じゃあ、マックでお茶していかない? 」

 私がそう言うと、棚橋がえ? という表情を見せた。

(私、何か、おかしいこと言った? )

「いいですよ。2時間だけならつき合えます」

 私がドキドキしていると、棚橋が平然と言った。

 私たちは、最寄駅から電車に乗り込むと渋谷方面へ向かった。

慣れた道のはずなのに、相手が無口で不愛想な相手というだけで、

とてつもない長い道のりに感じるからふしぎだ。

渋谷に来るのはひさしぶり。

中学のころはしょっちゅう、まなと一緒に来たっけ。

私が思い出にひたっていると、突然、棚橋が立ち止まった。

「着きました。入りましょうか? 」

 棚橋がふり返りざまに告げた。

「注文して来るから、あんたは席を取っておいて」

 店内が学校帰りの学生で混みあっていたことから、自然と指示を出した。

棚橋は文句も言わず、店内を歩き出した。

注文した2人分の品を運んで来ると、

棚橋が、窓際の席でほおづえをついていた。

その横顔が一瞬だけ美少女に見えた。

「あんた、意外とかわいいわね」

 私が席に着くなりほめると、棚橋が下を向いた。

「これのせいで、良く言われます」

 棚橋が外していた眼鏡を見せると言った。

「どうして、コンタクトにしないの? 

眼鏡ない方がモテると思うよ」

 私はジュースを一口口にすると何気なく言った。

「試してみたんですが、合わなくて‥‥ 」

 棚橋がそう言うと、おちょぼ口でハンバーガーをかじった。

 食事を終えて外に出ると、棚橋がスマートフォンを見だした。

私はその姿を見て、なぜか、まなのことを思い出した。

まなは変にマナーを気にする方だった。誰かと一緒にいる時、

他のことに気を取られるのは失礼だと、何度も注意を受けたことがある。

私は別に気にしない方だったから、めんどうくさいなと思った。

「あ? 」

 スクランブル交差点を渡ろうとしたその瞬間。

私の耳に聞き覚えのある声が飛び込んで来た。

ふいに、声が聞こえた方を見ると、

人間そっくりなバーチャルシンガーによるミュージックビデオが、

ハチ公前のスクランブル交差点をぐるりと囲んだ

4つの大型ビジョンに連動放映されていた。

立ち止まったのは、私をふくめて、近くに4、5人はいたと思う。

一瞬にして、その歌声に心奪われた。

「どうかしましたか? 」

 棚橋が私の顔をのぞき込むと訊ねた。

「あの子は誰? 」

 私は大型ビジョンのひとつを指さすと言った。

「今、ちまたで話題になっている

人気バーチャルシンガーのひいらぎですよ」

 棚橋が冷めた口調で言った。

「バーチャルシンガーっていうのは何? 」

 私が訊ねた。

(聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。相手が、棚橋なら問題ないか? )

「バーチャルシンガーというのは、

ヒット曲を歌った動画や完全なオリジナル楽曲を

披露するなど音楽活動をしている

Vチューバーボーカロイドのことです」
 
 棚橋が前のめりの姿勢で言った。

「初音ミク的なやつね」

 私がぼそっと言った。

「ボーカロイドといっても、

初音ミクの場合は、あらかじめサンプリングされた

人間の女性の声を音源としています。

いわゆる、架空のキャラクターです。

ひいらぎの場合は、実在する歌手の音色や歌いまわしなどを

忠実に反映させた音源をAIに

ディープランニングさせたものを使用しているそうです」

 棚橋が、初音ミクとひいらぎとの違いを力説した。

「わざわざ、正体を隠して歌う必要ある? 」 

 私はいまいち納得出来なかった。

「一説によれば、バーチャルシンガーになる人には、

顔を隠して、声だけ世に出したい傾向があるそうですよ」

 棚橋が苦笑いすると言った。

「やけにくわしいわね。

もしかして、やっている。もしくは、試したことがあるとか? 」

 私が好奇心で訊ねた。

「まさか、そんなことしませんよ! 」

 私のかまかけに、棚橋が瞬時に否定した。

「このひいらぎって子の曲を聴くにはどうすれば良いの? 」

 私が訊ねた。

棚橋が、ひいらぎのバーチャルライブイベントを

開催しているVR対応オンラインゲームを教えてくれた。

 こんなに、ひいらぎのことが気になるのは、

どこかしら、まなの声に似ているからだ。

まなが自殺した事実は、

受験を控えていた時期とあってか、

校内で、そのことを話すことを禁止された。

大人は誰も、まなの安否を教えてくれなかった。

卒業後に行った同窓会では、まなの死亡説が噂された。

私は心のどこかで、

まなは、生きていると信じたかったのかもしれない。

あえて、確かめようとしなかったのはこわかったからだ。

もう一度、ひいらぎの歌声をじっくりと聴いてみて、

改めて、まなの声か否か見極めたい。

もし、ひいらぎ=まなだと確信したら、

次はどうする? 










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