第20話 泥沼

文字数 3,154文字

 まならしきプレイヤー探しを鹿さんに頼んだものの、

もしかしたら、また、偶然、出会えるかもしれないと

ヒマさえあれば、「モスピグレット」を

プレイし続けた結果、私は、ネトゲ中毒になりかかっていた。

仮病を使って学校を休もうとも考えたけれど、

さすがに、同じ手は2度も使えないし、

寝不足のせいで、頭がぼおっとして、

ささいなミスをくり返したことから、

学校休んでまで、1日中、ゲームに熱中するのは、

異常なことだし、心身に良くないと考え直した。

 鹿さんとの約束の前夜。

PCの前で、うとうとしていると、

スマートフォンの着信音がけたたましく鳴ったため、

私は驚きのあまり、椅子から落ちそうになった。

「もしもし、ほおずき。

僕だよ、鹿だ。今、大丈夫? 」

 鹿さんはなぜか、あせっている様子だった。

「はい、大丈夫です。何ですか? 」

 私が訊ねた。

「事情があって、君との約束を果たせなくなった」

 鹿さんの声はどういうわけか沈んでいた。

「そうですか‥‥ 」

 私は急に、全身の力が抜けた気がした。

(頼みの綱が切れた)

「ごめん。もう切らないと‥‥ 」

 鹿さんが言った。

「忙しそうですね」

 私が言った。

「君との約束は話していない。

だから、誰かに何か聞かれても知らないで通して」

 鹿さんが告げた。

「え? どういう意味ですか? 」

「本当にごめん」

「え、あの? 何かあったのですか? 」

「モスピグレットはしばらく、プレイ出来なくなる。

 この機会に、ともだち探しはやめたらいいよ」

「鹿さん? 」

 ブツ‥‥ ピーピー

  電話を掛け直したが、「現在使われていません」

というアナウンスが流れて来た。

 念のため、「モスピグレット」にログインしてみた。

ところが、通信トラブル発生により一時閉鎖という

画面が現れて、それ以上、進めなくなっていた。

 「モスピグレット」のHPを開こうとしたが、

アクセスが集中しているらしくて、つながらない。

 私は意を決して、ジンさんに電話をかけた。

 ジンさんの連絡先は、鹿さん経由で聞いていたけれど、

実際に、連絡するのは初めてのことだ。

少し、緊張した。

「もしもし、ほおづきです。夜分すみません」

「こんばんわ」

 電話に出たのは、ジンさんではなく年配の女性だった。

「すいません。間違えました」

 私はかけ間違えたかと思い平謝りした。

「ジンこと、神田川の妻です。

あなた、もしかして、病院で会った彰彦のおともだちかしら? 」

 年配女性が訊ねた。

(ジンさんの奥様ってこと? )

「はい」

 私が答えた。

「あの時は、ありがとう。

どうしたの? 何かあった? 」

 ジンさんの奥様は優しそうな方で良かった。

病院で会った時は、

ジンさんが大変な状態だったこともあり、

すぐ、交代して病院をあとにしたから、

外見だけしか、判断材料がなかった。

「鹿さんというゲーム仲間のことはご存じですか? 」

 私が訊ねた。

「ごめんなさい。ゲームのことはくわしくなくて‥‥ 。

主人の具合が良くなった時にでも、

電話があったことを伝えますね」

 ジンさんの奥様がそう言って電話を切ろうとした。

「あの、ジンさんは具合悪いのですか? 」

「ええ。最近、いろいろとあったから、きっと、

心労がたたったのね。心臓の方に問題が見つかって、

今、自宅療養中なのよ」

 ジンさんの奥様が言った。

「お大事に」

 私はそう言うと電話を切った。

逃げたに近かった。

それから数日後、朝刊やTVのニュースで、

「モスピグレット」に不正アクセスがあって、

一部のプレイヤーたちの

個人情報が流出したことを知った。

 そのせいか、「モスピグレット」へは、

世界中から、問い合わせや苦情が殺到して、

HPが一時閉鎖されることになった。

現在のところは、流出した個人情報が

第3者に利用されたという報告はない。

 事件が発覚した翌日の午後。

私は、「モスピグレット」本社に呼び出された。

「モスピグレット」の本社が日本の

しかも、渋谷にあることに驚いた。

私は、学校帰りだったため制服姿だった。

親に事情を話してついてきてもらおうとも考えたが、

怒られそうで内緒にした。

ゲーム会社の本社と聞いて、物がたくさんある中に、

徹夜明けの社員たちがPCの前で寝ているといった

イメージを抱いていたが、

「モスピグレット」本社は、

高層ビル30階にあるガラス張り

端が見えないただ広いオフィスの

あちこちに、デスクが置かれている。

海外の企業風のおしゃれな雰囲気だった。

さぞかし、夜景がきれいだろうなと、

受付の人に案内された部屋で待っていると、

スーツをビシッと着込んだ

ちょい悪おやじ風の中年男性が、

部屋の中に入って来た。

あいさつをして、名刺をいただいた後、

突然、本題に入った。

相手が弁護士だったため、緊張が高まった。

「紀尾井隼太について知っていますね? 」

 弁護士が上目遣いで訊ねた。

「はい」

 私は短く返事した。

「紀尾井が、アルバイトとして勤務している会社の

専用システムを無断で使用して、

弊社のゲーム内で不正アクセスをくり返して、

一部のプレイヤーたちの

個人情報を流出させたことがわかった」

 弁護士が淡々と鹿さんのことを話した。

「あの、紀尾井さんは今? 」

 私が訊ねた。

(もしかして、私のせい?

私が、まならしきプレイヤーのことを調べるよう

頼んだから?? )

「警察に行っている。あくまでも、現段階では、

事情を聞くためではあるが、内容次第では、

逮捕されることもあるかもしれない」

 弁護士が神妙な面持ちで告げた。

「あの、私‥‥ 」

 私は言いかけてやめた。

(鹿さんは、私との約束を話さないだろう。

もし、ここで、私が話したら、

状況が悪くなるかもしれない)

「蓮見ゆみこさんから、特に君が、

紀尾井と親しくしていたと聞いたが、

何か知っていたら話してほしい」

 弁護士が言い迫った。

「すみません、わかりません」

 私は平謝りした。

いるかいないかわからない友だちを捜していると

説明したどころで、理解されないにきまっている。

同じ弁護士でも、ジンさんの方が話しやすい。

彰彦さんは、ジンさんが変わったと言っていた。

ジンさんも昔は、目の前にいる弁護士と同じで、

彰彦さんの悩みを理解出来なかったのかもしれない。

「うちの人には話した? 」

「まだです」

「事と次第によっては、親御さんにも

関わる問題になるかもしれない。

早いうちに、話しておくべきだ」

「わかりました」

「また、話を聞くため、連絡するかもしれません。

その時は、ご協力よろしくお願いします」

 最後のところだけ、なぜか、

弁護士の態度が和らいだ気がした。

 部屋を出ると、隣の部屋から、蓮さんが出て来た。

「もしかして、あんたも? 」

 蓮さんが訊ねた。

「あんたが、私のこと言ったと聞いたわよ」

 私が言った。

「本当のことじゃない?

みんなで会う時以外にも、あんたたち、

しょっちゅう、連絡とり合っているでしょう? 」

 蓮さんが勝ちほこったように言った。

「また、呼び出されるかも」

 私がうらめしそうに言うと、

「鹿さん、何したのか聞いた? 」

 蓮さんが小声で訊ねた。

「不正にアクセスをくり返して、

一部プレイヤーたちの個人情報を流出させた

と言っていたけれど‥‥ 」

 私が答えた。

「それってさ、HIRAGIを襲った奴の仲間を

ゲーム内で公開処刑したやつでしょう?

あれって、鹿さんの仕業ってことだよね? 」

 蓮さんが言った。

「それ、本当? 」

 私はてっきり、自分がした約束のせいだと

思い込んでいたけれど、そうではなかった。

(なぜ、鹿さんがそんなことしたの? )

「やっぱり、人間って、そんな簡単に

変われないってことよ。

お互い、気をつけようね」

 蓮さんが、意味深な言葉を残して立ち去った。

(気をつけるって何をよ)

私はなぜか、怒りがわいてきた。

蓮さんの言葉ではない。

自分に対して、ものすごく、怒りがわいたのだ。














 
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