第18話 幻想

文字数 1,174文字

「あかり。学校から電話」

 5日目の夜、階下から、母親の声が聞こえた。

私は、ベッドの中から這い出ると、重い足取りで部屋を出て

階段を下りた。電話口に出ると、担任の深いため息が聞こえた。

「体調はどうですか? 」

 担任が訊ねた。

「まだ、ちょっと‥‥ 」

 私は曖昧に返事した。

いつもは、「明日から来られそう? 」と聞いて来るのに、

なぜか、今日に限って、聞いてこない。何か変だと思った。

「そうか。無理しないで、来たくなったら来なさい」

 担任が言った。

「はい? 」

 私が言った。

「棚橋さんと何かあった? 」

 担任が訊ねた。

「はあ。ちょっと、ケンカして」

 私は正直に答えた。

「棚橋さんの家の人から、しばらく、学校を休むと連絡が来たんだけど、

 何か聞いてはいませんか? 」

 担任の口調が何かぎこちない気がした。

「知りません」

 私は短く返事した。

「そうですか。では、学校で」

 担任があっさりと電話を切った。

 その後、私は気になって、棚橋にLINEした。

少しして、返事が返って来た。

棚橋:なんですか?

あかり:しばらく、学校休むって何?

棚橋:言葉の通りです

あかり:いい加減にしなさいよ! なんなの?

棚橋:怒られる筋合いありません

あかり:ともだちだったんじゃないの? 何かあったんなら話して

棚橋:ともだちでも言えないことはあります

あかり:今、家だよね?

棚橋:違います

あかり:じゃあ、どこにいるの?

棚橋:病院です

あかり:え? どうして?

棚橋:入院したんです

あかり:どこか悪いの?

棚橋:消灯時間なんで‥‥

あかり:じゃあまた

何の病気で入院したのか聞けずじまい。

たとえ、ともだちでも、聞きづらい状況というのがある。

スマートフォンを手にしたまま眠ってしまったらしい。

目を覚ますと、真夜中になっていた。

 楽しみにしていたLuciferoのライブコンサートも

一連の騒動で流れてしまい、

ゲーム内であちこち、旅行するしか

楽しみがなくなってしまった。

こんな夜は、ゲームにひたるのにかぎる。


ゲームで出会った人たちは、

私が抱える現実の悩みは知らない。

とりとめのない会話をして

一時の出会いを大事にする。

ふと、まなのことを思い出した。

まながいつか行きたいと言っていた

韓国の首都、ソウルの明洞を歩いていた時だった。

どこからともなく、ひいらぎの歌声が聞こえて来た。

歌声が聞こえた公園へ行くと、

噴水の近くの一角に人だかりができていた。

人だかりの向こうに、ピンク色のうさぎのキャラクターが

ギター片手に歌を熱唱していた。

なぜか、そのピンク色のうさぎのキャラクターが、

まなに見えて来た。

私は思いきって前に出た。

「まな」

 私は一か八か、ピンク色のうさぎのキャラクターに呼びかけた。

一瞬、ピンク色のうさぎのキャラクターが

ビクッとした感じがしたけど、すぐに、元に戻った。

 私はいたたまれなくなって、その場から立ち去った。



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