第13話 HIRAGIに迫る黒い影

文字数 3,421文字

 手術成功。幸いなことに、ジンさんの意識が戻った。

私は、病院に駆けつけた

ジンさんの奥さんと交代すると帰宅した。


 スマートフォンを見ると、

棚橋から着信が5件もきていた。

急いで、棚橋に電話をかけるとすぐ出た。

「もしもし」

「今まで、いったい、どこで何をしていたんですかあ? 」

「ひいらぎのことで、蓮さんと会っていた」

「どうして、私を誘ってくれなかったんですか? 」

「ごめん。ジンさんについて来てもらった」

「何かありましたか? 」

 私は、棚橋に問いかけられたことを機に、

起きた出来事をすべて話した。

とても、自分だけでは抱えきれないと思ったため、

棚橋に話せてホッとした。

「渋谷で、暴漢に刺された人って、ジンさんだったのですかあ! 」

 棚橋の声が耳に響いた。

「もう、ニュースになっているんだ? 」

 私はあわてて、TVをつけると言った。

その時、ちょうど、夕方のニュースが放送されていた。

今日のニュースの中に、「白昼の悪夢」というタイトルで、

ジンさんが、暴漢にナイフで刺された事件がラインナップされていた。

「大勢の人たちが目撃していたらしいですね。

真昼間に、渋谷のど真ん中で殺人未遂事件が起きたから、

ドラマの撮影と間違えた人もけっこういたみたいです」

 棚橋の興奮が、スマートフォン越しにも伝わった。

(犯人はどうなった? )

 私は、手に汗にぎりながらニュースを観た。

 ニュースのアナウンサーが、

「いまだ、犯人は逃走中」と告げるのを聞いて

一気にがくんと来た。

「大丈夫ですか? 」

 棚橋が訊ねた。

「うん。なんとかね」

 私が答えた。

「犯人、捕まっていないようですし、

彰彦さん、大丈夫なんですかね? 」

 棚橋が言った。

(犯人はまだ逃げている。また、彰彦さんをねらうかもしれない)

 私は、居てもたってもいられず部屋を飛び出した。

「あかり。もうすぐ、夕食よ。どこへ行くつもり? 」

 母親の声を背中に、玄関を出ると、最寄り駅へ向かった。

「もしもし、どうかしたのですか? 」

 棚橋の声がやけに近くなった。

「今、駅に向かっている」

 私が答えた。

「私も一緒に行きます」

 棚橋の声がすぐ近くで聞こえた。

「え? 」

 驚くことに、すぐ目の前に、

棚橋が、スマートフォンを耳にあてながら立っていた。

「近くにいたんならそう言ってよ。ビックリするじゃん」

 私が言った。

「言おうと思った矢先に、しゃべり出したから言いそびれました」

 棚橋が決まり悪そうに言った。

「もう、夕方だけど、いいの? 」

 私が訊ねた。

「もう、のけものになるのはごめんです! 」

 棚橋が鼻をふくらませると言った。

私は、名刺に書いてあった彰彦さんの連絡先に電話をした。

5コール目でやっと出た。

「もしもし」

「彰彦さんですか? 私、木平あかりです」

「神田川さんの容体は? 」

「無事、手術を終えて、意識も戻りました。大丈夫です」

「そう。ありがとう」

 彰彦さんが電話を切ろうとした。

「ちょっと、待ってください」

 私はあわてて引き止めた。

「彰彦さん、犯人がまた、

あなたを襲いに来るかもしれません! 」

 棚橋が横からさけんだ。

「隣に誰かいるの? 」

 彰彦さんがつっけんどうに訊ねた。

「ともだちの棚橋です。ジンさんとも知り合いですから大丈夫」

 私がきっぱりと言った。

「あの人が、君たちみたいな若い子と親しくするなんて

どういう風の吹きまわしだろう」

 彰彦さんがぼそっと言った。

「ジンさんとの間に、何があったか知りませんが、

ジンさんはずっと、

彰彦さんのことを心配していたと思います。

病院に会いに行ってはどうですか? 」

 私が、彰彦さんに言った。

「今は無理。もう少し、時が経ったら考える」

 彰彦さんの声がかすれて聞こえた。

「あの。今から会えませんか?

ひとりでいるよりも、誰かといた方が、

犯人も襲いかかりづらいと思います」

「君たちに危険なことをさせられない。

これは、僕の問題なんだ」

 私の訴えを彰彦さんが拒んだ。

「せめて、警察に保護を求めてください」

「ごめん。もう、切るね」

「彰彦さん! 」

ブツ‥‥ ツー、ツー

一方的に、通話が切れた。

もう一度、彰彦さんのスマートフォンにかけてみたけれど、

あれきり、出ることはなく、

すぐに、留守番電話に切り替わった。

おそらく、1回目に出たのは、

ジンさんのことが聞きたかったからだ。

「もしかしたら、犯人は、

ひいらぎの熱狂的ファンかもしれません」

 棚橋が言った。

 棚橋の推測は、ひいらぎを崇拝するあまり、

ひいらぎになりすました

彰彦さんのことを逆うらみして

犯行におよんだ可能性があるということだ。

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プレイヤーたちの中にいるという可能性もあるわね」

 私が告げた。

「モスピグレット」のプレイヤーたちの中には、

バーチャルの世界観が好きだという人も多い。

バーチャルシンガーのひいらぎが実体化したことにより、

バーチャルの世界観がくずされてしまうのではないかと

不安が大きくなって、

それが、狂気に代わったとも考えられなくもない。

「鹿さんに、危険人物を探し出してもらおう」

 私は、我ながら良い考えを思いついたと思った。

その後、私たちはその足で、鹿さんがアルバイトしている

オフィスに、アポイントも取らずに押しかけた。

「突然、すみません。ですが‥‥ 。緊急事態なので」

 私は言い訳した後、

特別に、オフィスの中に入れてもらった。

20畳ほどのただ広いフロアを埋めつくすように

パーテンションで仕切られた

デスクがズラリと並べられていた。

私は、部屋の1番奥の窓際に座る

鹿さんの姿を見つけると近づいた。

「鹿さん」

「やっぱり、来たね。

君が頼もうとしていることはすでにはじめている」

「え、どうして? 」

「さっき、ジンさんの息子さんを

名乗る人物からメールが届いた」

 鹿さんが、メールを見せると言った。

「もしかして、彰彦さんからのメールですか? 」

 棚橋が、PC画面をのぞくと言った。

「彰彦君は家出した後、今の芸能事務所に拾われて

ひいらぎの分身を務めることになったらしい」

 鹿さんが、彰彦さんの

所属事務所のHPの画面を見せると言った。

思っていた通り、あの日、

まなと人違いした人は彰彦さんだった。

しかも、所属事務所は、あの雑居ビルの3階にあった

「株式会社M&Cプロダクション」とつながった!

おそらく、事務所の人間は、彰彦さんが、

ひいらぎ(まな)と背格好が似てることに目をつけて、

ひいらぎ(まな)の分身に仕立て上げたのだろう。

「彰彦さんは、芸能界に進むために家出したんですか? 」

 私が、鹿さんに質問した。

まなのラインによると、

彰彦さんはいじめを苦にひきこもりになった。

バーチャル世界に現実逃避する間に、

芸能界に関心が向いたということになる。

「今のジンさんだったら、

ちゃんと、理由を話せば応援したと思う」

 鹿さんが神妙な面持ちで告げた。

ジンさんは、息子と境遇の似た息子と

同世代の若者たちの相談に乗る内、

昔よりも、息子のことを理解出来るようになったらしい。

そんなことなど知る由もなく、

彰彦さんは、ジンさんを拒絶したのだ。

「ひいらぎの熱狂ファンは大勢います。

その中から、彰彦さんを襲った犯人を

割り出すとなると、

どのくらい時間がかかりますか? 」

 棚橋が冷静に訊ねた。

「昼間の渋谷で起きたこともあって、

事件の目撃者が多いらしく、

ニュースが放送されてから、ひっきりなしに、

犯人の手がかりになりそうな情報が

じゃんじゃん送られてきている。

ネット社会では大きな事件だから、

他のスタッフたちも協力してくれている。

だから、明日までには、

犯人の足取りをつかんでみせるさ」

 鹿さんが犯人捜しの意欲を見せた。

「そうですか。私たちに出来ることはありますか? 」

 私が、鹿さんに訊ねた。

「あとのことは、プロの僕たちに任せて、

君たちは家に帰って、僕からの朗報を待つんだ」

 鹿さんがそう言うとPC画面に向かった。

「よろしくお願いします」

 私たちは、近所のコンビニエンスストアで買って来た

差し入れを置くとオフィスをあとにした。


 その夜は、事件のことが気になって寝つけなかった。

すると、自然と、意識が

「モスピグレット」へ向いた。

私は、ベッドの中から起き上がると、PCの前に座った。

暗闇の中、私は、「モスピグレット」の世界にどっぷりとつかった。

 翌朝、着信音で目を覚ました。

どうやら、ゲームをしたまま眠ってしまったらしい。

発信者を確認すると、鹿さんからだった。





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