第7話 まなをさがして

文字数 2,424文字

 3階のフロアには、オフィス、会議室、スタジオがあった。

オフィスのネームプレートを確認すると、

「株式会社M&Cプロダクション」と書いてあった。

スタジオの廊下側が、ガラス張りになっていて中が見えた。

私は、通りすがりをよそおってスタジオの中をのぞいた。

すると、レオタード姿の3人の女の子たちがレッスンしていた。

「見学にいらしたのですか? 」

 気がつくと、隣に見知らぬ中年男性が立っていた。

「道に迷っただけです」

「ちょっと、待って」

 私がそう言いその場から立ち去ろうとした時、

その見知らぬ中年男性が私を呼び止めた。

「なんですか? 」

 私は警戒心をあらわにした。

「君、かわいいし、スタイルも良い。

芸能界に興味ない? 」

「ありません」

「そうか。もし、興味が出たら連絡して」

 見知らぬ中年男性は強引に、

私の手に名刺をにぎらせると

エレベーターの方へ向かって歩いて行った。

名刺を見ると、

「株式会社M&Cプロダクション」

営業部 岸田源と書いてあった。

(あの会社は、芸能事務所で、

スタジオにいたのは、タレントの卵?

そうだとすると、私はスカウトされたというわけ? )

 私はあわてて名刺をバックの底にしまい込んだ。

必死に、平静をよそおい、

階段を下りてカフェに入ると、

棚橋が窓際の席から手を振った。

「いらっしゃいませ」

 店員が近づいて来た。

「あそこに、連れがいます」

 私がそう言うと、店員が道を開けた。

「どうでしたか? いましたか? 」

 棚橋が矢継ぎ早に訊ねた。

「いなかった。

その代わりに、これを受け取った」

 私は、スカウトされたことは隠して名刺だけ見せた。

「芸能事務所って、まさか、スカウトされたんですか? 」

 棚橋が大声で言った。

「大声出さないで」

 私はあわてて、棚橋をいさめた。

 店内にいた他の客たちは

自分たちの話に夢中になっていて、

棚橋の声に反応する様子がなく安堵した。

「いったい、どこに消えたんだろう? 」

 私は、店員に紅茶を注文すると言った。

「鹿さんやジンさんの言う通り、

さっさと手を引いて正解だったかもしれません」

 棚橋がスマートフォンの画面を眺めながら言った。

「何? 」

 私がスマートフォンの画面をのぞき込むと訊ねた。

「見てください。

モスピグレットの元社員の告発という題で、

内部事情に関する暴露記事がネットに上がっていますよ」

 棚橋がネットニュース画面を見せると言った。

株式会社モスピグレット元社員B氏の激白!?

残業代未払い、幹部社員たちによる

パワハラは日常茶飯事か?

令和版ブラック企業、退職者続出!?

「語尾を!?としているってことは、

すべて、裏は取れていないということよ。

逆うらみでもして、

あることないことをでっち上げたんじゃない? 」

 私が言った。

「ふしぎなことに、鹿さんが言っていた

肝心の使途不明金については

一切ふれられていないんですよね。

ここまで、ぶちまけているのですから、

当然、話題に出て来ても

おかしくないんですが‥‥ 」

 棚橋が小声で言った。

「たぶん、このB氏というのは

下っぱの社員なんじゃない?

幹部クラスでないと、

会社の経理のことまでわからないわよ」

 私の言葉に、棚橋が大きくうなづいた。

オフラインをのぞくと、

やはり、プレイヤーたちの間でも、

元社員による暴露記事が話題になっており、

大いに炎上して、一時、ゲームにアクセス出来ない事態になった。

「モスピグレットの代表は、事実無根だと公言したらしいです。

この発言により、ネットが荒れているらしいですよ」

 棚橋が身を乗り出すと言った。

「蓮さんに知っているか聞いてみようか? 」

 私は、蓮さんのラインに連絡を取った。

「もう、蓮さんと呼ぶのはよしませんか?

すでに、蓮見さんだってバレているわけですし、

蓮見さんは何度も、木平さんを

本名で呼んでいたじゃないですか? 」

 棚橋が口をとがらせると言った。

思えば、鹿さんやジンさんは、

私の本名を知らなかったはずなのに、

蓮見さんが気を抜いたのか、

私の本名を連呼したせいで、

おかげで、2人にも、私の本名がバレてしまった。

「来た! 見たってさ」

 私は、棚橋の言葉を無視するように

蓮見さんの返事を見せつけた。

 ビルの外に出ると、日差しが顔に直撃した。

その時、鹿さんが目の前を通り過ぎた。

「鹿さん」

 私が呼び止めると、鹿さんが足を止めた。

「君たちか。ここで何をしているんだい? 」

「まなさんに似ている人を見つけて、

追いかけて来たら、ここに来ていました」

 棚橋が説明した。

「見つかったの? 」

 鹿さんが、私に訊ねた。

「いいえ」

 私が短く返事した。

「ちゃんと足はあった? 」

 鹿さんが言った。

「もちろん」

 私が言った。

「日中、こんなに目立つ場所にいるとは思えない。

人違いか何かじゃないかな」

 鹿さんが神妙な面持ちで言った。

「ひいらぎの姿ではなければ、誰も気にも留めませんよ」

 棚橋が言った。

「そうだったね。僕まで、ひいらぎが、

まなさんだと思いはじめているみたいだ」

 鹿さんが苦笑いすると言った。

「仕事場はこの辺ですか? 」

 私が、鹿さんに訊ねた。

「いいや違う。今日は休みで、

渋谷をぶらついて帰るところだった」

 鹿さんが答えた。

「そうでしたか。あのあと、どうしていましたか? 」

 私が好奇心で訊ねた。

「元社員のB氏の暴露のせいで、

ゲームにアクセス出来ないんで、

他のゲームに浮気していた。

このまま、復旧しなかったら、

ゲームもなくなるんじゃないかな? 」

 鹿さんが他人事のように言った。

「そうなったら悲しいです。

せめて、ひいらぎのライブイベントだけでも

続けてもらいたいですね」

 私がしみじみと言った。

「そもそも、ひいらぎは、

登録者集めのパンダみたいな存在だった。

ゲームがなくなれば、ひいらぎも引退ではないか? 」

 鹿さんがぶっきらぼうに言った。

「ファンなのに冷たいんですね」

 私が言う前に、棚橋が言った。

「君たちも、ひいらぎことは忘れた方がいい」

 鹿さんはそう言い残すと歩き去った。



 

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