第26話 迷える子羊

文字数 1,715文字

 約束の日、約束の場所に、まなは現れなかった。

「どうしたのでしょうかね? 」

 同行した棚橋が聞いてきた。

「もしかしたら、まなの身に何かあったのかもしれない」

 私は妙な胸騒ぎを覚えた。

 自宅に戻り、リビングをのぞくと、母がTVを観ていた。

「おかえり。まなちゃんは元気だった? 」

 母がふり返ると言った。

「たぶん。約束の場所に来なかったんだ」

 私は、母の隣に座ると言った。

「そう、残念だったわね」

 母が言った。

ちょうど、夕方のニュース番組がはじまったところだった。

「今日の夕飯、何食べたい? 」

「なんでもいい」

「なんでもいいと言って、

作った後に、文句言わないでよ」

 母が夕食の支度をするため、立ち上がったその時だった。

速報のテロップがTV画面の上に流れた。

大手IT企業 モスピグレット、

米国の大手IT企業S社に買収される

「え? どういうこと? 」

 私は驚きのあまりさけんだ。

「何、何かあった? 」

 母が、私のさけび声に驚いて戻ってきた。

「モスピグレットが、米国の企業に買収されたんだって」

 私が告げた。

「それがどうかしたの? 」

 母が、私の顔をのぞき込むと訊ねた。

「まなが両親に頼んで、モスピグレットを買い取って

脳トレを取り入れたオンラインゲーム

をつくると言っていたの」

 私が説明すると、母が目を丸くした。

「まなちゃん、高校生でしょう?

ご両親もふつうの人なのに、

大手IT企業を買収できるはずがないじゃない?

聞き違いじゃないの? 」

 母が苦笑いすると言った。

よくよく、考えてみたら、非現実なことだ。

冷静になれば、ありえない話でも、

まなだと、実現できそうな気がしたのだ。

信じるというより、そう願っていたのかもしれない。

「まなちゃんも、友だちをだましたことが気まずくて

会わせる顔がなかったんじゃない? 」

 押し黙る私に、母が追い打ちをかける言葉をかけた。

「まなに直接聞いてみる」

 私は、再会した時に聞いていた連絡先に電話をかけた。

約束をすっぽかされた時もかけてみたが、

つながらなかったから、半分、ダメ元だった。

3コール目で、奇跡的につながった。

「もしもし」

「もしかして、ニュース見た? 」

「うん‥‥ 」

「買収話があったのは本当よ。

だけど、途中で、他の企業に横取りされて

頓挫したというわけ」

まなの声は妙に落ち着いていた。

「信じていいんだよね? 」

 私は念を押した。

「何を? 」

 まなが訊ねた。

「何って、あんたのことに決まっているじゃん」

 私が答えた。

「ふつう、約束をすっぽかされたら、

相手のことが嫌いになるよね? 」

 まなの言い方にはとげがあった。

(もしかして、わざと、約束すっぽかしたってこと? )

「ならないよ」

 私はきっぱりと否定した。

「変な子」

 まながつぶやいた。

「今、どこにいるの? 」

 私は耳をすませると言った。

電話の向こう側から、搭乗案内のアナウンスが聞こえた。

(もしかして、空港にいる? )

「もう、時間だわ」

 突然、まなが告げた。

「もしかして、空港にいるの? 」

 私が訊ねた。

(買収話がダメになったから、どこか遠くへ行くつもり? )

「父の転勤先に、家族で引っ越すことにしたの。

ごめん、前に会った時はまだ、決まっていなかったから

事後報告という形になってしまったわ。元気で」

 まなが一方的にそう言うと、電話を切ろうとした。

「待って。せっかく、再会したのに、

また、遠くへ行くっての? ひどいじゃない」

 私は居たたまれなくなって責める口調になった。

(まるで、まなに、また、捨てられた気分だ)

「もう、私にふり回されることがなくなるわ。

自由にしてあげる」

 まなが意味深なことをささやいた。

「まな、自由にしてあげるって、どういう意味? 」

 私は思わずさけんだ。

(まるで、まなが、私の自由を

奪っていたみたいに聞こえるじゃない?

私はただ、まなの無事を信じて

もう一度、会いたいと思っていただけなのに‥‥ )

「GAME OVER」

その言葉の後、通話が遮断された。

「え? え? な、なんなのこれ」

 私は全身の力が抜けて、ソファの上に倒れ込んだ。

「あかり。まなちゃんは何て? 」

 母が心配そうに駆け寄って来た。

「海外に引っ越すってさ」

 私がつぶやいた。


 

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