第12話 ドッペルゲンガー

文字数 2,545文字

「言っておくけど、あれは私じゃないわよ」

 蓮さんが開口一番で告げた。

「まだ、何も聞いていない」

 私が言った。

「ひいらぎのライブ映像見て来たんでしょ?

ジンさんも連れて来るなんて、

いったい、何を警戒しているわけ? 」

 蓮さんが足を組むと言った。

「ひとりでは心ともなかったもので‥‥ 」

 私は言い訳した。

「こっちです! 」

 その時、蓮さんが立ち上がって手を上げた。

「誰? 」

 ふり返ると、カフェの入り口付近に長身の男子が

立っているのが見えた。

「この人がひいらぎよ」

 蓮さんが告げた。

「彰彦!? 」

その直後、ジンさんがつぶやいた。

「お待たせしました」

 蓮さんに呼ばれて席に着いた男子が

ストンと私の前に座った。

私は思わず、ジンさんの方を向いた。

「おまえ、彰彦だろ? 

いったい、今までどこにいたんだ? 」

 ジンさんが身を乗り出すと言った。

「見ての通り、元気でやっています。ご心配なく」

 彰彦さんがぶっきらぼうに言った。

「あの。つまり、ジンさんの息子さんが、

ひいらぎを演じたということですか? 」

 私が念を押すと、ジンさんがうつむいた。

(ひいらぎを演じたアーチストが男子で、

しかも、ジンさんの息子さん?

複雑すぎて、頭が追いつかない! )

「アンさん、ジンさんと親子だったんだ」

 蓮さんがさらっと言った。

「アンさん?! 」

 私は思わず、飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。

(アンって、女みたいな名前じゃん! )

たしかに、彰彦さんは男にしては、なよっとしているし、

まつげが長くてなで肩。声も高めだけど‥‥ 。

性転換手術はしていなさそうだし、

女装をしているわけでもない。

黙っていれば、中性的なハンサム男子に見える。

「蓮。その名で呼ばないでって言ったでしょ」

 突然、彰彦さんが女言葉を使った。

私はとっさに目をそらした。

「その言葉遣いはなんなんだ? 」

 ジンさんが咳払いすると言った。

(父親からしたら、ひさしぶりに再会した息子が、

女みたいな言葉遣いで話したらショックだよね)

「はじめまして。HIRAGIと申します。

蓮さんと同じ芸能事務所に所属しています」

 彰彦さんが、私の前に名刺を置くと自己紹介した。

(芸能事務所? アーチストだってこと? )

「私は木平あかりです。ところで、アンさん。

 あなたはいったい、何者なんですか?

どうして、ひいらぎとしてTVに出演したのですか? 」

 私は名を名乗ると、矢継ぎ早に質問した。

「おっと。ずいぶんと、押しが強いお嬢さんだこと。

HIRAGIとして今後、活動していくことになったんで、

お披露目がてら、音楽祭に参加しました。

これで良い? 」

 彰彦さんが質問に答えた後、蓮さんに念を押した。

「これでわかったでしょ?

アンさんは、ひいらぎの生みの親である松田さんの

お墨つきをいただいて、正式に、HIRAGIとして

デビューが決まったというわけ」

 蓮さんが自分のことのように自慢した。

「ちょっと、待って! アンさんが

 HIRAGIとしてデビューするということは、

元祖ひいらぎの方はどうなるの? 」

 私は勢い余って席を立つと訊ねた。

「自然消滅するんじゃない? 」

 蓮さんが斜め目線で告げた。

「彰彦。いい加減、目を覚まさないか?

いつまで、バーチャル世界に逃げているつもりだ。

もう一度、勉強し直しても今なら間に合う」

 ジンさんが訴えた。

「神田川彰彦は死んだと思ってください。

これからは、アンとして生きていきます。

僕はこのへんで」

 彰彦さんはそう言い残すと席を立った。

「ジンさん! 」

 私がさけんだ。ジンさんは、私に目配せすると、

カフェを飛び出した彰彦さんのあとを追いかけて行った。

「おかしな展開になったけれど、私の誤解が解けたし満足」

 蓮さんが告げた。

「同じ芸能事務所と言っていたけれど、

芸能界やめたのではなかった? 」

 私が訊ねた。

「なんで、芸能界やめたこと知っているの? 」

 蓮さんが訊き返して来た。

「まなから聞いた。昔、子役やっていたんでしょ?

 あんたが中学生の時、なりすましていたのは、

まなだということもとっくにわかっているわ」

 私がどうだとばかり言った。

「バレたか‥‥ 。

そうよ、あんたのはずかしい写真を

SNSにあげたのは、この私よ。

それもこれも、まなにひっついている虫を退治する

ために仕方なしにやったわけ」

 蓮さんが開き直った様子で言った。

気がつくと、とっくみあいのケンカになっていた。

「ケンカをするなら、外でどうぞ」

 しまいに、私たちはカフェから追い出された。

「近くにいた客が動画撮っていたわ。

もし、あれが拡散されたら、デジタルタトゥになるかも」

 蓮さんがそう言うとうなだれた。

「カフェでJKがケンカした動画なんて、話題にならないわ」

 私はそう言い捨てるとビルを出た。

 その時、救急車のサイレンが聞こえた。

どうやら、近くで、急病人が出たらしい。

「きゃああ! ジンさん! 」

 蓮さんがさけんだ。

「何? 」

 私は、蓮さんの視線の先を追った。

すると、黒山の人だかりの向こうに、

救急隊員たちにより、

担架で運ばれて行くジンさんの姿をとらえた。

私たちはどちらからともなく、

ジンさんのそばに少しでも近づこうとした。

「いったい、何があったのですか? 」

 蓮さんが、彰彦さんを(つか)まえると問いつめた。

「ビルを出た時、暗闇から、誰かが現れて、僕に襲いかかって来た。

あの人は、僕をかばってその人にナイフで刺されたんだ。

一瞬の出来事だったから、とにかく、気が動転して

救急車を呼ぶのが精一杯だった」

 彰彦さんが青白い顔で話した。

「乗って行かれますか? 」

 救急隊員が、私たちに向かって訊ねた。

彰彦さんを見ると、彰彦さんが首を横に振った。

「私がつきそう」

 私が名乗りを上げた。

 救急車に乗り込んだ直後、

彰彦さんが、駆けつけたパトカーに乗せられるのが見えた。

「ジンさん。しっかり! 」

 私は、酸素マスクをはめて苦しそうにしているジンさんに呼びかけた。

「ご家族の方ですか? 傷が深く出血も多い。

 このまま、意識が戻らなければ危険な状態です」

 救急隊員が神妙な面持ちで告げた。

「なんとか、助けてください! 」

 私は頭を下げると言った。

 救急車が病院に到着した。

 その後、私は、手術室の前で不安な時を過ごすことになった。

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