第17話 ともだち

文字数 2,005文字

「彰彦さんはどうなったんですか? 」

 私はおそるおそる顔を上げると訊ねた。

「蝶になって消えた」

 鹿さんが答えた。

「ゲームなんだ。彰彦が実際に死ぬことはない」

 ジンさんが冷静に告げた。

「もう少しのところで、見失ったということは、

これ以上、捜すのは無理。私、抜けるわ」

 蓮さんがそう言ったきり、画面上から消えた。

蓮さんに続いて、鹿さんやジンさんも消えた。

私はしばらく、渋谷をさまよっていた。

突如、スマートフォンの着信音により、現実に引き戻された。

PCの電源を切って、スマートフォンの通話ボタンを押した。

「もしもし、今から言うところに至急、来てください」

 棚橋からだった。

「いいけど、急に、いなくなったから心配したわよ」

 私が言った。

「なんでもいいから、早くお願いします」

 棚橋は、私の話は耳に入っていないようだ。

あきらめて、棚橋から指定された場所へ向かった。

 渋谷駅を出て、駅前のネットカフェに入ると、

奥の方から、棚橋が姿を見せた。

「いらっしゃいませ」

 店員があいさつしてきたのを無視して、

私は、棚橋の方へ歩み寄った。

「誰かいるの? 」

 私が小声で訊ねた。

「こっち」

 棚橋が手招きした。

静かに、小部屋の中に入ると、

誰かが、PCの前にある椅子の上に体育座りしていた。

「アンさん。来ました」

 棚橋が、その人物に声をかけた。

すると、アンさんモードの彰彦さんが私を見上げた。

「こんなところにいたんですか」

 私が言った。

「もう、犯人は捕まったと言うのに、

全然、耳を貸さずに閉じこもっているんです」

 棚橋が言った。

「あんたたち、前からの知り合いだったの? 」

 私が、棚橋に訊ねた。

「この人、Luciferoの前座やっていて、

ライブ会場で何度か見かけるうち、

話すようになったのですが‥‥ 。

まさか、ジンさんの息子さんだとは

思いもしませんでした」

 棚橋が、アンさんの肩に手を置くと言った。

「HIRAGIになれたのも、この子のおかげ」

 アンさんが、棚橋を見つめると言った。

「それって、どういうこと? 」

 私は首を傾げた。

「蓮さんが目をつけるより先に、私が、

この人の才能を見出したというわけです」

 棚橋が自慢した。

「蓮とはコスプレ仲間で、

この子とは、アニオタ仲間ってところかしら。

アニオタと言っても、この子の場合は、

プロ並みのスキルを持っているけどね」

 アンさんが言った。

「案外、世間は狭いんだね」

 私が言った。

「ちなみに、ミカさんが

道元マリだったころから知っています。

蜂谷さんと父が知り合いなので、

彼女とも交流があるんです」

 棚橋が意外な交友関係を明かした。

「なんで、黙っていたの? 」

 私が、棚橋に訊ねた。

「鹿さんの後から話したくなかった。

鹿さんと私とでは、

彼女とのつながりは別物ですから、

一色単にされたくなかったんです」

 棚橋が答えた。

「あの人がしたことは、許されないことだけど、

 マリさんは元々、

アイドルよりアーチスト向きだったし、

あれもまた、良いきっかけになったかもしれないわ」

 アンさんが言った。

「アンさん。あの。アンさんを襲った犯人が、

昔、アンさんを追い詰めた人だと知った

ショックで、あの場から逃げ出したのですよね? 」

 私が、アンさんにそう訊ねると、

アンさんが苦笑いして言った。

「アハハ。いい気味って思ったけれど、

心配かけたのならば、ごめんなさい。

あれは、ちょっとした演出だったのよ」

「そうなんですか‥‥ 。

今ごろ、お父さんや鹿さんたちが

心配していますよ」

 私が言った。

「そうでもないんじゃない。

父親は認知症なんだし、寝たら忘れるわ。

あの2人にしたって、所詮は他人のことじゃない」

 アンさんが冷めた口調で言った。

(本気で考えたのは私だけってこと? )

「まなさんのこともそうですが、

いちいち、めんどくさいんですよ」

 棚橋がため息交じりに言った。

「棚橋。あんた、

マジでそんなこと言っているの? 」

 私は、棚橋に詰め寄った。

「眼鏡取った方が良いって言いましたよね?

あれ、正直、ウザっと思いました。

私の魅力は、顔だけって言いたいのと同じ。

あなたの口から聞きたくなかったです」

 棚橋が上目遣いで言った。

「何、キャラ変えているの? 」

 私はあとずさりした。

もう、ここにいたくないと思った。

「元からこうですが‥‥ 」

 棚橋が告げた。

「もう、敵は消えたし、

HIRAGI続けるから、事務所にも連絡したし、心配しないで」

 アンさんがそう言うと小部屋から出て行った。

「棚橋」

「なんですか? 」

「処刑仕掛けたのは、あんた? 」

「あれですか? 私じゃありません」

「信じていいんだね? 」

「お好きにどうぞ」

 私は勢い良く、ドアを開けると外へ飛び出した。

何だか、ものすごく、気分が悪くなった。

(明日から、棚橋とどんな顔して会えばいい? )

朝起きると、頭が重くて、

結局、仮病を使って3日休んでしまった。

こういうのが、不登校になるきっかけなのだろうか?



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