地の底へ落ちるまで(四)

文字数 2,158文字

☆☆☆


 決戦の日は思ったよりも早く来た。
 トモハルを捕らえた最初の戦闘から、数えて約十二時間後の明け方、砦から大勢の敵兵が森に押し寄せてきたのだ。

 見張り役だった兵士達に叩き起こされて、俺とセイヤは慌てて戦闘の準備をした。
 情報によると敵は、カザシロに駐屯させていた兵力の内、約半数を森へ差し向けたらしい。その数はおよそ二千。我が軍の方が(わず)かに多いが、それでも大群だ。初戦のようにはいかないだろう。

「敵さん、こっちの兵力を知らん状態で大胆な行動に出たもんだな。もうしばらくは、様子見の小競り合いが続くと思ったんだが」

 動き易い簡易鎧を装着したマサオミ様が姿を現した。昨日は奥で待機していたが、総力戦になると見て、俺達が居る森の中程まで出てきたのだ。

「長期戦になれば、あちらの不利となりますからね。戦える兵が多い内に賭けに出たのでしょう」

 意外なことに軍師のマホ様まで武装してきた。彼女は頭脳だけではなく、武器で戦うこともできるようだ。

「エナミ、今日も勝てるよな……?」

 セイヤが不安そうに周囲をキョロキョロ見渡していた。既に平原寄りの森前方からは、戦いの音が鳴り響いていた。
 俺はセイヤを励まそうと口を開きかけたが、マサオミ様に先を越された。

「おいおまえ達、敵の数を一気に減らす好機が来たぞ! 相手はご親切にも、自分達が不利になるこの森をわざわざ戦いの場に選んで下さったんだ。礼を込めて、ノコノコやってきた間抜け共を、一人残らず盛大にもてなしてやろうぜ!!

 力強い声と共に、マサオミ様は腰の刀を抜いて上方に掲げた。それに鼓舞(こぶ)されて、大勢の味方兵達の歓声が上がった。
 流石は大将だ。一瞬にして皆の心を一つにした。

 セイヤは落ち着いたようだ。
 そして俺は興奮していた。

 マサオミ様のような勇猛な将と共闘できる。自分の働きを彼に見てもらえる。
 嬉しかった。誇らしかった。俺は早く戦いたかった。

獅子座(シシザ)、おまえの薙刀は狭い場所では扱いにくい得物だ。前に出過ぎるなよ」
「ご心配なく」

 いよいよだ。森の入口付近を固めていた、桜里(オウリ)の先鋒隊を打ち破った州央(スオウ)の兵が、俺達が待ち受ける森の中心へと迫っていた。
 一息、二息、俺はゆっくり呼吸を整えた。

 …………来た!
 敵の姿が見えた瞬間、俺を含めた弓兵達が、矢を射掛けて彼らの出鼻を挫いた。前列の敵兵が倒れて、後に続く者達の障害となった。

「よっしゃあ行くぜ! 俺に続け!!

 すかさずマサオミ様が、配下の者を引き連れて敵の集団に斬り込んだ。
 早い。敵はつば()り合いすらさせてもらえず、一方的にマサオミ様に斬り伏せられていった。
 思わず見惚れてしまいそうになる、素晴らしい剣技だった。
 兵士の数で勝り、陣地を構えた中での戦闘。そしてマサオミ様という強い大将。状況は圧倒的に我が軍に有利だった。

 しかし州央(スオウ)の軍は攻め手を緩めなかった。勢いを失わなかった、と言った方が正しいのかもしれない。
 森の入口で桜里(オウリ)の兵と一戦交えて、ある程度の犠牲を出したはずなのに。マサオミ様の鬼神の如く強さを、今現在目の当たりにしているのに。それでも敵は依然として、高い士気を保ったままだった。

「セイヤ、絶対に俺の背中から離れるなよ!」

 人数が増えた分、昨日の戦闘より見通しが悪く、身を隠せる場所も少なかった。
 セイヤを連れて移動しながら、俺は視界に入る敵を次々に討った。
 キツかった。討っても討っても敵が湧いて出てきた。途中で手持ちの矢が尽きたので、セイヤが担いでいた分、更には倒れていた他の弓兵の物をも拝借した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 俺達は州央(スオウ)の兵をたくさん殺した。
 桜里(オウリ)の兵もたくさん殺されたが、戦死者の数は州央(スオウ)の方が段違いに多かったはずだ。
 それでも州央(スオウ)は引かなかった。桜里(オウリ)も勝利を掴む為の決め手に欠け、苛立ちが皆の心に生まれていたと思う。

 戦いはいつしか膠着状態となり、武器を構えた姿勢のまま、両軍はしばし睨み合った。

「あれだけ殺して見せたのに、思ったより粘るねぇ。心が折れてもおかしくない状況なんだがなぁ」

 返り血で全身を濡らすマサオミ様が、傍らのマホ様にぼやいた。

「敵には精神的支え、核となる人物が居ますね。ご注意を」
「だろうな。でなきゃこんな所まで攻めてこないさ」

 マサオミ様は刀に付いた血糊を拭き取った懐紙を、敵の方向へ投げ飛ばした。そして大声で、姿を見せない敵の将を挑発した。

「おおい、敵の大将! あんたに全幅の信頼をおく部下達を肉の壁にして、自分は安全な場所から高みの見物かい?」

 無礼な、口を閉じろと、敵兵達は口々にマサオミ様を非難したが、彼はどこ吹く風だった。

「まだ血が足りないと言うのなら、いくらでも流してやるぜ! 臆病者の大将さん、あんたの部下の死に様を、とくとその目に焼き付けるがいい!」
「このっ……、調子に乗るな! 上官を侮辱した罪、その身で(あがな)ってもらう!」

 血気盛んそうな州央(スオウ)の青年兵士が、マサオミ様の挑発に乗ってしまった。彼は無謀にもマサオミ様に挑もうとしたのだが、

「その必要は無い。彼の相手は私がしよう」

 凛とした声が青年兵を止めた。
 敵の集団が左右に割れ、空けられた道を一人の鎧武者が歩いてきた。彼こそが軍団を率いる敵の将だ。
 その姿を見たマサオミ様が、不敵に笑った。
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