小さな放浪者(四)

文字数 2,247文字

 少し考えを巡らせて、俺は一つの結論へ到達した。

「ランちゃん、キミはひょっとして、末比(マツビ)の街に住んでいるの?」

 ランは顔を上げ、涙でいっぱいの瞳で俺を見た。

「おにいちゃん、マツビのまちをしってるの?」
「ああ、そうだね……。近くまで来たことが有るんだ」

 ランの顔がパァッと明るくなった。自分が住む場所を知る人間に会えて、心強くなったようだ。
 俺はイサハヤ殿に説明した。

末比(マツビ)とは、カザシロ平原に在る街の名前です。州央(スオウ)軍が拠点にした場所から、一キロほど南の距離に有ります」
「あそこか……。その街なら把握している」

 そうだろうな。わざと街の近くに陣を張ったのだろうから。
 州中(スオウ)軍は物資がいよいよ足りなくなったら、末比(マツビ)の街から調達するつもりだったのだろう。

 末比(マツビ)は旅人が立ち寄る為にそこそこ賑わう街だ。しかしあくまでも、旅の中継地点でしかない辺境の街。国の正規兵は駐留していない。
 自警団程度しか持たない街が、州央(スオウ)から物資を提供しろと要請されたら断れる訳が無い。逆らえば武力による略奪が始まってしまうのだから。

「すまない……。末比(マツビ)の人には怖い思いをさせたようだな」

 イサハヤ殿は複雑な心境だろう。
 きっとランは街の様子を下見しに来た、州央(スオウ)の兵士の鎧や軍服を見ていたのだ。

「だが信じて欲しい。この真木(マキ)イサハヤ、キミに決して危害を加えないと、名誉に賭けて誓おう!」

 イサハヤ殿、難しい言葉では小さい子に伝わりませんよ。

「あのオジちゃんはね、悪い人ではないよ」

 フォローしますので、おっさん呼ばわりすることを許して下さい。

「ランちゃんを守ってあげたくて、一生懸命捜していたんだよ。お兄ちゃんもね、オジちゃんに助けてもらったんだ。優しい人なんだよ」
「そうなの……?」
「うん。それにね、優しいだけじゃなくてね、とっても強いんだ。ほら見てごらん、カッコイイ鎧だよね。すっごく硬くて、悪い物をみんな跳ね返しちゃうんだ」
「そうなんだ……」

 ランはイサハヤ殿をじ~っと見つめた。

「オジちゃん、ランのことたべない?」
「たべないよ」

 口元が若干引き()っていたが、イサハヤ殿は優しい声色でランに答えた。

「わかった。ランね、おにいちゃんとオジちゃんといっしょにいる!」

 言ってから、ランは自分の小さな手を伸ばしてきて、俺の左手と繋いだ。射手としては片手が塞がるのは避けたいのだが、今は温かく小さなその手を受け入れた。
 ランと行動する以上、ますます管理人とは遭遇できなくなった。万が一戦闘になったら、すぐに俺達から離れて隠れるように、後でランを訓練しておかないとな。

 それにしても……、ランはどうして地獄へ落ちたのだろう。問題が有る悪い子には見えない。
 そもそも彼女が瀕死になった原因は何だ。事故? 病気? 怖がらせるだろうから本人には聞けないが……。 

「とりさん、ラン、もうひとりじゃないよ」
『そのようだね』

 また鳥が笑った気がした。俺に対する失礼な笑みではなく、何と言うか、雰囲気が柔らかかった。
 ランに対する鳥の明らかな贔屓(ひいき)が見える。
 俺は鳥に向き直った。

「この子はもう大丈夫だ。さぁ、今度はセイヤについて教えてもらおうか」
『いいよ。キミは約束を果たしてくれたからね』

 意外にも鳥は素直に応じた。

「セイヤってなに?」
「お兄ちゃんのお友達だよ。この世界で迷子になっているんだ」
「まいごはさびしいね。はやくみつけてあげないと!」
「うん」
『セイヤと思われる人物は……、そっちの方向に該当者が一人居るね』

 鳥はクチバシを俺から見て左へ向けた。

『三キロくらい先、湿地帯を抜けて森林地帯に入った辺りだよ』

 森林地帯か……。どうしても戦をしたあの森を思い出してしまう。
 ここと同様に姿は隠し易そうだから、セイヤはそこに居るのだろうか?

「なぁ、この世界ってどれくらい広いんだ?」
『カザシロ地方とほぼ同じ大きさだよ。あそこの下にある空間だからね』
「え? カザシロって、桜里(オウリ)の国のカザシロか!?
『そう。だから基本、ここに落ちて来るのは桜里(オウリ)の人間ばかりだよ。今回は戦争が有ったとかで、他の国の人間も混ざってしまったけどね』

 鳥はイサハヤ殿の方を見た。

「もしも私が祖国の州央(スオウ)で倒れていたら、ここではなく、州央(スオウ)の下に在る地獄へ落ちていたのか?」
『そういうこと。地獄は現世に合わせて、幾つものエリアに分れているんだ。広過ぎると管理が大変だからね』
「では私がここで完全に死んだ場合、祖国で死んだ家族や友人とは……、彼らとは違う場所へ魂が運ばれてしまうのか?」
『哀しいけど、そうだよ。だからできるだけ自分の国で、大切な人の近くで死んだ方がいいんだ』

 イサハヤ殿は唇を噛んだ。
 俺とは違いイサハヤ殿には、彼の帰還を待っている人が大勢居るのだろう。

「生者の塔を使って、現世に戻ればいいんですよ!」

 俺はつい、らしくもない高いテンションで励ましをしてしまった。

「生きていれば、必ず国へ帰れます。ご家族にだって会えますよ!」

 イサハヤ殿は微かに笑った。

「……そうだな。ありがとう、エナミ」
『ちなみにここは、入口である地獄の第一階層目。一人の案内人と三人の管理人が配置されている。第二階層から下のことは僕にも判らない。まだ行ったことが無いんだ』
「ランにはむずかしい」

 話についていけないランがむくれた。

「はやくセイヤ……、おにいちゃん? おねえちゃん? をむかえにいこうよ」
「そうだね、行こう。セイヤはお兄ちゃんだよ」

 俺達は森林地帯を目指して進むことにした。
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