【エフ】Merry Christmas, My Dears.
文字数 1,842文字
*ご案内*
こちらは「エフ」に付随するお話です。本編に対し時間軸の設定はなく、本編の前・中・後のどこかで見えた彼らの日常です。(とある過去の思い出(五話参照)を読んでいただくとより深みが増すかもしれません)
*
「もうこんな季節か」
今年も気づけばもう十一月。これまでの十ヶ月はどこに行ったのだろう。確かにこの身で駆け抜けたはずなのに、全く実感がない。
今夜は同僚の蜜谷とお疲れ様会。居酒屋へ向かう道すがら、コンビニに所用があると言う彼を店先で待つ間、俺は手持ち無沙汰に任せて街を眺めているところ。光輝くイルミネーションに、ショーウィンドウのそこかしこで笑うサンタクロース。クリスマスはもう目と鼻の先。
けれど俺にとってその日は、どこかの誰かの降誕を祝う日でも、恋人と仲睦まじく過ごしたい日でもない。過去のあの日、大事な人と予期せぬ別れを告げた、十二月二十五日。
*
「舜にい。AとB、どっちがいい?」
「うん?なんの話?」
どちらか選ぼうにも弟の海 は何も持っていないし、選択肢だけを突きつけられたままヒントもない。静かに悩んでいると海にせっつかれた。
「いいから、どっちか選んでよ」
「じゃあAで」
「うん、わかった。ありがとう」
「こちらこそ……?」
後になって、それはクリスマスプレゼントの選択肢だったことがわかった。海の部屋に残されたクリスマスカードがそう教えてくれた。
『選択肢Aはマグカップでした。舜にいコーヒーにはこだわるのに、なんでフチが欠けたマグ使い続けるの?物持ちがいいのかもしれないけど、危ないから今度からこれ使ってよね。Bの手袋と迷ったんだけど、気に入ってくれると嬉しいです。舜にい、いつもありがとう。メリークリスマス』
マグカップは事故の衝撃で砕け、コーヒーを注ぐことはできなかった。無事この手に届いていたら、どこも欠けないように、絶対に、大事にしただろうに。
クリスマスなんて。クリスマスなんて、クリスマスなんて。
大人になってからはその文字列に涙が誘発されることも、明るく陽気な雰囲気にも抵抗感は無くなったが、積極的に祝うこともなくなった。
擬似家族として彼を迎えたひとときがクリスマスを跨ぐことはなかった。けれどたくさんの思い出と充分以上の幸せ、そして止め処ない寂しさを残した。自ら望んで時間を戻して進め、自ら不本意ながら終わらせた時間。
あの子は海じゃない。そして同時に、どうしようもなく海だ。今度こそずっと隣にいて欲しいのに、あの笑顔に向き合えないのはどうしてだろう。
十二月二五日。俺はどちらに向かうべきだろう。土の中で眠る海のいる場所か、それともカプセルの中で眠る海のいる場所か。途切れた過去と、閉ざした未来。俺は多分、どちらとも向き合えていない。
弱すぎて、どちらにも向き合えていない。
*
「木崎お待たせ。寒いからついでに飲み物買ってきた。確かこのコーヒーよく飲んでるよな?」
「ああ。ありがと」
「……溜息なんて珍しいな。さては最近何かあったんだろ、店で全部聞くな」
「いや、大丈夫だよ。そんなんじゃないから」
「あのさ木崎。木崎の大丈夫ほど大丈夫じゃない大丈夫はないぞ?」
「っはは。“大丈夫”が多いな。カフェラテで酔ったのか?」
「誰がだ!今のはちょっと日本語おかしかったことは認めるけど、俺はシラフで真剣だよ」
「そっか。まあ冗談はさておき、本当に気にしなくていいから」
「そうか?まあ本人がそう宣言するならいいけど、念のため伝えておくと、スーパーマンだってお腹痛い日はあるからな」
「うん、ごめん、俺にはその例え話は高度すぎるらしい」
「あ、ごめん。えっと、あのさ、どんなに完璧で最強に見える人でも、体調崩す日もあればへこたれる日もあると思うんだ。でも俺はそれをその人が弱いからだとは思わない。だらしないとも、逃げだとも思わない。なんと言うか、常に強く在る必要なんてないんじゃないか。疲れた日があっても強くない日があっても、木崎は木崎だ。同僚のヘマを笑って許してフォローまでしてくれるような、かっこいい木崎だ」
「……ありがとう。本当にまだシラフだったんだな」
「ちょっ、真面目に話したんだけど!話半分で聞いてただろっ」
「はははっ」
笑ってごまかしてごめん。なんだか胸がこそばゆくって、つい。だけどおかげで、ようやく過去にも未来にも向き合える気がする。その勇気を受け取った気がする。少し早めのプレゼントかもしれない、そう思えた。
「じゃあ行こうか」
「もおー話逸らすなよ木崎ー」
なあ蜜谷、今日は俺の奢りだから。
こちらは「エフ」に付随するお話です。本編に対し時間軸の設定はなく、本編の前・中・後のどこかで見えた彼らの日常です。(とある過去の思い出(五話参照)を読んでいただくとより深みが増すかもしれません)
*
「もうこんな季節か」
今年も気づけばもう十一月。これまでの十ヶ月はどこに行ったのだろう。確かにこの身で駆け抜けたはずなのに、全く実感がない。
今夜は同僚の蜜谷とお疲れ様会。居酒屋へ向かう道すがら、コンビニに所用があると言う彼を店先で待つ間、俺は手持ち無沙汰に任せて街を眺めているところ。光輝くイルミネーションに、ショーウィンドウのそこかしこで笑うサンタクロース。クリスマスはもう目と鼻の先。
けれど俺にとってその日は、どこかの誰かの降誕を祝う日でも、恋人と仲睦まじく過ごしたい日でもない。過去のあの日、大事な人と予期せぬ別れを告げた、十二月二十五日。
*
「舜にい。AとB、どっちがいい?」
「うん?なんの話?」
どちらか選ぼうにも弟の
「いいから、どっちか選んでよ」
「じゃあAで」
「うん、わかった。ありがとう」
「こちらこそ……?」
後になって、それはクリスマスプレゼントの選択肢だったことがわかった。海の部屋に残されたクリスマスカードがそう教えてくれた。
『選択肢Aはマグカップでした。舜にいコーヒーにはこだわるのに、なんでフチが欠けたマグ使い続けるの?物持ちがいいのかもしれないけど、危ないから今度からこれ使ってよね。Bの手袋と迷ったんだけど、気に入ってくれると嬉しいです。舜にい、いつもありがとう。メリークリスマス』
マグカップは事故の衝撃で砕け、コーヒーを注ぐことはできなかった。無事この手に届いていたら、どこも欠けないように、絶対に、大事にしただろうに。
クリスマスなんて。クリスマスなんて、クリスマスなんて。
大人になってからはその文字列に涙が誘発されることも、明るく陽気な雰囲気にも抵抗感は無くなったが、積極的に祝うこともなくなった。
擬似家族として彼を迎えたひとときがクリスマスを跨ぐことはなかった。けれどたくさんの思い出と充分以上の幸せ、そして止め処ない寂しさを残した。自ら望んで時間を戻して進め、自ら不本意ながら終わらせた時間。
あの子は海じゃない。そして同時に、どうしようもなく海だ。今度こそずっと隣にいて欲しいのに、あの笑顔に向き合えないのはどうしてだろう。
十二月二五日。俺はどちらに向かうべきだろう。土の中で眠る海のいる場所か、それともカプセルの中で眠る海のいる場所か。途切れた過去と、閉ざした未来。俺は多分、どちらとも向き合えていない。
弱すぎて、どちらにも向き合えていない。
*
「木崎お待たせ。寒いからついでに飲み物買ってきた。確かこのコーヒーよく飲んでるよな?」
「ああ。ありがと」
「……溜息なんて珍しいな。さては最近何かあったんだろ、店で全部聞くな」
「いや、大丈夫だよ。そんなんじゃないから」
「あのさ木崎。木崎の大丈夫ほど大丈夫じゃない大丈夫はないぞ?」
「っはは。“大丈夫”が多いな。カフェラテで酔ったのか?」
「誰がだ!今のはちょっと日本語おかしかったことは認めるけど、俺はシラフで真剣だよ」
「そっか。まあ冗談はさておき、本当に気にしなくていいから」
「そうか?まあ本人がそう宣言するならいいけど、念のため伝えておくと、スーパーマンだってお腹痛い日はあるからな」
「うん、ごめん、俺にはその例え話は高度すぎるらしい」
「あ、ごめん。えっと、あのさ、どんなに完璧で最強に見える人でも、体調崩す日もあればへこたれる日もあると思うんだ。でも俺はそれをその人が弱いからだとは思わない。だらしないとも、逃げだとも思わない。なんと言うか、常に強く在る必要なんてないんじゃないか。疲れた日があっても強くない日があっても、木崎は木崎だ。同僚のヘマを笑って許してフォローまでしてくれるような、かっこいい木崎だ」
「……ありがとう。本当にまだシラフだったんだな」
「ちょっ、真面目に話したんだけど!話半分で聞いてただろっ」
「はははっ」
笑ってごまかしてごめん。なんだか胸がこそばゆくって、つい。だけどおかげで、ようやく過去にも未来にも向き合える気がする。その勇気を受け取った気がする。少し早めのプレゼントかもしれない、そう思えた。
「じゃあ行こうか」
「もおー話逸らすなよ木崎ー」
なあ蜜谷、今日は俺の奢りだから。