【ディストーション】キノシタと書いて最高と読む。

文字数 2,099文字

こちらは「ディストーション」に付随するお話です。時間軸としては「本編後」となります





とある土曜の昼下がり。自分は親友との半年ぶりの再会を満喫中。ランチを終えカフェを出て、いま話題の映画を観るため一駅隣の映画館へ。チケット売り場は少し混んでいたけれど、あらすじや出演俳優さんたちについてあれこれ話しているうちに発券完了。開場時間まで余裕があるのでポップコーンを買おうか相談していると、見覚えのある姿が視界に入った。ちょうど観終わったのだろう、映画館の奥から出口へと真っ直ぐ向かう横顔。気づけばその背中を目指して走り出していた。

「だーれだっ」
「うわっ!!」
「あれっ?!」

いつもと違う反応に、逆にこちらが驚いた。見覚えのある背中から即座に腕をほどいて顔を覗くと、前髪の分け目がいつもと違った。

「いやっあのっこっこれは失礼しました!タクトさんお久しぶりですいつもお世話になっております!」

「ウエダさんお久しぶりですいつの間にお世話してましたかね?!」

その声音は怒りを二十、恐怖を八十九パーセント程度内包していた。先輩の弟であるタクトさんとはあの件で数回面会していたがどれも仕事上の必要性があってのことで、完全なるプライベートで相対した経験はない。背中を伝う冷や汗を無視しながら、持ち前のチャーミングスマイルと機転をフルに効かせて乗り切ることにする。

「あっ!そのパンフレットは“ワールド・チェイサー”ですね!どうでした、面白かったですか?」

「ええ、まあ……人気の理由がわかるというか、濃密なストーリーというか」

タクトさんはいまだ緊張が解けないようで、言葉の流れが淀んでいる。自分は相打ちをしつつ自然に間合いを取った。付き合いの長い先輩とは違い、自分独特の近めな距離感に慣れないのだろうと思った。そして足止めを最小限に抑えるべく、会話のゴールを模索していく。

「なるほどっ。自分、これから友達とそれ観るんですけど、ますます期待値上がりました!」

「それは、何より」

ぎこちない微笑みを見て悟った。ここにあるのは緊張感ではないのかもしれない。もしかしたら、あのとき刻んでしまった不信感が長期滞在しているのかもしれない。もしかしたらそれは、彼の心に永住するかもしれない。そう考えたら、無性に悲しくなった。不本意だけど、これ以上自然な笑顔の会話は続けられない。これはもう、さよならのとき。

「ええと、その、数多のご無礼失礼しました。お帰りはお気を」
「あのウエダさん」

「……?」

「もしできたら、兄貴に勧めてやってください。多分、こういうの好きだと思うので」

「はい……自分から、ですね……?」

「あ、無理なら大丈夫です」

聞く人によっては突き放された感覚を覚える言葉かもしれないけれど、自分にとってそれは優しさだった。“嫌い”の要素を含みかねない相手に見せた、選択自由という心配り。

「兄貴、最近忙しそうだから観れるかわからないし。でも」

「はい?」

「口下手な俺より、絶対伝わると思うので」

そこで見えた柔い笑顔に心が溶けた。会釈して去ってゆくその背中に、深々とお辞儀をした。その心に不信感が永住してもいい。不動の壁があってもいい。自分は、あなたを、尊敬しています。


そして次の月曜、職場にて。

「先輩!損はさせないので五分間だけお時間もらってもいいですか?三分でもいいですっ」

先輩は資料を確認する手を止めてこちらに向き直った。忙しいタイミングは外したつもりだったけど、珍しく返答の遅い様子に嫌な予感がする。けれど突然見せた口元の緩みに、すぐに緊張が解けた。

「なんでそんな幸せそうなの?聞くしかないじゃん」

「せんぱあーいっ!」

表現力を総動員し練りに練ったお勧めポイントを伝えると、相当興味を持ってもらえたらしく、早速今晩のレイトショーでの鑑賞を検討している。

「さっすが先輩、行動力が限界突破ですね!」

「いや、それ褒めてる?貶してる?」

「もちろん褒めてますともっ。その証拠に、レイトショーご一緒しますね!」

「証拠かどうか怪しいけど、まあ好きにどうぞ」

そして資料に視線を戻しながら「リピートするほど面白いとか、楽しみ過ぎるかよ」と呟く先輩。ああ、キノシタ兄弟、優しさの天使かな。そう思ったら、喜びが止まらなくなった。

「……キノシタ家の三男になりたい……」

「え?」

おっと、いつの間にか心の声が表に。慌てて訂正しようにも焦りで言葉がうまくまとまらず、先輩の笑い声に先を越された。

「それもいいけど、ライは弟っていうより、パートナーって感じだな」

その後に続く「二人でようやくサンデビって言うか」の言葉は耳に入らず歓喜だけが自分を満たして包んだ。その状態で、心の声を隠すことなどできるはずもなく。

「ああもうせんぱい!せんぱいったらせんぱーい!!わかりましたっ、自分、せんぱいのお嫁さんになりますっ(笑)不束者ですが末長くお幸せにっ!!(笑)」

「わけわかんねえよっ(笑)しかもそこは“婿”じゃねえのかよ(笑)」



キノシタ・ライナルト、いいかもしれない(笑)たとえ叶わなくても、あなたといられる今日が、夢みたいに楽しい会話ができる今があるだけで、最高に幸せです。


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