【ディストーション】Dreamy lips

文字数 2,205文字

【ご案内】こちらは「ディストーション」に付随するお話です。本編に対し時間軸の設定はございません。本編の前・中・後のどこかで見えた彼らの日常です。

今回はカイトくんとライくんのコミュニケーションが近めです。そのようなお話に興味がない場合、あるいは彼らのイメージを大切にされたい方は読み進める際にご注意くださいね。

また、本話には「フェイカー」と言うディストーションオリジナルの単語が出て参ります。以下にご説明を記しますが、既にご存知の方は次の「*」マークまで読み飛ばしてくださいませ。

【フェイカー】
人間が獣能力を欲しそれを望むまま人工的に体内に取り込んだ存在のこと。しかし“生きた獣人の体液(主に血液)を多量摂取し、己に獣能力を移行させる”という非道極まりない手段をとるため、フェイカー化は犯罪とみなされている。





その夜、自分は先輩と共に犯人を追跡中。捜査と張り込みを続けようやく姿を捉えたのが夜十一時過ぎ、外は月明かりもなく真っ暗だった。単独犯で凶暴性も低いことから七時過ぎに早帰を促されていたが、夜目がきく自分がそばにいた方が有利だと説得し、先輩の車の助手席で夜空を滑空する犯人を追っている。彼は鳥の獣人で羽持ちではあるものの、怪我をしているのか逃走速度は速いとは言えない。

「先輩、犯人が北東に逸れはじめました。次の信号左折です」

「了解」

その方向には小高い丘と小さな教会しかない。犯人確保の瞬間も近い、そう確信した時だった。

「それにしても、空飛ぶ羽といい夜目のきく瞳といい、獣能力にはやっぱり敵わないな」

「どうしたんですか急に。先輩もしや、フェイカーにでも憧れてるんですか?」

「いや、そうじゃないけど。もし空が飛べたら世界の広さが違って見えるかもしれないし、ライの瞳から見る世界は俺のよりたくさんのものがあるのかもしれない。そう考えたらヒトって小さいなって。まあ、いいことばかりじゃないとは思うけどさ」

「なるほど、意外とロマンチストですね。あ、ここは直進の方が速いです」

「サンキュ。一応つっこんでおくけど、悪かったな“意外”で」

「だって普段の先輩はヒトの体を存分に駆使して活躍しているように見えますから。これまでも獣人及び獣能力を尊重しているのは伝わってましたが、いやまさか、そうですか」

「何を一人で合点してるんだ。ただの意見だろ、そんな大袈裟に取り上げるなって」

「何をおっしゃる!先輩と自分の仲じゃないですか、遠慮しなくていいんですよ」

「語弊がありすぎるだろ。遠慮もしてないし。と言うか仕事中だ、気を抜くな」

「またまたあ、照れちゃって」

「だから照れてねえよ真面目に犯人追ってくれよ!」

「安心してください、視線を外さずバッチリ追えてますから。あーあ、先輩の照れ顔を拝めないのが残念です」

「はいはい、もう勝手に言ってろ」

「えへへ〜。じゃあ勝手ついでにご提案を。もしフェイカーになりたくなったら絶対自分に言ってくださいね。喜んで自分をあげますから、ふふっ」

「……ああ?」

唸るような声が聞こえた瞬間、先輩は突如ハンドルを切り荒々しく側道へと突入した。街灯もない暗闇の中、ブレーキがかかったと同時に犯人の姿が視界から消えた。

「あの先輩、犯人はあっちの」
「もういい」

「え?あ、ちょっと、なんでシートベルト外すんです?」

「言っただろ、追跡はもうどうでもいい。より高度に大事な案件が発生したからな」

「案件?何のことですか?」

「なあ、俺も夜目がきいた方が捜査に有益だと思わないか?フェイカーであった方が、得だと思わないか?」

「いやいや何言ってるんですか先輩。それより早く」
「ライ」

「……はい……?」

「お前をくれるんじゃなかったのか?それとも、ただのリップサービスだったのか?」

「えっ?!あっいや、その、語弊が、いや違います、さっきのはその」

「“語弊”ねえ。残念だが、反論は上司権限で却下だ」

暗闇の中で光る先輩の双眼。まるで獲物を捉えて悦に入る魔物。気づけば自分の両脇を腕で囲われ、身動きが取れなくなっていた。

「約束を果たしてもらおうか、いますぐ」

フェイカーになるには獣人の血液摂取が必須。であれば頸動脈を狙う方法が一番効率的に思われるのに、なぜか近づく顔と顔。

「せ、せんぱい、ああああのフェイカーになるには血が必要なんですよね……どこから……血を取る気ですか……」

「どこからでも、好きなところから」

その言葉が頭の中で反芻され、体が抵抗することを諦めた。そして追い討ちをかけるような先輩の囁きに、夜が始まる予感がする。

「お前の世界を、俺にも見せてくれよ」







そして目覚ましが鳴った。唇までの距離はあと二ミリだった。目覚まし時計を叩き壊すところだった。

今日はもう絶対仕事に手が付かない。今日の自分はもう絶対使い物にならない。今日は先輩の顔を見た瞬間に卒倒してしまう気がする。そう思ってスマホを手に取った。

『はい、おはよう。どうしたライ?』

「先輩が不謹慎すぎて倒れそうなので今日は休暇申請してもいいですか?」

『おう、そうか。お詫びとしてホットチョコレートに教育的指導シロップをたんまりトッピングしてご馳走するから大人しく出てきたらどうだ?』

「あ、はあい」

『よし。事と次第によっては励ましクリームも追加可能だ。シャキッと出てこいシャキッとな。じゃあ、待ってるから。切るぞ』



今日もせんぱいがせんぱい過ぎて最高です。今日もシャキッと頑張ります。
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