03 地味で根暗で電信柱な私だけど、あったかくしてくれますか?(中編)
文字数 2,309文字
「やっほー、ゆかちゃん来たよぉ」
もうすぐ午後一時半になろうかという頃、私がコンピュータ関連の書棚を整理していると姉が現れた。
一六五センチの身長はそれより二十センチ高い私から見ると子供に思える。同じ母親から生まれてきたのに、私が妹なのに、きっと何も知らない人の目には私が姉に映るだろう。
姉に落ち度はないけれどついつい辛く当たってしまう理由の一つ目はこれだ。そして後でそんな自分に嫌気が差してくるのである。
黒髪をセミロングにした姉は十人見れば十人可愛いと叫ぶほど可愛かった。薄い眉とぱっちりした目、小さな鼻と口、それぞれのパーツが収まるべきところに収まったといった感じで私とは大違いだ。
「それで? ゆかちゃんの彼氏はもう来ちゃった?」
きょろきょろとあたりを見回しながら姉がたずねた。
「山田さん情報だと今くらいの時間にその人と会えるらしいんだけど」
「……」
山田さん。
何でそんな余計な情報与えるかなぁ。
できれば姉と佐藤さんを会わせたくなかった。
妹の私から見ても姉は可愛い。
そのせいか私が良いなと思った人はみんな彼女に惹かれていった。小学生の頃から今日に至るまでいつも男の人は姉を好きになるのだ。そして私は戦うことなく敗北する。
姉に辛く当たってしまう理由の二つ目がこれだ。
姉に悪気はない。いや、ないことを祈りたい。もし悪気があったのなら……ううっ、これ怖いから考えるのやめよう。
*
「清川さんこんにちは」
姉の相手をしている間に佐藤さんが来てしまった。
二十三歳の若さと爽やかさを全開にしたようなイケメンの佐藤さんは他の女性店員からも人気がある。私が佐藤さんと付き合いだしてからもこの人気に変化はない。彼は断ってくれているようだが今でも合コンのお誘いがあるそうだ。
というか、私がいるのに合コンに彼を呼ぼうとするのはやめてほしいんですけど。
佐藤さんの登場に姉の目がキラーンと光った、ような気がした。
「あらあらあらあら」
どこかのおばちゃんと化した姉が佐藤さんを無遠慮に観察しだした。舐めるように頭の天辺から足の爪先まで視線を走らせる。
ふむふむと妙に納得すると姉はぴしっと佐藤さんに指を突きつけた。
「あなた、ゆかちゃんのどこを気に入ったの?」
ちなみにまだ二人は挨拶すらしていない。
もし人違いだったらどうするつもりだったのだろう。
ま、本人だから結果オーライなのかな?
「あ、えーと」
いきなり姉に問われた佐藤さんが少し困ったように顔を引きつらせる。目で「この人誰ですか?」と訊いてきた。
うん、そうだよね。
その反応は正しいと思うよ。
私は姉を紹介した。
「佐藤さん、姉のあおいです。ちょっと頭のネジ穴が潰れていますけど、害はないので安心してください」
「ひどっ、ゆかちゃんそれひどっ!」
姉が抗議するも私のお耳はスルーである。
てか、佐藤さんが姉さんに惚れないようにしなくちゃ。
相手が私の姉だと判明すると佐藤さんが警戒を緩めた。表情を和らげて彼は清涼感たっぷりの声で姉の質問に答える。
「初めまして、あんぺあ出版の佐藤です。清川さんの一緒にいて楽しいところとか人の話をちゃんと聞いてくれるところとかがいいなって思いますよ。あ、でもまだまだ清川さんの知らない部分がありますからもっといいところを見つけていきたいですね」
「わぁ、何この人」
姉が目をぱちぱちさせた。
「爽やかさを標準装備してる。あれなの? 乙女ゲームの登場人物なの?」
「……」
姉さん、その例えはどうかと。
*
今度は佐藤さんが訊いてきた。
「どうして俺が清川さんと付き合ってるって知ってるんですか?」
うん、そうだよね。
そこ、聞きたいよね。
姉がふふーんと薄い胸を張った。
「そんなの決まってるでしょ。ゆかちゃんの姉を何年やってると思ってるの? あーんなことやこーんなことまで全て知ってるわよ」
「……」
姉さん、その割には山田さんに教わるまで佐藤さんのこと知らなかったよね?
私は真相を暴露した。
「技術評論書房の山田さんから聞いたそうですよ」
「あー山田さんかぁ」
妙に腑に落ちたといった様子で佐藤さんがうなずいた。
「山田さんルートで情報が流れたんなら仕方がないですよね。あの人歩くスピーカーですし」
「……」
佐藤さん、それ何気に本人が聞いたら泣くから言わないであげて。
*
それから佐藤さんは姉の質問攻めを受けた。
「佐藤さんは幾つなの?」
「二十三歳です」
「お住まいは?」
「埼玉県の志木です。でもできれば早く清川さんと同じ家で暮らしたいですね」
わぁ、佐藤さん。
嬉しいけど何だか恥ずかしいからそういうことを姉さんに言うのはやめて。
佐藤さんの答えに姉が「へぇ」と応じながらにやにやしだした。いやらしい目で私を見てくる。あーもうだからそんな目をしないで。
「じゃあ家族構成とかも教えてくれる? ご両親はご健在なの?」
「ええ。実家は浦和です。兄と弟がいて兄は一人暮らしをしてますけど弟が両親の家にいます」
「男ばかりの三人兄弟だったんだ。なるほどねぇ、もしかしてみんな佐藤さんみたいな感じなの?」
「うーん、どうでしょう」
佐藤さんが中空に目を遣った。まるでそこにカンペでもあるかのように視線を向けたまま彼は口にする。
「兄はどちらかというと熱いタイプですね。弟は逆に冷静なタイプです。俺は二人を足して二で割った感じでしょうか」
相手が私の姉だからか佐藤さんは素直に答えてくれている。それはそれでいいことかもしれないけど初対面の人に個人情報を明かしちゃって大丈夫なのかな?
この人は私がしっかり守らないといけないなぁ。
……などとつい思ってみたり。
もうすぐ午後一時半になろうかという頃、私がコンピュータ関連の書棚を整理していると姉が現れた。
一六五センチの身長はそれより二十センチ高い私から見ると子供に思える。同じ母親から生まれてきたのに、私が妹なのに、きっと何も知らない人の目には私が姉に映るだろう。
姉に落ち度はないけれどついつい辛く当たってしまう理由の一つ目はこれだ。そして後でそんな自分に嫌気が差してくるのである。
黒髪をセミロングにした姉は十人見れば十人可愛いと叫ぶほど可愛かった。薄い眉とぱっちりした目、小さな鼻と口、それぞれのパーツが収まるべきところに収まったといった感じで私とは大違いだ。
「それで? ゆかちゃんの彼氏はもう来ちゃった?」
きょろきょろとあたりを見回しながら姉がたずねた。
「山田さん情報だと今くらいの時間にその人と会えるらしいんだけど」
「……」
山田さん。
何でそんな余計な情報与えるかなぁ。
できれば姉と佐藤さんを会わせたくなかった。
妹の私から見ても姉は可愛い。
そのせいか私が良いなと思った人はみんな彼女に惹かれていった。小学生の頃から今日に至るまでいつも男の人は姉を好きになるのだ。そして私は戦うことなく敗北する。
姉に辛く当たってしまう理由の二つ目がこれだ。
姉に悪気はない。いや、ないことを祈りたい。もし悪気があったのなら……ううっ、これ怖いから考えるのやめよう。
*
「清川さんこんにちは」
姉の相手をしている間に佐藤さんが来てしまった。
二十三歳の若さと爽やかさを全開にしたようなイケメンの佐藤さんは他の女性店員からも人気がある。私が佐藤さんと付き合いだしてからもこの人気に変化はない。彼は断ってくれているようだが今でも合コンのお誘いがあるそうだ。
というか、私がいるのに合コンに彼を呼ぼうとするのはやめてほしいんですけど。
佐藤さんの登場に姉の目がキラーンと光った、ような気がした。
「あらあらあらあら」
どこかのおばちゃんと化した姉が佐藤さんを無遠慮に観察しだした。舐めるように頭の天辺から足の爪先まで視線を走らせる。
ふむふむと妙に納得すると姉はぴしっと佐藤さんに指を突きつけた。
「あなた、ゆかちゃんのどこを気に入ったの?」
ちなみにまだ二人は挨拶すらしていない。
もし人違いだったらどうするつもりだったのだろう。
ま、本人だから結果オーライなのかな?
「あ、えーと」
いきなり姉に問われた佐藤さんが少し困ったように顔を引きつらせる。目で「この人誰ですか?」と訊いてきた。
うん、そうだよね。
その反応は正しいと思うよ。
私は姉を紹介した。
「佐藤さん、姉のあおいです。ちょっと頭のネジ穴が潰れていますけど、害はないので安心してください」
「ひどっ、ゆかちゃんそれひどっ!」
姉が抗議するも私のお耳はスルーである。
てか、佐藤さんが姉さんに惚れないようにしなくちゃ。
相手が私の姉だと判明すると佐藤さんが警戒を緩めた。表情を和らげて彼は清涼感たっぷりの声で姉の質問に答える。
「初めまして、あんぺあ出版の佐藤です。清川さんの一緒にいて楽しいところとか人の話をちゃんと聞いてくれるところとかがいいなって思いますよ。あ、でもまだまだ清川さんの知らない部分がありますからもっといいところを見つけていきたいですね」
「わぁ、何この人」
姉が目をぱちぱちさせた。
「爽やかさを標準装備してる。あれなの? 乙女ゲームの登場人物なの?」
「……」
姉さん、その例えはどうかと。
*
今度は佐藤さんが訊いてきた。
「どうして俺が清川さんと付き合ってるって知ってるんですか?」
うん、そうだよね。
そこ、聞きたいよね。
姉がふふーんと薄い胸を張った。
「そんなの決まってるでしょ。ゆかちゃんの姉を何年やってると思ってるの? あーんなことやこーんなことまで全て知ってるわよ」
「……」
姉さん、その割には山田さんに教わるまで佐藤さんのこと知らなかったよね?
私は真相を暴露した。
「技術評論書房の山田さんから聞いたそうですよ」
「あー山田さんかぁ」
妙に腑に落ちたといった様子で佐藤さんがうなずいた。
「山田さんルートで情報が流れたんなら仕方がないですよね。あの人歩くスピーカーですし」
「……」
佐藤さん、それ何気に本人が聞いたら泣くから言わないであげて。
*
それから佐藤さんは姉の質問攻めを受けた。
「佐藤さんは幾つなの?」
「二十三歳です」
「お住まいは?」
「埼玉県の志木です。でもできれば早く清川さんと同じ家で暮らしたいですね」
わぁ、佐藤さん。
嬉しいけど何だか恥ずかしいからそういうことを姉さんに言うのはやめて。
佐藤さんの答えに姉が「へぇ」と応じながらにやにやしだした。いやらしい目で私を見てくる。あーもうだからそんな目をしないで。
「じゃあ家族構成とかも教えてくれる? ご両親はご健在なの?」
「ええ。実家は浦和です。兄と弟がいて兄は一人暮らしをしてますけど弟が両親の家にいます」
「男ばかりの三人兄弟だったんだ。なるほどねぇ、もしかしてみんな佐藤さんみたいな感じなの?」
「うーん、どうでしょう」
佐藤さんが中空に目を遣った。まるでそこにカンペでもあるかのように視線を向けたまま彼は口にする。
「兄はどちらかというと熱いタイプですね。弟は逆に冷静なタイプです。俺は二人を足して二で割った感じでしょうか」
相手が私の姉だからか佐藤さんは素直に答えてくれている。それはそれでいいことかもしれないけど初対面の人に個人情報を明かしちゃって大丈夫なのかな?
この人は私がしっかり守らないといけないなぁ。
……などとつい思ってみたり。