10 地味で根暗で電信柱な私だけど、あなたを信じていいですか?(後編)
文字数 4,257文字
最寄り駅の反対側にあるカラオケボックスが二次会の会場だった。
隣にあるコインパーキングがビルの建ち並ぶ街にぽっかりと夜の隙間を作っている。出入り口の自動支払機とその傍にあるジュースの自販機がぼんやりと暗闇の中で自己主張していた。
コインパーキングは満車でどの車も静かに持ち主の帰りを待っている。
もしかしたら私もあの車たちのように家で佐藤さんの帰りを待つべきだったのかもしれないと小さな後悔がちくりと胸を痛めた。
でも、やっぱり一人で待つのは嫌だ。
*
カラオケボックスでは二次会に残った人たちで盛り上がった。
部屋は三階の一番奥。結構広い。
私より世代が上の人も混じっていたからか知らない昔の曲もあったけど、みんな楽しそうに歌っていた。
私はというとあまり歌は得意ではない。
しかし、回ってきた順番をパスすることもできずやや緊張しながらも耳慣れた曲を何とか歌い切った。うちのフロア主任がやたらと大きな声で合いの手を入れてきたけど、あれって歌の下手な私に気を遣ってくれたのかな?
一仕事終えた気分でレモンサワーを飲みながら仕入課の主任さんが熱唱するハードロックを聴いているとトイレに行っていた長野ちゃんが血相を変えて戻ってきた。
「ゆ、ゆかりさん、大変ですぅ!」
「ん? どうかしたの?」
すっかり酔いが醒めた様子の長野ちゃんが私の横の席に腰を下ろす。触れた腰から彼女の体温が伝わってきた。
「隣の部屋に佐藤さんがいますぅ」
「えっ」
自分でも間抜けな声が出た。
「さっき何気なくドアの窓を覗いたら佐藤さんの姿が見えたんですぅ。あれ、絶対に佐藤さんですよぉ」
「……」
長野ちゃん。
それ、マナー違反だから次からやめようね。
……じゃなくて!
私は軽い動揺を抑えながら言った。
「他人の空似ってことはない? 佐藤さんほどじゃないけど爽やか系イケメンはいると思うよ」
「あれは佐藤さんですよぅ」
長野ちゃんが不満そうに口を尖らせた。うん、やっぱり怒った顔も可愛い。
とはいえ、ちょっと気になってきた。
でも、仮に佐藤さんだったとしてもわざわざ隣の部屋まで確認をしに行くのはどうかと思う。彼だっていきなり私が現れたら迷惑に感じるかもしれない。
あぁ、でも気になる。
けど、迷惑な女にはなりたくないし。
どっちつかずで悶々としているうちに何曲かが私の耳を通り過ぎた。私がやっと決心して立ち上がると長野ちゃんが
「浮気の件、あんまり追い詰めるとかえって別れる原因になっちゃいますから気をつけてくださいねぇ」といらんことを言ってくる。
それには応えず、私は部屋の外に出た。考え過ぎて少し目眩がしている。ただ廊下に出ただけなのに全く違う世界の空気を吸っているような気分になった。
「……」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
この声はエレベーターホールのほうからだろうか。
何だか胸がざわざわする。
私は声の聞こえたほうへと足を向けた。隣の部屋のドアの窓は見ないよう注意しながらその前を通り過ぎる。
エレベーターホールは通路より照明が絞られており、空気もひんやりと感じられた。
歩くとコツンと足音がやけに響く。それとも私の不安がそう聞こえさせているのだろうか。
「……!」
エレベーターのすぐ傍で男女が抱き合っている。
ふんわりとさせた栗色の髪の女の子と佐藤さんだ。それはもう疑いようもないくらい佐藤さんだった。
女の子は床にぺたんと座り込んでおり、佐藤さんは片膝をついて彼女を抱いていた。
二人とも抱き合ったまま動こうとしない。
やがて気配を察したのか佐藤さんがこちらを向いた。少し遅れて女の子も倣う。
「あ」
佐藤さんが短く漏らした。
私は数秒彼と見つめ合うと自分から目を逸らした。問い詰めるよりもこの場にいたくない気持ちが勝って逃げるように走り去る。
信じられなかった。
自分が見たものが夢であってほしかった。
「ゆかりさん待って、これは……」
佐藤さんの制止を無視して私は自分たちの部屋へと飛び込んだ。
*
「ゆかりさんお帰りなさ……」
部屋に戻った私に声をかけた長野ちゃんだったが最後まで言い終えぬうちに固まった。
そのくらい私は酷い顔をしていたのだろう。さすがに他のみんなも心配して
「どうしたの?」とか「具合でも悪いの?」とか訊いてきた。
私は「ちょっと休めば大丈夫」と応えて長野ちゃんの隣に座る。はぁっと盛大にため息をついた。
「佐藤さんだった」
「えっ」
唐突に話を始めた私に長野ちゃんが戸惑う。
私は構わず続けた。
「長野ちゃんが見たの佐藤さんだったよ。それと女の子もいた。抱き合ってた」
「えっとぉ」
そこに正答を求めるように長野ちゃんが中空に視線を走らせる。でもそんなところに答えがあるなんて私には思えなかった。あったら私が知りたい。
躊躇しながらも長野ちゃんが言った。
「その、佐藤さんも魔が差しただけかもしれませんしぃ」
「でも浮気だよね」
うっ、と長野ちゃんが小さく呻く。
「私、佐藤さんがあんな人だなんて思わなかった」
「ゆ、ゆかりさん?」
戸惑う長野ちゃんから飲みかけのレモンサワーへと目をやった。
頭の中にさっきの二人が浮かぶ。抱き合う佐藤さんと栗色の髪の女の子。確かにあの子は可愛かった。長野ちゃんとどっちが可愛いかと問われたら返答に困るけど可愛かった。
地味で根暗で電信柱みたいに背が高くて痩せっぽちな私なんか比べるのもおこがましいくらいあの子は可愛かった。
佐藤さんが乗り換えたくなっても……ううっ、そこまで認めるのはつらいかも。
*
突然、マナーモードにしていたスマホが震えた。
何となく誰からの電話かわかる。少しだけ逡巡してから応答した。
「あ、ゆかりさん」
やっぱり佐藤さんだった。
彼はほっとしたように息をつき、続ける。
「さっきのは誤解なんです」
「さっきの?」
私はわざと知らぬふりをした。
自分でも嫌な女だと思う。
けど、それをさせているのは佐藤さんだ。彼があんなことをしなければ私もこんなことはしない。
「さっきのって何? 私、何も見てないけど」
「いや、それ見てますよね」
佐藤さんがつっこむ。
私が応えずにいると彼はため息をついた。さすがにこのため息からは爽やかさが消えていた。
「ちゃんと話をしませんか。俺、エレベーターホールにいますから」
*
エレベーターホールには佐藤さんと女の子がいた。
女の子は彼と腕を組みどうだと言わんばかりににやにやしている。その横の佐藤さんはかなりばつが悪そうだ。苦笑するその表情にはどこか迷惑そうな印象があった。
ああ、そうか。
私、もう迷惑な女だよね。
けど、私は言ってやった。
「言い訳ならいらないから」
「いや、言い訳させてもらいますよ」
佐藤さんが応え、半ば強引に女の子との腕組みを解く。なおも腕を組もうとする女の子だったが急にへなへなとその場に座り込んだ。
「あ、おい、またそんなところで」
えへへーっと女の子がだらしなく返す。
この娘もしかして酔っ払ってる?
疑念が浮かんだとき佐藤さんが告げた。
「俺、ゆかりさんを裏切るようなことなんてしませんよ」
「じゃあ、その子は何?」
私は女の子を睨みつけた。彼女は全く怯まずへらへらと笑っている。
ああもう、と佐藤さんが片手を自分の額に当てた。
「彼女は会社の同僚ですよ。酔っ払った挙げ句タクシーで帰るって言うから、外まで送ろうとしていたんです」
「本当に?」
「ゆかりさんに嘘ついてどうするんですか。それに俺、ゆかりさん以外の女に興味なんてないですよ」
「……」
不覚にもその言葉にグッときた。
私は佐藤さんと女の子の間に割って入る。予想していたほど抵抗されず二人を引き離すことに成功した。アルコールの臭いと体温で相当に酔っていると判じる。というかよくここまで運べたなあ、さすが男の子。
「……この娘、タクシーで送るんだよね」
私が尋ねると佐藤さんがうなずいた。
「はい。でも、ご覧の通りの有様で」
「確認するけど、抱き合ってたんじゃなくて抱きつかれていたんだよね?」
「俺、この前プロポーズしたばっかりですよ」
「ちゃんとはしてもらってません」
「あ、まあ、そうですけど。そういう気持ちだって……」
情けない顔になった佐藤さんに少し罪悪感を覚える。事情は何となくわかってきたし、そろそろ勘弁してあげないといけないかな。
「とにかくこの子をどうにかしましょう」
私は佐藤さんと二人がかりで女の子を下の階まで運びタクシーに放り込んだ。その間に何度か女の子に抱きつかれたりしたけれど……うん、顔は可愛いけど長野ちゃんのほうがこの娘より柔らかいしいい匂いがする。
私なら長野ちゃんのほうがいいかなぁ。
走り去るタクシーを見送りながら、私はそう思うのであった。
*
「俺、ゆかりさんがいいんです」
再び上に向かうエレベーターの中で佐藤さんが言った。
「ゆかりさんがいてくれれば他はどうでもいいんです。ゆかりさんは俺じゃ駄目ですか?」
「……」
またもぐっときてしまい即答できなかった。
というかそれって何かずるい。
エレベーターが三階に着き、ドアが開く。
出ようとした私の腕を佐藤さんが引いた。そのまま身体ごと強く引き寄せられる。
とくんとくんと佐藤さんの心音が体温と共に伝わってきた。戸惑いつつも拒めずにいると背伸びした彼が私の唇を奪ってくる。
強引なキスはとても濃厚で甘く、私をとろけさせる。ドアが閉まるのも無視して私はその甘やかで淫らな時間に浸った。息の仕方を忘れてしまいそうだった。
やがて佐藤さんが私を解放し、爪先立ちしていたのをやめる。
私はまだぼんやりとした意識のまま彼を見つめ、心に浮かんだことをそのまま言った。
「ずるい」
「ごめん」
彼が応え、また背伸びすると今度は優しくキスしてきた。
本当にずるい、と私は思う。
でも、彼のキスは嫌ではなかった。むしろもっと欲しい。彼が私だけのものだと感じたい。
誰にも盗られたくない。
あなたは私のものだよね?
信じていいよね?
唇がまた離れていった。
失われた温度が恋しくて堪らなくなる。私は身を低めて自分から唇を重ねた。
狭いエレベーターの中で荒い息遣いといやらしい音が響く。もうさっきの女の子なんてどうでもいい。彼が欲しい。彼さえいてくれたら他はどうでもいい。
エレベーターが次に開くまで私たちはお互いを求め合うのであった。
**本作はこれで終了です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
隣にあるコインパーキングがビルの建ち並ぶ街にぽっかりと夜の隙間を作っている。出入り口の自動支払機とその傍にあるジュースの自販機がぼんやりと暗闇の中で自己主張していた。
コインパーキングは満車でどの車も静かに持ち主の帰りを待っている。
もしかしたら私もあの車たちのように家で佐藤さんの帰りを待つべきだったのかもしれないと小さな後悔がちくりと胸を痛めた。
でも、やっぱり一人で待つのは嫌だ。
*
カラオケボックスでは二次会に残った人たちで盛り上がった。
部屋は三階の一番奥。結構広い。
私より世代が上の人も混じっていたからか知らない昔の曲もあったけど、みんな楽しそうに歌っていた。
私はというとあまり歌は得意ではない。
しかし、回ってきた順番をパスすることもできずやや緊張しながらも耳慣れた曲を何とか歌い切った。うちのフロア主任がやたらと大きな声で合いの手を入れてきたけど、あれって歌の下手な私に気を遣ってくれたのかな?
一仕事終えた気分でレモンサワーを飲みながら仕入課の主任さんが熱唱するハードロックを聴いているとトイレに行っていた長野ちゃんが血相を変えて戻ってきた。
「ゆ、ゆかりさん、大変ですぅ!」
「ん? どうかしたの?」
すっかり酔いが醒めた様子の長野ちゃんが私の横の席に腰を下ろす。触れた腰から彼女の体温が伝わってきた。
「隣の部屋に佐藤さんがいますぅ」
「えっ」
自分でも間抜けな声が出た。
「さっき何気なくドアの窓を覗いたら佐藤さんの姿が見えたんですぅ。あれ、絶対に佐藤さんですよぉ」
「……」
長野ちゃん。
それ、マナー違反だから次からやめようね。
……じゃなくて!
私は軽い動揺を抑えながら言った。
「他人の空似ってことはない? 佐藤さんほどじゃないけど爽やか系イケメンはいると思うよ」
「あれは佐藤さんですよぅ」
長野ちゃんが不満そうに口を尖らせた。うん、やっぱり怒った顔も可愛い。
とはいえ、ちょっと気になってきた。
でも、仮に佐藤さんだったとしてもわざわざ隣の部屋まで確認をしに行くのはどうかと思う。彼だっていきなり私が現れたら迷惑に感じるかもしれない。
あぁ、でも気になる。
けど、迷惑な女にはなりたくないし。
どっちつかずで悶々としているうちに何曲かが私の耳を通り過ぎた。私がやっと決心して立ち上がると長野ちゃんが
「浮気の件、あんまり追い詰めるとかえって別れる原因になっちゃいますから気をつけてくださいねぇ」といらんことを言ってくる。
それには応えず、私は部屋の外に出た。考え過ぎて少し目眩がしている。ただ廊下に出ただけなのに全く違う世界の空気を吸っているような気分になった。
「……」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
この声はエレベーターホールのほうからだろうか。
何だか胸がざわざわする。
私は声の聞こえたほうへと足を向けた。隣の部屋のドアの窓は見ないよう注意しながらその前を通り過ぎる。
エレベーターホールは通路より照明が絞られており、空気もひんやりと感じられた。
歩くとコツンと足音がやけに響く。それとも私の不安がそう聞こえさせているのだろうか。
「……!」
エレベーターのすぐ傍で男女が抱き合っている。
ふんわりとさせた栗色の髪の女の子と佐藤さんだ。それはもう疑いようもないくらい佐藤さんだった。
女の子は床にぺたんと座り込んでおり、佐藤さんは片膝をついて彼女を抱いていた。
二人とも抱き合ったまま動こうとしない。
やがて気配を察したのか佐藤さんがこちらを向いた。少し遅れて女の子も倣う。
「あ」
佐藤さんが短く漏らした。
私は数秒彼と見つめ合うと自分から目を逸らした。問い詰めるよりもこの場にいたくない気持ちが勝って逃げるように走り去る。
信じられなかった。
自分が見たものが夢であってほしかった。
「ゆかりさん待って、これは……」
佐藤さんの制止を無視して私は自分たちの部屋へと飛び込んだ。
*
「ゆかりさんお帰りなさ……」
部屋に戻った私に声をかけた長野ちゃんだったが最後まで言い終えぬうちに固まった。
そのくらい私は酷い顔をしていたのだろう。さすがに他のみんなも心配して
「どうしたの?」とか「具合でも悪いの?」とか訊いてきた。
私は「ちょっと休めば大丈夫」と応えて長野ちゃんの隣に座る。はぁっと盛大にため息をついた。
「佐藤さんだった」
「えっ」
唐突に話を始めた私に長野ちゃんが戸惑う。
私は構わず続けた。
「長野ちゃんが見たの佐藤さんだったよ。それと女の子もいた。抱き合ってた」
「えっとぉ」
そこに正答を求めるように長野ちゃんが中空に視線を走らせる。でもそんなところに答えがあるなんて私には思えなかった。あったら私が知りたい。
躊躇しながらも長野ちゃんが言った。
「その、佐藤さんも魔が差しただけかもしれませんしぃ」
「でも浮気だよね」
うっ、と長野ちゃんが小さく呻く。
「私、佐藤さんがあんな人だなんて思わなかった」
「ゆ、ゆかりさん?」
戸惑う長野ちゃんから飲みかけのレモンサワーへと目をやった。
頭の中にさっきの二人が浮かぶ。抱き合う佐藤さんと栗色の髪の女の子。確かにあの子は可愛かった。長野ちゃんとどっちが可愛いかと問われたら返答に困るけど可愛かった。
地味で根暗で電信柱みたいに背が高くて痩せっぽちな私なんか比べるのもおこがましいくらいあの子は可愛かった。
佐藤さんが乗り換えたくなっても……ううっ、そこまで認めるのはつらいかも。
*
突然、マナーモードにしていたスマホが震えた。
何となく誰からの電話かわかる。少しだけ逡巡してから応答した。
「あ、ゆかりさん」
やっぱり佐藤さんだった。
彼はほっとしたように息をつき、続ける。
「さっきのは誤解なんです」
「さっきの?」
私はわざと知らぬふりをした。
自分でも嫌な女だと思う。
けど、それをさせているのは佐藤さんだ。彼があんなことをしなければ私もこんなことはしない。
「さっきのって何? 私、何も見てないけど」
「いや、それ見てますよね」
佐藤さんがつっこむ。
私が応えずにいると彼はため息をついた。さすがにこのため息からは爽やかさが消えていた。
「ちゃんと話をしませんか。俺、エレベーターホールにいますから」
*
エレベーターホールには佐藤さんと女の子がいた。
女の子は彼と腕を組みどうだと言わんばかりににやにやしている。その横の佐藤さんはかなりばつが悪そうだ。苦笑するその表情にはどこか迷惑そうな印象があった。
ああ、そうか。
私、もう迷惑な女だよね。
けど、私は言ってやった。
「言い訳ならいらないから」
「いや、言い訳させてもらいますよ」
佐藤さんが応え、半ば強引に女の子との腕組みを解く。なおも腕を組もうとする女の子だったが急にへなへなとその場に座り込んだ。
「あ、おい、またそんなところで」
えへへーっと女の子がだらしなく返す。
この娘もしかして酔っ払ってる?
疑念が浮かんだとき佐藤さんが告げた。
「俺、ゆかりさんを裏切るようなことなんてしませんよ」
「じゃあ、その子は何?」
私は女の子を睨みつけた。彼女は全く怯まずへらへらと笑っている。
ああもう、と佐藤さんが片手を自分の額に当てた。
「彼女は会社の同僚ですよ。酔っ払った挙げ句タクシーで帰るって言うから、外まで送ろうとしていたんです」
「本当に?」
「ゆかりさんに嘘ついてどうするんですか。それに俺、ゆかりさん以外の女に興味なんてないですよ」
「……」
不覚にもその言葉にグッときた。
私は佐藤さんと女の子の間に割って入る。予想していたほど抵抗されず二人を引き離すことに成功した。アルコールの臭いと体温で相当に酔っていると判じる。というかよくここまで運べたなあ、さすが男の子。
「……この娘、タクシーで送るんだよね」
私が尋ねると佐藤さんがうなずいた。
「はい。でも、ご覧の通りの有様で」
「確認するけど、抱き合ってたんじゃなくて抱きつかれていたんだよね?」
「俺、この前プロポーズしたばっかりですよ」
「ちゃんとはしてもらってません」
「あ、まあ、そうですけど。そういう気持ちだって……」
情けない顔になった佐藤さんに少し罪悪感を覚える。事情は何となくわかってきたし、そろそろ勘弁してあげないといけないかな。
「とにかくこの子をどうにかしましょう」
私は佐藤さんと二人がかりで女の子を下の階まで運びタクシーに放り込んだ。その間に何度か女の子に抱きつかれたりしたけれど……うん、顔は可愛いけど長野ちゃんのほうがこの娘より柔らかいしいい匂いがする。
私なら長野ちゃんのほうがいいかなぁ。
走り去るタクシーを見送りながら、私はそう思うのであった。
*
「俺、ゆかりさんがいいんです」
再び上に向かうエレベーターの中で佐藤さんが言った。
「ゆかりさんがいてくれれば他はどうでもいいんです。ゆかりさんは俺じゃ駄目ですか?」
「……」
またもぐっときてしまい即答できなかった。
というかそれって何かずるい。
エレベーターが三階に着き、ドアが開く。
出ようとした私の腕を佐藤さんが引いた。そのまま身体ごと強く引き寄せられる。
とくんとくんと佐藤さんの心音が体温と共に伝わってきた。戸惑いつつも拒めずにいると背伸びした彼が私の唇を奪ってくる。
強引なキスはとても濃厚で甘く、私をとろけさせる。ドアが閉まるのも無視して私はその甘やかで淫らな時間に浸った。息の仕方を忘れてしまいそうだった。
やがて佐藤さんが私を解放し、爪先立ちしていたのをやめる。
私はまだぼんやりとした意識のまま彼を見つめ、心に浮かんだことをそのまま言った。
「ずるい」
「ごめん」
彼が応え、また背伸びすると今度は優しくキスしてきた。
本当にずるい、と私は思う。
でも、彼のキスは嫌ではなかった。むしろもっと欲しい。彼が私だけのものだと感じたい。
誰にも盗られたくない。
あなたは私のものだよね?
信じていいよね?
唇がまた離れていった。
失われた温度が恋しくて堪らなくなる。私は身を低めて自分から唇を重ねた。
狭いエレベーターの中で荒い息遣いといやらしい音が響く。もうさっきの女の子なんてどうでもいい。彼が欲しい。彼さえいてくれたら他はどうでもいい。
エレベーターが次に開くまで私たちはお互いを求め合うのであった。
**本作はこれで終了です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。