04 地味で根暗で電信柱な私だけど、あったかくしてくれますか?(後編)

文字数 1,509文字

 さらに幾つか質問すると気が済んだのか姉はもう一つの目的でもあった本を購入して帰って行った。

 去り際に「ゆかちゃんを泣かせたら承知しないからね」と言っていたけれどそういうことはないと信じたい……信じていいよね?

 佐藤さんは姉がいなくなってから営業の仕事に戻った。よく考えてみると姉は佐藤さんのお仕事を邪魔していた訳で……私は妹として大変申し訳なくなってしまった。

 商談が終わっ手から私は改めて姉のことを詫びた。

「すみません。姉のせいでお時間とらせてしまいましたよね」
「いやいや、そんな気にしなくていいですよ」

 佐藤さんが爽やかスマイルで応じる。

 利工書の本棚が並ぶフロアの隅で私たちは話をしていた。お客さんはほとんどおらずレジからも見えない位置にいるので何だか密会をしているような気分になってくる。まあ、レジからの死角は防犯カメラがカバーしているんだけど。

 そういえば佐藤さんに告白されたときもこんなシチュエーションだったなぁ。

 ふと思い出すと心音がとくんと跳ねた。

 私の心を読んだのか佐藤さんが声を甘くする。

「俺、清川さんがいると思うとこの店に早く行きたくて堪らなくなるんです。他の店には悪いんですけどやっぱりこの店が特別というか」

 彼は苦笑した。その顔がそれでもなお清涼感を残していて、ああ、イケメンはずるい。どこまでも素敵すぎる。

「営業マン失格ですよね。でも、俺には清川さんが何よりも最優先ですから」
「……」

 どうしよう。

 とりあえず新刊を百冊ずつ頼んでおこうかな?

 冗談ではなく本当にそうしてしまいたくなる自分がいて私はやっとの思いでその衝動を抑えた。うん、いくら何でも無茶な発注をしたら駄目だよね。

 けど、佐藤さんの役にも立ちたい。

 あ、私って男のために会社の金を横領しちゃうタイプなのかも。

 気をつけないと。

 私が内心で自嘲していると佐藤さんの手が伸びてくる。

 頬にそっと触れた彼の手は温かかった。微かに彼の鼓動が伝わってくる。

 私はじっと見つめてくる彼の瞳に吸い込まれそうになりながら自分の身体が熱くなってくるのを自覚した。とくんとくんと打ち鳴らしていた胸がとくとくとくとくとそのリズムを速めていく。

「清川さんのお姉さんにも言いましたけど」

 佐藤さんがやや恥ずかしげにささやく。

「俺、清川さんと一緒に暮らしたいです」

 頬から離した佐藤さんの体温が早くも恋しくなる。その穴埋めをするように彼は手を私の腰へと回した。ぐいと引き寄せられ私は抵抗することなく彼と密着する。彼の匂いが私を包み込んだ。体温も鼓動もさっきよりはっきりと私に伝わってくる。

「清川さん」

 耳心地の良い声を私は独り占めする。

 彼を盗られたくない、と私の深いところで暗い闇がのっそりと顔を覗かせた。ちらと浮かんだ過去の苦い思い出が私の闇を色濃くする。

「好きです、大好きです。ずっと傍にいてください」

 彼の想いが光となり私の闇を消していく。

 私は姉のように可愛くない。

 地味だし根暗だし電信柱みたいに痩せっぽちで背も高いし、今だって自分に自信がなくて不安だけど、それでも佐藤さんは私のことを好きと言ってくれる。

 その温かな心と身体で私を包んでくれる。

 寒いのは嫌い。

 でも、彼がいてくれるなら寒さにも堪えられる。彼と共にいたい。一緒に暮らしたい。

「私も佐藤さんの傍にいたいです。あなたが好き」

 自分の言葉に照れながら私も彼に腕を回した。彼は私より身体が小さいけど、その存在は私なんかよりずっと大きい。もうなくてはならないくらい大きい。

 きゅっと抱き締める力を強めた。彼も同じ強さで返してくれる。

 うん、あったかい。

 心の中でそうつぶやいた。
 
 
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