第16話 前哨戦?

文字数 4,285文字

 焼け付くような不快な日差しが降り注ぐアリーナ。日差しだけでなくアリーナを見下ろす観客席を埋めつくす群衆共の熱気も、このうだるような暑さに拍車を掛けている。

 前回の試合から1週間程経った今日もまた、特別試合という名目で私の処刑試合が行われていた。

 仮に私の処刑が為されなくとも、私が卑しい魔物との戦いを強要され常に命の危機に晒されて苦しむ姿を堪能できれば、連中にとっての溜飲はある程度下がるらしい。ジェラールがそう言っていた。

 いや、処刑してしまえばその一瞬で全て終わってしまうのに対して、この徐々に強くなる相手にじわじわと苦しまされる状態が長く続いている現状は、むしろこの国の貴族や国民共にとっては長く楽しめる最高の娯楽でありガス抜きであるとの事だ。

 単に処刑したり、遥かに強い相手と戦わせて一瞬で殺してしまうのは、私を楽にする(・・・・)行為だと考えているらしい。私がギリギリ勝てる、しかし油断すれば即死に繋がる……。そんな程好い(・・・)相手と延々と戦わせ、私に苦しみと死の恐怖を与え続けるという訳だ。

 それが私に対する、ひいてはロマリオン帝国に対する最高の罰であり、復讐であるとカサンドラや他の連中は考えているようだった。

 私に苦痛を与え続ける方法にしても、地下牢で拷問し続けるなり、娼館にぶち込むなりせずに、剣闘試合というある意味ではまどろっこしい(・・・・・・・)方法を取っている背景には、国民に対する慰留及び新しい闘技場の振興、そして何よりかつてカサンドラ自身がフォラビアで同じ目に遭ってきた事への意趣返しという面があるらしい。やはりジェラールがそう断定していたので間違いないだろう。

 全く悪趣味極まりないが、その悪趣味によって私は生かされているのもまた事実であった。そして生き残ってあの女に復讐するチャンスがある事も……!

 私を処刑せずに飼い殺して、挙句に剣闘士に仕立て上げた……。その判断をいつか必ず後悔させてやる。その思いが今の私を支える最大の原動力と言っても過言ではなかった。

 と言ってもその為には目下、目の前の相手を斃してこの試合を生き延びなければならないのだが。



「ふっ!」

 私は双刃剣の一方の刃を突き出す。狙うは相手の喉元だ。だが……

「ゲギャッ!」

 相手――ホブゴブリンは、持っていた盾を器用に動かして私の突きを逸らせてしまう。

「くっ……!」
 私が呻く暇もあればこそ、ホブゴブリンが反撃にもう一方の手に持った剣を薙ぎ払ってくる。

「……っ」

 その剣閃はそれなりに鋭く、剣で受けられないと判断した私は大きく後方へ飛び退って回避するしかなかった。先程から武器による斬り合いが続いており、その度に観客席から歓声が上がる。


 ホブゴブリンはレベル3の魔物だ。【アプレンティス】だった頃に戦ったゴブリンの上位種的な存在でありゴブリンの醜い容姿はそのままに、体格は人間の成人男性の平均とほぼ変わらないくらいだ。つまり私よりも大きい。

 その人間とほぼ変わらないフォルム通り、人間が着れる服や防具に関しては一通り身に着ける事が出来る。勿論武器も同様だ。

 野生下(・・・)では実際に、殺して奪った人間の服や武具を着込んで武装している場合が多く、人間の兵士や戦士と戦っているのとほぼ遜色ない相手と言える。

 当然決まった武装という物はなく、奪った物によっては剣だったり槍だったり、斧や戦槌などという場合もある。そして今私が戦っているホブゴブリンの武装は……剣と盾。


 どんな偶然か、奇しくもあの女……カサンドラと同じ戦闘スタイルであった。私は戦いの緊張と疲労によって息を荒げながらも、自然と口の端が吊り上がってくるのを自覚していた。

 面白い。いつか必ず辿り着いてみせるあの女に対する前哨戦(・・・)としてはピッタリだ。私は目の前の醜い魔物がカサンドラ本人であるかのように睨み付ける。私からすればホブゴブリンもカサンドラも大差ない醜さだったので、むしろおあつらえ向きだ。


「おおぉぉぉっ!!」

 私は気合の叫びで自分を鼓舞しつつ、自らホブゴブリンに斬り掛かった。ホブゴブリンも盾を構えて迎撃態勢になる。

 私が同じように剣を突き出すと、相手も同じように盾でそれを弾く。先程の攻防の繰り返しだが、私はそこで止まらず双刃剣の柄を回転させて、もう一方の刃を掬い上げるようにして間断なく追撃を加える。

「ギギャッ!?」

 双刃剣の軌道に幻惑されたホブゴブリンが追撃に対処しきれずに斬り上げを喰らい、血がパッと噴きだす。粗末な鎧に阻まれて致命傷とは行かなかったが、手傷を負わせる事はできた。

 どのみち双刃剣という武器の特性と私自身の膂力の無さから、一撃必殺とは残念ながら行かないのは織り込み済みだ。双刃剣はそれを手数で補う事を可能としており、私にとっては適した戦闘スタイルと言える。

 ホブゴブリンが剣を振るってくるのを跳び退って躱すと、再び距離を詰めて双刃剣を振るう。いわゆるヒット&アウェイだ。膂力や体力勝負では相手にならないので、絶対にまともな正面衝突は避ける。

 相手も盾を使ってこちらの攻撃を弾いてくるが、双刃剣は攻撃を弾かれる後の反撃や追撃が非常にやりやすい武器であった。盾を持った防御重視の相手とは相性がいいらしい。

 結果として私が操る2本の刃は、相手の盾による防御を掻い潜って次々とその身体に切り傷や刺し傷を穿っていく。

 人間なら死んでいてもおかしくないくらいの傷を既に与えているはずだが、流石に魔物だけあって中々しぶとい。だが奴の動きは既に見切った。

 傷だらけになったホブゴブリンが怒り狂って反撃に剣を振り下ろしてくる。最初と比べればその動きは鈍くなっており躱すのは容易だ。私は敵を追い詰めている時こそ最も油断や焦りは禁物だというジェラールの教えを忠実に守って、極力冷静に身を反らして斬り下ろしを回避した。

 ホブゴブリンの体勢が崩れる。私はその隙を逃さずに、今度こそ刃で敵の喉元を斬り裂く事に成功した。

 そこは人間と大差ないようで、急所を斬り裂かれた魔物は大量の血を噴きだしながら崩れ落ちた。


『お……おぉぉぉー!!! な、何とクリームヒルト選手、レベル3のホブゴブリンを危なげなく倒したぁぁぁっ!! 武装すれば一般の兵士も上回る強さであるホブゴブリンを無傷で圧倒するとは……。北の魔女は既に【アデプト】に相応しい実力を身に着けている事を認めねばならないかぁっ!?』


 ――Buuuuuuuuuuuuu!!


 司会の驚愕に観客共の罵声や怒号が響き渡る。だが耳障りなBGMなど全く気にならない。私は息を荒げながらも激しい手応えに興奮していた。

 ジェラールにより厳しい訓練を願い出て、修行を続けてきた効果は確実に表れていた。レベル3の魔物が1対1であれば徐々に相手にならなくなりつつある。

 それだけではない。今回はカサンドラと同じ戦闘スタイルの相手を圧倒したのだ。この分ならあの女にも勝てるのでは? そんな思いが内心に浮かぶのを抑える事は出来なかった。

 きっとジェラールはあの女を買い被りすぎているのだ。面白くは無いが、何と言っても個人的に忠誠を誓っているらしいから。その色眼鏡が無ければ、実際には既にあの女より私の方が強いと気付くかもしれない。


 そんな半ば浮かれた(・・・・)気分でアリーナを退場して通路を歩いていると、道の先にジェラールが佇んで私を待っているのに気付いた。

「ジェラール! 見ていてくれた? カサンドラと同じ戦闘スタイルの敵に圧勝したわ! 今だったらもうあの女にだって負けないはずよ! ねえ、あなたもそう思うでしょう?」

 自分の弟子(・・)とも言える私が、これだけ強くなったのだ。それは彼にとっても喜ばしい事のはずだ。私は自信満々に同意を求めるが……


「……今の段階で本気でそう思って増長しているなら、お前は永久に陛下の足元にも及ばんだろうな」


「な…………」

 にべもない態度に私は絶句してしまう。だが彼は徒に私を貶めている訳ではなく、至って真顔のままであった。

「以前に言ったはずだぞ。陛下は俺ですら下手をすれば負ける程の腕前だと。お前は俺に勝てるのか?」

「……っ。それは……でも」

 確かに以前にそう聞いた記憶はある。だがそれは彼の個人的感情による色眼鏡であって……。すると彼が溜息を吐いた。


「お前が何を考えているかは解っている。だが俺が口で何を言っても納得はすまい。そんなお前に知らせだ。今より2週間後……陛下の試合(・・・・・)がある」


「……っ!?」
 あの女の試合!? 目を見開く私にジェラールが説明する。

「以前謁見の間でお前の沙汰が言い渡された時、陛下は国威高揚の為にご自分も定期的に試合をすると言ったのを覚えていないか? ……まあ、それどころではなかっただろうから覚えてはいないか。2週間後はその定期試合の日に当たる。俺が許可を取るから、お前にも特別に観戦させてやろう。そこで実際に自分の目で確かめてみるがいい」

「……!」

 あの女の試合……。それを実際に見られる? 面白い。あの女が本当にジェラールにここまで言わせる価値があるのかこの目で確かめてやる! 


「ただしそればかりを気にしてもいられんぞ? その前に今から1週間後、またお前に対してあの『火炎舞踏会』のような特殊な試合が行われるそうだ。ブロルから通達があった。それを生き延びられれば、という話だな」


「……っ! と、特殊な試合……?」

 私は一転して不安に駆られる。同時にあの『火炎舞踏会』を思い出した。あれは一歩間違えれば大火傷を負っていた可能性がある、かなり危険な試合であった。またあれと同じ……いや、場合によってはあれ以上に危険な試合をしなければならないのだろうか。

「ど、どういう形式なの?」

「残念ながら解らん。試合の名前さえもな。恐らく前回、『火炎舞踏会』という名前から試合内容を推測されて対策を立てられたのを警戒しての事だろうがな」

「そ、そんな……」

 それでは本当に対戦相手は勿論、試合形式も解らないまま、ぶっつけ本番で戦いに臨めという事なのか。 

「……悲観するなという方が無理だろうが、お前は今お前に出来る事をやるしかない。即ち少しでも訓練を積んで武技を鍛え、どんな状況や相手にも対応できるようにしておく事しかな」

「……っ」

 そうだ。私に拒否権はない以上、出来る事はただひたすら自分を鍛えて、理不尽に抗う力を身に着ける事だけだ。

 それにその試合を乗り切れば、カサンドラの試合を見る事ができるのだ。色んな意味で何としても負ける訳にはいかなかった。私は再び迫る不穏の予兆に対して決意を固めるのだった……
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