第3話 魔物狩り

文字数 2,925文字


『さあ、南の門より登場しましたのは本日の特別ゲスト、不倶戴天の悪逆の帝国ロマリオンの皇女クリームヒルト・ロマリオン! この世で最も罪深き血を引く白面の魔女が、血に塗れ無様に死にゆく姿を見れるのか!? 注目瞠目刮目だぁぁぁぁっ!!』

 ――Buuuuuuuuuuuuuu!!

 再び私に対して大ブーイングの嵐が巻き起こるが、今の私にはそれを気にしている余裕はない。今までに3度乗り越えてきているが、今度も同じように行くとは限らないのだ。

 失敗すれば、即ち死。そんな状況で緊張しない訳がない。気を抜ける訳がないのだ。剣を握る手に力が籠もる。


『そして北の門より、本日の対戦相手の登場だ! 雑魚とは言え魔物! その牙には人間を殺傷する威力があり油断は禁物だ! 脅威度レベル1の害獣、ファングラット3匹(・・)だぁぁぁぁっ!!』

「……!」

 観衆どもの歓声と共に対面の通路の奥から、勢いよく何かの影が3つ飛び出してきた。尻尾を含めない体長が1メートル程もある巨大ネズミ、ファングラットだ。

 長い尻尾を含めた全長だけなら2メートル近い。3匹とも薄汚い茶色か灰色の体毛で覆われており、普通のネズミの前歯に相当する部分に名前の由来ともなっている特徴的な長く鋭い牙が生えている。

 あれに噛まれたら大人でも重傷を負う事がある危険な魔物だ。ましてや今の私は限りなく肌を露出した頼りない『鎧』しか身に着けていない状態なので、噛まれる事は絶対に避けなければならない。


 因みに司会が言っていた脅威度レベルというのは、この大陸に生息する野生動物とは異なる、生態系の輪から外れた異質な存在である魔物共の、文字通り脅威度を表す指標である。

 魔物は何故か人間しか襲わない性質があるので、全ては人間にとっての脅威度という事になる。

 全部でレベル1からレベル10までの脅威度が設定されており、軍による討伐や駆除の優先順位が分けられている。

 レベル1と2は【個人規模の危機】とされる脅威度で、訓練を受けた兵士であれば1人でも問題ないとされるレベルだ。目の前のファングラットは単独(・・)ならレベル1に相当するという訳だ。

 それより上は、

 レベル3と4が【村や集落規模の危機】
 レベル5と6が【都市規模の危機】
 レベル7から8が【大都市、都市国家規模の危機】
 レベル9が【国家規模の危機】
 レベル10が【大陸規模の危機】

 という分類となっている。

 当然私にとっては、レベル1でも全く油断できる相手ではない。しかも今回はそれが3匹だ。過去3回の試合は初戦がファングラット1匹。2回戦目が2匹。3回戦目が同じレベル1の魔物ホーンラビットが2匹という構成だった。

 私が生き延びる毎にじわじわと難易度が上がってきている。間違いなくカサンドラの意向だ。私を徐々に追い詰めて殺す気なのだ。奴自身が実際にそう言っていた。だがあの女の陰険な思惑になど絶対に乗ってやるものか。


 私は改めてそう決意すると共に、目の前に迫ってくるファングラットに意識を集中させる。敵は複数だが、幸い知能が低いので複数の強みを活かして連携攻撃を仕掛けてくるといった様子はない。

 先頭に居たファングラットが飛び掛かってくる。その牙は私にとっては脅威だが、当たらなければどうという事はない。過去に2回戦っているので、動きの癖などは何となく掴めてきていた。

 私は大きく後ろに飛び退った。すると目測を誤った魔物が噛み付きをすかして無防備な状態になる。

「はっ!」
 気合と共に剣を突き出す。敵は3匹いるので一匹を倒すのに時間を掛けられない。

「ギュギィッ!!」

 ファングラットの口腔に剣先が突き刺さり、魔物が奇怪な悲鳴を上げて痙攣する。これで一匹。だがその時には既に他の二匹が回り込むようにして左右から迫っていた。観覧している愚民どもが歓声を上げる。


 悠長に死体から剣を引き抜いている時間はない。私は思い切って死体が刺さったままの剣を、向かって左側のファングラットに対して思い切り振り下ろした。

 振り下ろしの勢いで死体が剣から抜けて、迫っていたファングラットに叩きつけられてその動きを妨害する。その間に右側のファングラットが飛び掛かってきた。

「……っぁ!」
 私は咄嗟に上体を捻るようにして、間一髪でその噛み付きを躱した。私を通り過ぎて着地した魔物の背中に剣を振り下ろす。背中を斬り裂かれたファングラットが絶命する。これで二匹。

 その時、仲間の死体を潜り抜けて最後の一匹が、今度は飛び掛からずに私の脚に噛み付こうと牙を剥いてきた。例え脚であっても噛みつかれたら重傷を負う可能性が高い。

 私は地を這う魔物に向かって剣を突き立てるが、何と魔物は蛇行するようにして私の攻撃を躱した!

「……!?」

 そのまま私の脚に噛み付いてくる。太ももは剥き出しなので、噛みつかれたらマズい。私は咄嗟に片足を上げて脛当てに覆われた下腿を盾代わりにする。

 ファングラットが私の脛にかぶりついて来た。脛当てによって、噛み付きそのものによる重傷は防げたが、片足立ちの不安定な状態だった為に衝撃に抗えず尻餅を着くように転倒してしまう。


 周囲の歓声が更に盛り上がる。だが私はそれどころではない。脛当てに噛み付いていた魔物が、牙を離して再度私の喉元に噛み付こうと飛び掛かってきたのだ。

「くぅ……!」
 私は咄嗟に剣を手放して両手でファングラットの顔を受け止める。ギリギリで奴の噛み付きを留める事が出来た。だが剣を手放し両手もふさがっているので攻撃ができない。ファングラットは狂乱したように私に噛み付こうとグイグイ身体を押してくる。

 レベル1の雑魚とは言え魔物だ。私は女であり特に膂力に優れている訳でもないので、その押し込みに完全には抗えずに、徐々に魔物の顔が近づいてくる。

 観客席は興奮に更なるボルテージに包まれている。

 マズい。このままでは……!

「……っ!」
 私は咄嗟に脚を折り曲げて、魔物の腹を下から蹴り上げる事に成功した。蹴りがまともに入って魔物が怯んで吹き飛ぶ。

 私は目を血走らせて、必死に落ちている剣に飛びついた。蹴り飛ばされたファングラットが怒りの叫びを上げて飛び掛かってくる。

 私は剣の柄を握ると、無我夢中で振り返りざまに剣を突き出した。

 ――ズシュッ!!

 剣が肉を貫く音と感触。間一髪、突き出した剣が運良くファングラットが飛び込んでくる軌道に当たったらしい。身体を串刺しにされた魔物が息絶えた。これで三匹。


「はぁ! はぁ! はぁ! ふぅ……!」

 私は詰めていた息を吐き出した。緊張の反動で大量の汗を掻いて息を乱しながらその場に仰向けに横たわった。

 かなり際どかったが、今回も何とか生き延びる事ができたようだ。


『お、おぉぉ!! クリームヒルト、今回は3匹のファングラットを同時に相手取って生き延びる事に成功したぁっ!! 流石の悪運の強さです! 残念ながら(・・・・・)今回の処刑は延期となったぁぁっ!!』


 ――Buuuuuuuuuuuuuu!!

 エレシエルの土人共の罵声や怒号が響き渡る。いい気味だ。お前達の思い通りになど絶対になるものか。

 奴等の悔しがる叫びが今の私には、最高に心地よい楽曲に聞こえていた……
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