人間の尊厳

文字数 502文字

乗客らは歯をむき出して笑っている
しし しし と黄色い犬歯を披瀝しあう
互いの腕は二重 三重 四重に絡みあい
首はとぐろを巻いて睦びあう

車内は醜怪な笑いの波間である
娑婆の太陽は薄汚い窓からいやらしい舌を差し入れ舐め回す
もっと!もっと! と
はしたない声々が弾け需要過多に陥る

私宅被監置者らにとって【君が代】は唯一の音楽である
言葉と旋律は口移しにされ やがて輪唱となり
小節ごとに不敬を働く咎で瞼の庇に冷たい雲がかかる

麓の停留所にて【象徴】としての黒い人型の霧が乗ってくる
乗客らの顔を下から覗き込み一人一人に祝福を授ける
くすぐったそうに身を捩るがまんざらでも ない

そこ

そう、そのカーブの先―

未明までの豪雨で山肌はたっぷり雨水を含んでいて
バスが通過するときの振動が崩落を誘発し
怒涛の土砂が車体を崖下へ突き落とし
谷底で横転したバスは大破し

「たちまち

 炎上する」


自動記述(よてい)されている

「投げ出された者は一人残らず
 
 【神代】より迸る濁流へ

 呑み込まれる」

とも

(いついかなる歴史の領分においても
 我々は
 飽かず文盲なので)

今はただ

乗客らは歯をむき出して笑っている
雁首そろえた向日葵のように揺れて
御下賜を乞う顔は白痴のそれである


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