第36話

文字数 3,372文字


「やっぱりキリがない」

 何十本か目の尻尾を切り落としながら、咲が呟いた。
 攻撃を防いでは遼馬本体に近寄り、また攻撃を防ぎ。

「でも、ちょっとずつでも距離詰めれてる。そろそろ仕掛けないと」

 背後に目を向けると、かんざしを掲げているあやめの姿があった。
 疲労が目に見えてわかる。

「織斗くん! いけそう?」

 咲の声に、織斗は立ち上がって声を張り上げる。

「俺だけ休憩しててごめん! いける!」

 ケースの中身、トランプの数がさっきより増えていた。

「本当に大丈夫ですか? あなたの術力が切れたら終わりですよ」

 後ろを振り返りながらも、かんざしを掲げたままのあやめ。
 織斗はあやめの肩を叩き、前に出た。

「あとは任せろ。神木兄妹がサクッと終わらせてくる!」
「……頭の悪そうな決め台詞やめてもらえます?」

 ため息をつくあやめが、水柱を一旦かんざしの中に戻した。

「超絶絶対頭が悪いあなたのために、私が手助けします。私の前に立ってください」
「だからおまえ、日本語が……」
「咲さんのところまで橋架けします」

 トンっと、両手でかんざしを握るあやめの手が織斗の背中に触れる。

「えっ、ちょっと待て、橋架けってまさか……」
「ジェットコースターはお好きですか?」
「どちらかと言うと、すげー好き」
「それでは、いってらっしゃいませ。解印」

 かんざしから噴き出した水柱が織斗の背中を押し、身体が宙を舞った。
 織斗を乗せた水柱は天に弧を描き、地上を這う尻尾を軽々と飛び越えて咲の前に落ちる。

「え? 織斗くん?」
「ジェットコースターじゃなくてウォータースライダーだろ、これ!」

 ずぶ濡れになった織斗を見下ろす咲。
 織斗は服についた水を払い、あやめに振り返る。

「覚えとけよ! あとで倍返ししてやるからな!」

 あやめは無表情のまま、指を三本立てる。

「そっちは三倍返しだって? なんでだよ!」
「……よくわかったね、今のジェスチャー……」
「わかるだろ、普通に。あいつ日本語おかしいから、ああやって身振り手振りで会話するのが常なんだろ?」
「違う……と思うけど」

 カチッと、ケースからトランプを取り出す織斗。
 数枚を宙に放り投げ、地面を蹴って遼馬に向かって飛んだ。

「炎と水、合わせて爆発!」

 織斗の言葉通り、絡み合って放たれた炎と水が宙で爆発して、辺り一帯の尻尾が灰になった。
 先端を失った尻尾が、ズルズルと根元に戻っていく。

「織斗くんが頭使った攻撃してる……どうしたの、頭大丈夫⁉︎」
「咲おまえ……」
「あ、そんなことより作戦があるんだけど」
「頭悪い俺の脳が理解できればいいけどな。なに?」
「本体を攻撃しないとダメみたい。尻尾を私が引き付けて、可能なら拘束しておくから、織斗くんは本体を攻撃して」
「わかった」

 遼馬に向き直る織斗と咲。縮こまった尾がぶわっと広がり、織斗たちに襲いかかる。

「まずは足場をお願い」
「クラブの7、8、9、解印!」

 織斗がカードを投げると、周囲の空を囲むように蔓が伸びた。
 その上に登った咲が、頭上から一気に遼馬本体に近寄る。

「出来るだけ全ての尾を、絡めて……」

 空中で手をくるくると回す咲。周囲に糸が張り巡らされ、尻尾を絡めていった。
 細い尻尾の拘束は簡単だが、太い方は糸が巻きつかない。

「とりあえずこれだけでも……織斗くん、攻撃!」

 咲の合図で、織斗はカード数枚を遼馬に投げつける。
 強靭な刃を持った剣が出来上がり、遼馬に向けて一直線に飛んだ。
 ズチュッと、鈍い音がして尻尾の尖端に刃が突き刺さる。
 赤い血が滴るが、致命傷には至らない。

「ダメか。あの太いの何とかしないと……全部燃やす! ハート、10と11、12、解印」

 三枚のカードを放り投げると、織斗の頭上で青白い炎が燃え上がった。

「咲、避けとけ!」

 青の炎を、織斗は遼馬に向けて放つ。
 咲は蔓に飛び上がり、織斗のところへ戻ろうとした。
 しかし背後でヒュウっと風の音がして、振り返ってしまった。

「……風?」

 途端、爆風が起こり咲の体が天高く吹き飛ぶ。
 受け身をとっていた咲だが勢いは強く、織斗の頭上を飛び越えて更に遠くまで飛んだ。

「あやめ! 咲のこと頼む!」

 自分のところに攻撃が来ないことで惚けていたあやめだが、立ち上がって咲の着地点に回る。

「解印、かいいんっ」

 あやめは地面にかんざしを突き立て、土を水に変えた。
 水溜りのような小さな水穴に、ドボンっと咲の身体が沈む。
 一メートル四方の水溜りだが底は五メートルと深く、落ちても水の中なので衝撃は少ないだろうと考えての策だった。

「いったぁー、身体打ちつけた」

 水面から顔を出した咲が苦笑いで腰を押さえる。

「ごめんなさい、水面での衝撃を考えていませんでした」
「あはは、地面に落ちるよりはマシだから大丈夫」

 咲は水穴から這い上がり、頭を振るう。購入したばかりの真新しい制服がびしょ濡れだった。
 困ったな、明日学校あるのに。などど、思考はクリアで、そんな現実的なことを考えていた。

「……こっちを攻撃してこないね」

 樹林の近くでは、織斗が一人で尻尾と戦っていた。
 咲たちの方を窺う様子もない。

「近くにいる人が攻撃対象なのかな? でも私が戦ってた時はあやめちゃんたちにも攻撃してたよね?」
「あの人が向こうに行ってから、攻撃が止みました。私一人になった途端向きを変えて、咲さん達がいる方に戻って……」
「まさか、織斗くんを狙ってる?」
「攻撃対象が目の前にいるからね、あんたらの事は目に入ってないよ」

 突然割り込んできた声に、咲とあやめは声の方に振り返る。

「ひさしぶりー、であってるかな? ヒロの従妹と神木の双子の妹」

 背後にいたのは薄紫の直垂を着た少年。
 緋真の従者、時雨だった。神木の従者である姫未と対になる存在。

「お久しぶりです」とあやめ。
「あ、えっと、お久しぶり? です」と戸惑いを見せる咲。

 時雨はにこりと微笑み、織斗と遼馬のいる方に目を向けた。

「で、なにこの状況? もしかしてあの子、ヒロの血でも飲んだ?」
「はい、今日の夕方に」
「ふーん……困るんだよねー、こういうの。あんたら一族はさ、血が特別な意味を持ってるってわかってる?」
「承知しています」
「神木の妹さんは?」
「え、私……も、はい。わかってます」
「いやいや、何で敬語? フツーにタメ口でいいよ」
「でもあやめちゃんは……」
「この子は緋真の子だし、見た目もオレより幼いから。歳も随分若いけどね」
「姫未ちゃんと同じなら、千二百歳?」
「だいたいそれくらいの年齢、オレは。それより、他人の血に触れるだけならまだしも飲み込むなんてもっての他だから。気をつけてね?」

 ジロリと睨まれ、咲はコクコクとうなずいた。

「じゃあ、特別に打開策を教えてあげる」
「打開策?」
「千二百年も生きてればさ、ああいう化け物に遭遇する機会も多かったんだよね」
「今までにも、こんな事が?」
「昔は今みたいにのほほんとしてなかったからね。本気で狩る感じでやりあってたし、当主様の為にって身を捨てるやつばかりだったよ。んで、オレが言えることは一つ。アレを人間だと思うな」
「……え?」
「人間としての意識はもう喰われてる。あれは獲物を狙うだけの獣と同じだ。殺せ」
「でも封印すれば、武器の中で浄化して人間に戻れるって織斗くんが……」
「封印する余裕なんかあるの? まだ術も使ってないアレ相手に?」
「……無理ですね」

 答えたのはあやめだった。
 かんざしを顔の前に掲げ、遼馬を見つめる。

「彼はまだ本気を出していない。なのに、三人がかりでもこの状況」
「でも、広がくればなんとか……」
「当主様の手は煩わせません。当主様が起きる前に私が必ず……できる限りの力をもってぶっ倒します」
「あぁ、そうだね。ヒロが今、目を覚ましたら大変なことになるね」

 くすくすと笑う時雨を軽く睨み、あやめはその視線を遼馬に向けた。

「なんとかします、私が」
「……あやめちゃんだけじゃ、どうにもならないでしょ?」

 咲はリストバンドの中から針と糸を抜き取り、くるくると指に絡める。

「私と織斗くんは接近戦でやるから、あやめちゃんは援護お願い」
「承知しました」

 空に飛び上がる咲に向かって、あやめがかんざしを掲げる。

「解印」

 かんざしから水柱が噴き出て、咲の身体を押した。
 勢いに任せ、咲は遼馬本体の元まで飛んだ。
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登場人物紹介

○神木《かみき》 織斗《しきと》


神木の当主、高校2年生。

術師家系の本家長男として生まれたが、『普通の生活を送ってほしい』という両親の遺言により、何も知らずに生活していた。

頭が悪いわけではないが勉強をしないので成績は悪い。

○神木《かみき》 咲《さき》


織斗の双子の妹。

神木家を離れて育ったため、織斗は咲の存在を知らなかった。

田舎育ちなため身体能力は人並み以上だが、人間社会で暮らしていくための常識はほとんどない。

術印はリストバンド、水の能力を持つ。

●緋真《ひさな》 広《ひろ》


織斗の十年来の幼なじみで親友。

京都に本家を構える名家の跡取り長男だが、小学校入学と同時に東京分家へと追い出された。

容姿端麗成績優秀運動神経抜群で、織斗曰く人間が欲する殆どの才を持っている、

当たり前に不平等に、神様に二物も三物も与えられた人間。

●桐谷《きりゅう》 あやめ


緋真のナンバーズで広の従妹、中学一年生。

術印はかんざし、能力は水系。

父親は広の叔父(緋真本家の次男)だが、孕ったことを知らなかったため、あやめは緋真家とは無縁の場所で母と二人で暮らしていた。

○市原《いちはら》 結奈《ゆな》


神木のナンバーズで織斗の従妹、高校一年生。

能力は召喚系、ブラックというコウモリ型人間を召喚して戦う。

術印は飴袋、中にある飴の色で術の効果が変わる。

心の声が漏れているが、本人は気が付いていない。

●緋真《ひさな》 啓次《けいじ》


広の実弟、高校一年生。

生まれつき身体が弱く入院生活を送っていたが、交通事故にあって瀕死の状態になる。

死の直前でケイジに身体を貸す事を条件に、命を繋いで魂はしばらく眠る事になった。

◎ケイジ

織斗たちの前世時代から来たと話す、魂だけの存在だった男。

啓次の身体を借りて現世に留まることができ、緋真啓次として過ごす。

○中村《なかむら》 凛《りん》


神木家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

機械が好きで、常にパソコン三台を鞄に入れて持ち歩いている不思議少女。

●五十嵐《いがらし》 后《コウ》


緋真家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

凛と同じく機械が好きで、緋真家の電波担当。

○姫未《ひめみ》


神木の従者を名乗る手のひらサイズの和装少女。

見た目は十六歳程度。

織斗の戦闘をサポートするために常に側にいる。

◎時雨《しぐれ》


緋真の従者を名乗る少年。

見た目は十四歳程度。

姫未ほどのやる気はなく、ほとんどの時間を不在にしている。

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