第13話

文字数 3,563文字

 咲を連れて自宅に戻った織斗。ソファに寝転がっていた祖父、元助を引っ張り、リビングのテーブルに座った。
 織斗と咲が隣に座り、その向かい側に元助。

「なんだ、織斗。彼女か?」

 咲をみた元助が尋ねる。咲はビクッと肩を震わせ、視線を逸らした。

「んなわけねーだろ。つか、爺ちゃん知らねーの?」
「何がだ?」
「こいつ、俺の妹だって言ってんだけど」

 織斗の言葉に、元助は息を飲んだ。

「妹って、まさか……」
「咲って名前らしいんだけど」
「さき?」
「双子なんだよな」
「あ、はい」
「さっき一緒に戦ってくれたんだけど、神木の術印使ってた。ナンバーズなんだよな?」
「はい、たぶん。神木の力が解放されたことに、何となく気づいて術も使えるようになって」
「ほら、こいつ最初から術の使い方とか、あと神木一族の事とか知ってたんだ。神木の親族には変わりないだろ」
「そうだな……目元と口元が、母親に似ている」

 その言葉に、織斗は仏間にある母親の写真を思い浮かべた。
 隣に座る咲と比べてみるが、よくわからない。

「じゃあ、やっぱり俺の妹なの?」
「……たしかに。おまえには双子の妹がいる」
「そうか、よかったな!」

 織斗に肩を叩かれた咲が、なんとも言えない表情で微笑む。

「でも、俺、双子の妹がいるなんて知らなかったんだけど、何で黙ってたの?」
「……サキ、だったよな?」
「え? 私の名前ですか? ……はい」
「なんだよ、爺ちゃん。孫の名前くらい覚えてるだろ? まさかそれも忘れてた?」
「サキは、身体が弱くて。都会の空気はよくないだろうと、地方の親戚に預けていた」
「俺の話は無視かよ。いいけど」
「それで、長くは生きれないと言われていたから、織斗には黙っていた。両親を失った上に双子の妹までとはあまりにもと思って」
「なんだ、それ。言わない方がどうかしてるだろ。で、今は大丈夫なの?」
「…………」
「おい、咲、今は身体大丈夫なのかって」
「え? ああ、はい……病気は、してない……全然。元気です」
「なら良かった」
「……はい」

 下を向いて返事をする咲。
 膝の上で握る拳が、少し震えていた。





 納戸に新しいベッドがあると元助から聞き、織斗はさっそくそれを自分の部屋で組み立て始めた。

「それで、咲ちゃんはこの家で暮らすことになったの?」

 机の上に座る姫未が尋ねる。
 織斗は作業を続けながら、「まあな」と答えた。

「岡山で暮らしてたんだっけ?」
「すげー田舎らしい。で、俺が封印解いたことに気づいてこっちにきたって」
「ナンバーズにはそういう察知能力あるからね。これからまた新しい子が来るかもね」
「そしたら部屋足りなくなるな、結奈の家に置いてもらうか」
「みんなでこの家で暮らすの? ていうか、咲ちゃんはこの部屋で寝るの?」
「え?」

 組み立てたベッドを、織斗は自分のそれと合わせて二段ベッドにしようとしていた。
 姫未に言われ、首を傾げる。

「これ、二段ベッドにできるって爺ちゃんが」
「そうじゃなくて、同じ部屋ってありえなくない? 双子って言っても男女でしょ 高校生でしょ? ていうか咲ちゃん学校は? 転校するの?」
「……なんか、現実的な問題が次々と」
「当たり前でしょ、なにユルユルにしようとしてんの?」
「それいうなら、俺の部屋を自由に出入りする姫未だって」
「私はマスコットだからいいの!」

 その時、部屋のドアが開いて咲が部屋に入ってきた。
 服がないからと貸した、織斗の中学時代の体操服。百五十九センチの咲には大きくて、着られている感じになっていた。
 彼シャツならぬ、兄シャツ。
 首を傾げる咲の、乾かしていない髪から水が滴り落ちる。

「二段ベッド……ですか?」
「あ、いや」
「じゃあ、私は下ですね」
「何でだよ! 俺が下のつもりだったから!」
「当主様の上では寝れません。あ、組み立てるの手伝います」
「俺だって、女のおまえの上で……」
「だーかーらー、なんで二段ベッドなの? ていうか、部屋別々にしたら?」

 姫未の提案で、組み立てたベッドを隣の部屋に運び込む。
 一人で持ち上げようとした織斗だが、咲が当然のように反対側を持つ。

「大丈夫ですか? 私一人で運べますけど」
「いやいや女一人に……おまえ、力あるな」
「田舎で暮らしてましたから」
「…………」

 田舎で暮らすことと力持ちなことが繋がらなかった織斗だが、黙ってベッドを運んだ。

「そういえば咲、学校はどうすんの?」
「行ってません」
「……は?」

 物置となっている部屋にベッドを置き、咲は丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございました」
「あ、いや、それはいいんだけど」
「部屋のレイアウト、変えてもいいですか?」
「それは自由に、咲の部屋だから」
「ありがとうございます。先にお風呂頂いてすみませんでした、当主様もゆっくりお休みください」
「あ、あぁ……じゃあ」

 追い出されるような形で織斗は咲の部屋を後にする。
 自室に戻ると、姫未が枕の上に寝転んでいた。

「おい……おい」
「なによー、私身体小さいんだから、手伝えないわよ」
「そうじゃなくて、くつろぎすぎだろ」

 ベッドの上に腰を下ろす織斗。
 姫未はうつ伏せになり、肘をついて織斗を見上げた。

「仲良くやっていけそう?」
「どうだろうな。聞きたいことは色々あるけど、話しかけづらい」
「まあ、簡単に家にあげて簡単に一緒に暮らすなんて、どうかしてると思うけどね」
「……姫未、なんか怒ってる?」

 姫未は目を丸くした後、フッと笑った。

「ヒロインの座を奪われちゃったなーと思って」
「え、そんなこと? いやいや、咲は妹だし」
「でも咲ちゃん可愛いでしょ?」
「……何で嫉妬してんの?」

 その質問に姫未は答えなかった。
 ふふっと小さく笑ったあと、枕に顔を埋める。

「でもまあ、別の部屋にしたから許してあげる」
「それはおまえが男女は別々って」
「咲ちゃんいたら、私自由にこの部屋入らなくなっちゃうじゃない」
「……嫉妬してんの?」

 姫未はいたずらに笑うだけで、答えようとはしなかった。





 翌日、学校に向かうといつも通り敵に襲われた。
 戦おうとした織斗だが、咲が現れてあっという間に糸で敵を拘束した。
 封印は任せると言われ、織斗は身動きできない相手にジョーカーを押し付けて封印した。
 そしていつもより早い時間に学校に着いた。

「あれ、神木早いね!」

 教室に入ってすぐ近寄ってきたのは、クラスメイトの川谷(かわや)だった。

「よかったー、みんな困ってるんだよ!」

 そう言いながら川谷が指を差すのは、自席に座ってスマホを叩いている広の姿。指の動きからして、パズルゲームらしきものをしているのだろう。
 黙認されてはいるが、校則では校内のスマホ使用は禁止となっている。
 あれだけ堂々としているにも関わらず誰も注意しないのは、纏うオーラが真っ黒だからだろう。

「すげー苛立ってんな……」
「怖いよな、今日の緋真!」

 ケラケラっと陽気に笑う川谷からは、恐怖心など微塵も感じられない。

「神木さぁ、何とか言ってきてよ」
「なんで俺が……いや、マジでなんで?」
「仲良いだろ、神木と緋真」
「放っておくのも優しさだと思う」
「クラスの雰囲気が悪くなるんだよ。あれだけ堂々としてたら、先生も困るだろうし。俺としてはゲームしる緋真、レアキャラすぎて面白いんだけど」
「……川谷はいいな、人生楽しそうで」

 不機嫌の原因は自分、神木と緋真の関係にあることは明らかだ。
 気乗りしない織斗だが、川谷に背中を押され、広の席へ向かった。
 チラチラと、教室中の視線が織斗に集まる。

「なぁ、広……学校でスマホは……」
「問題ない。許可を得ている」
「許可? え?」
「それよりお前、よく気軽に俺に話しかけてきたな」
「いや、だってみんなが……」
「雰囲気が悪くなるなら帰ろう。そしてお前は二度と、俺に話しかけるな」

 大袈裟にスマホを机に叩きつけ、広は席を立ち上がった。
 鞄の中に教科書とスマホを詰め込み、無言で教室を出て行く。
 誰も声をかけることが出来ず、むしろ全員が教室の隅に逃げて彼の通り道を避けた。

「……喧嘩でもしたの?」

 ぽんっと、織斗の肩に川谷の手が乗る。

「喧嘩ってか……対立つーか……」
「ま、テキトーなとこで謝っとけよ! 緋真の機嫌悪いと、ろくなことないから」
「いやいや、俺が悪いわけじゃないし。なんで謝らないと……」

 顔を上げた織斗は、クラス中の視線が自分に集まっていることに気がついた。
 なにがあったんだと心配そうな男子の目と、『緋真くんに何したの、謝れ!』という女子の視線。
 全員がそう思っているわけではないと思うが。

「ろくなことないな、マジで……はぁ」

 ため息をついて広の席を見つめた。
 空っぽになった机と椅子。
 今日はもう、話出来そうにない。

「つーか許可を得てるって……学校でゲームしていいって? んなわけねーだろ、何特権だよ」
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登場人物紹介

○神木《かみき》 織斗《しきと》


神木の当主、高校2年生。

術師家系の本家長男として生まれたが、『普通の生活を送ってほしい』という両親の遺言により、何も知らずに生活していた。

頭が悪いわけではないが勉強をしないので成績は悪い。

○神木《かみき》 咲《さき》


織斗の双子の妹。

神木家を離れて育ったため、織斗は咲の存在を知らなかった。

田舎育ちなため身体能力は人並み以上だが、人間社会で暮らしていくための常識はほとんどない。

術印はリストバンド、水の能力を持つ。

●緋真《ひさな》 広《ひろ》


織斗の十年来の幼なじみで親友。

京都に本家を構える名家の跡取り長男だが、小学校入学と同時に東京分家へと追い出された。

容姿端麗成績優秀運動神経抜群で、織斗曰く人間が欲する殆どの才を持っている、

当たり前に不平等に、神様に二物も三物も与えられた人間。

●桐谷《きりゅう》 あやめ


緋真のナンバーズで広の従妹、中学一年生。

術印はかんざし、能力は水系。

父親は広の叔父(緋真本家の次男)だが、孕ったことを知らなかったため、あやめは緋真家とは無縁の場所で母と二人で暮らしていた。

○市原《いちはら》 結奈《ゆな》


神木のナンバーズで織斗の従妹、高校一年生。

能力は召喚系、ブラックというコウモリ型人間を召喚して戦う。

術印は飴袋、中にある飴の色で術の効果が変わる。

心の声が漏れているが、本人は気が付いていない。

●緋真《ひさな》 啓次《けいじ》


広の実弟、高校一年生。

生まれつき身体が弱く入院生活を送っていたが、交通事故にあって瀕死の状態になる。

死の直前でケイジに身体を貸す事を条件に、命を繋いで魂はしばらく眠る事になった。

◎ケイジ

織斗たちの前世時代から来たと話す、魂だけの存在だった男。

啓次の身体を借りて現世に留まることができ、緋真啓次として過ごす。

○中村《なかむら》 凛《りん》


神木家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

機械が好きで、常にパソコン三台を鞄に入れて持ち歩いている不思議少女。

●五十嵐《いがらし》 后《コウ》


緋真家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

凛と同じく機械が好きで、緋真家の電波担当。

○姫未《ひめみ》


神木の従者を名乗る手のひらサイズの和装少女。

見た目は十六歳程度。

織斗の戦闘をサポートするために常に側にいる。

◎時雨《しぐれ》


緋真の従者を名乗る少年。

見た目は十四歳程度。

姫未ほどのやる気はなく、ほとんどの時間を不在にしている。

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