第30話

文字数 4,192文字


 午後九時半過ぎ、東京某所。
 閑静な住宅街に火花が飛び散った。その後、爆音と共にもうもうと立ち上る灰の煙。

「やっべー! 術の配合間違えた!」
「配合って何よ、普通に攻撃すればいいだけでしょ!」

 煙から這い出てきたのはトランプ数枚を手に持った織斗と、彼の肩にちょこんと乗っている姫未。

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

 民家の屋根から結奈が顔を出す。
 手には神木の術印が入った飴袋。

「屋根の上に逃げたら安全だよー」
「はたしてそうでしょうか?」
「……あれ?」

 突然の声に振り返る結奈。
 背後には月を背景に結奈を見下ろすあやめの姿があった。

「あなた、前しか見てませんよね?」

 手に持ったかんざしを結奈に突きつける。
「解印」の言葉とともに、かんざしから水柱が飛び出た。

「わぁー、わぁーわっ! ブラック!」

 瞬時、結奈は飴袋の中から黄色い飴を取り出して地面に投げつける。
 ぽわんと黄色い煙が立ち、そこから現れた黒い影が結奈を抱え飛び去った。

「結奈、おまえは遠隔攻撃出来るんだから前線出るんじゃねーよ!」

 自身の召喚獣、ブラックに怒鳴られ、結奈は「ごめーん」と全く反省していない風に笑った。
 別の民家に着地する結奈とブラック、それを目で追っていたあやめはため息をついた。

「……召喚系って便利でいいですよね」
「そうかな、私は自分の身体で戦う方が好きだけど」

 ピンッと、あやめの眼前に白い糸が張られる。

「っ、……解印」

 とっさに身を引いたあやめはかんざしを掲げ、水柱で糸を千切った。
 しかし着地した左足に違和感を感じ、俯くと足首に糸が絡まりついていた。

「前ばかり見てちゃダメだよ?」

 まるで空から降ってきたかのように、あやめの眼前に咲が降り立つ。

「咲さんの場合、術とか関係なく個人の身体能力が高いですよね」
「それ褒めてる? ありがとう」

 諦めたようにため息をつくあやめに向けて微笑む咲だが、はっとしてその場から離れた。

「前後だけ見てちゃダメだろ?」

 あやめと咲の間に割って入った人影。
 咲が立っていた場所には、漆黒に塗られた日本刀が突き刺さっていた。
 はらりと、あやめの足首を拘束していた糸が地面に落ちる。

「お手数お掛けしました、当主様」
「気にするな、たいした事じゃない」

 広は日本刀を鞘に収め、別の屋根に飛び乗った咲に目をやる。

「相変わらず運動神経いいな」
「ですよね、咲さんは文武両道の天才美少女です。例えるなら月面上に咲いたクーデターです」
「……クレーターのこと言ってる?」
「……月から生まれ落ちたかぐや姫も、咲さんの美麗さには敵いません。可愛いです」
「かぐや姫が生まれたのは竹だな」
「咲さんはまるで……」
「あやめ、ちょっと静かにしてようか」

 困ったように笑う広。チラリと道路に目線を向け、日本刀を鞘から抜いた。

「兄妹そろって、身体能力だけは高い」

 地上から飛んできた三枚のトランプカードを、広は日本刀を振ってなぎ払う。

「俺ら兄妹、身体能力だけじゃなくて、頭レベルも高いんだよなー、こう見えて」

 トランプが飛んできたとは別の方向から織斗が飛び上がり、手に持っていたトランプ、ハート8の表面を広に向ける。

「解印!」

 織斗が叫ぶと同時、トランプから炎が噴き出る。
 炎は広の背中めがけて勢いよく燃え上がるが、広は振り返ろうともしなかった。

「え、ちょ、広。おれ攻撃してんだけど、避けないと……」
「今日帰ってきた小テスト、三点だったよな?」

 耳元で囁かれ、がばっと織斗はそちらに向き直る。

「頭レベルがなんだって?」
「いや……ていうか、広、なんで」

 織斗のすぐ真横には広の姿。
 鋭い眼光で日本刀を振り上げる。

「うっわ、ちょ、なんで後ろにいんの? さっきまでそこに……」
「トランプって便利だよなー、残像まで錯覚して見せることができるんだから」
「じゃああれは幻……つーか、そんなことまでできんの⁉︎」

 動揺しながら、カードをひたすら投げつける織斗。
 しかしいとも簡単に、広は織斗のトランプを切り刻んでいく。

「悪いけど俺、お前と違って頭いいから手加減の仕方知らないんだ。本気で狩ってもいいか?」
「よくないー! つーか頭いいなら加減の仕方わかるだろ、逆だろ!」

 なす術なく半ベソをかく織斗。その首筋をぐいつと、咲が引っ張った。
 シュンと、眼前を刃が横切る。

「織斗くん、私その三点聞いてない」

 呆れ顔の咲が織斗の指に糸を巻き付け、咲の意思でトランプケースから数枚カードを取り出した。

「帰ったら見せてね、三点」
「いや、えっと……」
「織斗くんに勉強教えないとだから、そろそろ帰るね。またね広、あやめちゃん」

 ボンっと小さな爆発が起こり、広とあやめは顔を伏せる。
 再び目を開けると、織斗と咲の姿はなかった。

「さすが咲さん、逃げ足も素敵です。まるでサバンナを駆け巡るバンビです。可愛いです」
「バンビ……ふっ」

 失笑を堪え、広はトランプの術を解いた。
 ついさっきまで織斗が立っていた場所に目を向ける。

「あの方法なら、当主じゃなくてもトランプの術を使うことができるのか。なるほど……」
「頭良すぎですよね、咲さん」
「あやめ、夜の間、神木とは敵だからな?」
「……ロミオとジュリエットですね。恋焦がれる男女が一年に一度、夜にしか会えないという粗筋しか知りませんが。あ、逆ですね、これ。夜は敵でしたね」
「っ……」

 堪えきれず笑声を漏らしてしまった広。
 その時、道路の向こうからパタパタと駆け寄ってくる人影が見えた。
 広とあやめは民家の屋根を飛び降り、走ってきた少年と向き合った。歳はあやめよりも少し幼い、小学校五年生の男の子。
 緋真一族にありがちな整った綺麗な顔に、細い体躯。

「屋敷で待っているよう言っただろ、遼馬(りょうま)。こんなところで何してる?」

 広に言われ、遼馬と呼ばれた少年は立ち止まって広を見上げた。

「ごめんなさい、当主様。戦いを見てみたくて。よく見えなかったんだけど、終わり……ました?」

 恐る恐る、窺うような視線。
 広とあやめは目を合わせ、やがて広がため息をついた。
 
「お前を参戦させることはしばらくない、と以前伝えたはずだが?」
「でも、僕だって緋真だし、戦えますよ」
「ランドセルを背負ってるお子ちゃまはお家に帰って寝てろ。という意味ですよ」

 あやめの言葉に、遼馬が目つきを厳しきする。当のあやめはツーンとそっぽを向き、素知らぬ顔だった。

「あのな、遼馬。あやめの言葉は悪いが、結局はそういうことなんだ」
「……わかりません」
「お前はまだ幼い。うまく戦えるとは思えないし、その小さな身体で術力に耐えれるかわからない」
「術力に耐えれる?」
「ナンバーズ以外のやつは俺から術力を借りる形になる。身体など何かを対価にして。美優がいい例だ、血が薄いのに力を解放して身体を蝕まれた」
「美優って、市原結奈に学校で攻撃をしかけた人……でしたっけ? 翼竜になった?」
「あなた、知らないんですか? そんな無知状態で参戦したいとか言ってたんですか?」
「し、知ってます! ていうか、あんただってちょっと前までランドセル背負ってただろ!」
「私はほぼ不登校だったので、ランドセルは殆ど背負ってません」
「胸張っていえることじゃないだろ!」

 まるで子犬のように、遼馬はあやめに噛みつく。
 広はあやめを諭し、遼馬に向き直った。

「だからお前には血を与えない。それ以前に、戦ってるの夜だしな」
「僕なら大丈夫ですよ……」
「大丈夫の根拠は?」
「根拠? えっと……そうだ、試しにちょっとだけ血を分けてください。道具も用意してます」

 遼馬は懐から、二十センチ程の長さの短刀を取り出した。いや、短刀と呼べるほどのものではない。プラスチックでできた、その辺の雑貨屋で安く売っているようなオモチャの剣。
 柄の部分に、緋真の術印が青のインクで描かれていた。

「お前に血を与える気はない」

 呆れ顔の広が、オモチャの剣を遼馬の胸に押し返す。

「そもそも、どうしてそんなに戦いたい?」
「だってそれは、僕は緋真の人間だから」
「俺は家臣に神木との戦いを強要してはいない」
「でも僕は当主様のために、お役に立ちたいと……」
「俺のためだと言うなら、この時間は布団の中に入っていてくれ」
「……神木を、倒したいんです」
「なぜ?」
「神木は敵だってみんな言ってるし」
「みんなが言ってたから。それが理由か?」
「いえ……戦いに参加してみたい、だけです。僕ら緋真ですよ、神に選ばれた術を使える特別な一族ですよ? その辺の一般人とは格が違うのに、その力を使えないだなんて……」
「なるほどな、よくわかった」
「ほんとですか! じゃあ僕に術力を……」
「例え適齢になったとしても、お前に血を与えることは今後一切あり得ない」
「……え?」
「これ以上は無駄話になる、帰るぞ」

 目もくれず、広はトランプを収めて歩き出した。
 はっとした遼馬が、慌てて広に手を伸ばす。

「と、当主様……!」
「早く帰ったらどうですか、お布団の中に」
「ち、調子に乗るなよ! 落し子のくせに!」

 その言葉に、ピタッと広が歩みを止めた。
 一瞬、目を見開いたあやめだが、広が立ち止まったことに気がついてすぐに踵を返した。

「無駄話をしてすみません、当主様。帰りましょう」
「遼馬……」
「当主様、帰り……」
「あやめ、俺いま、遼馬に話しかけてるんだけど?」

 にっこりと微笑んだその裏の表情を読み取り、あやめは息を飲んだ。
 謝罪の言葉をいいたかったが声が出ず、遼馬に歩み寄る広を横目で見つめる。

「その言葉、どこで聞いた?」
「あ……いえ、えっと……」

 しゃがみこんで目の高さを遼馬に合わせる広の低い声、射抜くような視線に、遼馬は顔を強張らせる。
 大量の汗が背中から吹き出した。

「学校? テレビ? それとも、屋敷の大人たちが言ってた?」
「ちが……違いま、す……テレビで、時代劇の、ドラマで……」

 すっと、表情を消した広が立ち上がって遼馬に背を向けた。

「おまえ、先月から一人部屋になったんだっけ?」
「は、はい……親がいない子たちの、集合管理棟で……」
「一人部屋はまだ早かったな。あの場所の制度もよくない、見直すか」
「いえ、僕は……」
「帰るぞ、遼馬。あやめも」

 淡々と言い放ち、歩み始める広。
 ぎこちない動作で広の後を追うあやめ。
 尻もちをついた遼馬だが、振り返ったあやめに睨まれ慌てて腰を上げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

○神木《かみき》 織斗《しきと》


神木の当主、高校2年生。

術師家系の本家長男として生まれたが、『普通の生活を送ってほしい』という両親の遺言により、何も知らずに生活していた。

頭が悪いわけではないが勉強をしないので成績は悪い。

○神木《かみき》 咲《さき》


織斗の双子の妹。

神木家を離れて育ったため、織斗は咲の存在を知らなかった。

田舎育ちなため身体能力は人並み以上だが、人間社会で暮らしていくための常識はほとんどない。

術印はリストバンド、水の能力を持つ。

●緋真《ひさな》 広《ひろ》


織斗の十年来の幼なじみで親友。

京都に本家を構える名家の跡取り長男だが、小学校入学と同時に東京分家へと追い出された。

容姿端麗成績優秀運動神経抜群で、織斗曰く人間が欲する殆どの才を持っている、

当たり前に不平等に、神様に二物も三物も与えられた人間。

●桐谷《きりゅう》 あやめ


緋真のナンバーズで広の従妹、中学一年生。

術印はかんざし、能力は水系。

父親は広の叔父(緋真本家の次男)だが、孕ったことを知らなかったため、あやめは緋真家とは無縁の場所で母と二人で暮らしていた。

○市原《いちはら》 結奈《ゆな》


神木のナンバーズで織斗の従妹、高校一年生。

能力は召喚系、ブラックというコウモリ型人間を召喚して戦う。

術印は飴袋、中にある飴の色で術の効果が変わる。

心の声が漏れているが、本人は気が付いていない。

●緋真《ひさな》 啓次《けいじ》


広の実弟、高校一年生。

生まれつき身体が弱く入院生活を送っていたが、交通事故にあって瀕死の状態になる。

死の直前でケイジに身体を貸す事を条件に、命を繋いで魂はしばらく眠る事になった。

◎ケイジ

織斗たちの前世時代から来たと話す、魂だけの存在だった男。

啓次の身体を借りて現世に留まることができ、緋真啓次として過ごす。

○中村《なかむら》 凛《りん》


神木家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

機械が好きで、常にパソコン三台を鞄に入れて持ち歩いている不思議少女。

●五十嵐《いがらし》 后《コウ》


緋真家のナンバーズ、中二。

能力は電気系。

凛と同じく機械が好きで、緋真家の電波担当。

○姫未《ひめみ》


神木の従者を名乗る手のひらサイズの和装少女。

見た目は十六歳程度。

織斗の戦闘をサポートするために常に側にいる。

◎時雨《しぐれ》


緋真の従者を名乗る少年。

見た目は十四歳程度。

姫未ほどのやる気はなく、ほとんどの時間を不在にしている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み