第34話
文字数 2,853文字
「なぁ、おまえ、広のとこ行かなくていーの?」
街の丘公園、階段を上り切った織斗は、広場に立っていた人影に声をかけた。
広場にいた人物、あやめは振り返り、声の主が織斗だとわかると盛大にため息をついた。
日はとうに暮れていた。
満月の月明かりが、園内を明るく灯す。
「あなたこそ、なぜここへ?」
「街中探ってみたんだけど手がかりが無くてさ。つーか俺、その緋真の家臣ってやつ知らねーし」
「鏡遼馬、小学五年生の男の子です。母親は五歳の時に他界、祖父母及び父親は京都本家暮らし、家憲に厳格な家庭で東京分家でもその名前を耳にすることがよくあります。身長は百四十弱、体重は三十前後と細身の小柄です。事故現場に居合わせた人の証言によると、突然竜巻が起こった。風を操る術を有している可能性が高いです」
「お、おぅ……情報ありがとう」
「いえ。そして私がなぜ当主様のもとへ行かないのかという質問ですね」
あやめは公園の奥に向かって歩き、樹林を見上げた。
織斗もそれに倣って歩き、あやめの側に立つ。
「部下の失態は上司の責任。つまり今回のことは当主様の責任になります。当主様のお父上、緋真本家にはまだ連絡していません。しかし時間が経てばそうもいかない、当主様の立場はどんどん悪くなります」
「話してないの? いやいや、そこは連絡しとけよ」
「当主様の意思を尊重した結果です」
「……なんか面倒くせーな、緋真の家って。生きていくのがしんどそう」
「京都本家はそうみたいですね」
「で、早めに解決しときたいってことか」
「それもありますが……当主様が健在なら彼を許さない、自分が始末をつけると譲らないでしょう」
「まだ目覚ましてないみたいだから、無理だけどな」
「当主様が目を覚ます前に叩きます、絶対に」
「あぁ、なるほど。怪我してる広を戦わせたくないのか」
「そもそも今回の件は私にも……いや、彼が逆上したのは私に責があります」
じーっと樹林の中を見つめるあやめ。
胸ポケットからかんざしを取り出し、前面へ掲げる。
次の瞬間、樹林で爆発が起こった。
「は? なに……」
「二つ、忠告しておくことがあります」
わけがわからず樹林を見つめる織斗の前に、かんざしを前に突き出したあやめが立つ。
織斗に背を向けたまま、話を続けた。
「一つ目、緋真の援護は期待しないでください。あなたと私がともに戦うなら、その様子を見られるのは不都合です」
「あぁ、昼は仲良いっての、緋真のやつらに隠してるもんな」
「……緋真の方々に隠してるというか、まぁ……そして二つ目、彼はナンバーズでも何でもない、ただの雑魚です」
「じゃあ、見つけ出せさえすれば、俺たちだけで大丈夫だな」
「しかし、恐らくですが、当主様の血を飲んでいます」
「血を飲んでる?」
「えっ、ちょっと! それ本当?」
織斗の胸ポケットから飛び出した姫未が、あやめの眼前を飛ぶ。
あやめは鬱陶しそうに視線を外し、頷いた。
「どうしてそんな状況になったの?」
「事故現場にいた方の証言です。彼の口元に、血がついていたと」
「えー、それはまずいわね……」
「まずいって……あ、それ爺ちゃんから渡された本に書いてあった! 確か……」
織斗の言葉を遮る様に、樹林の奥から長くて太い物体が飛び出した。
大蛇のような緑色の物体が飛んでくるが、あやめの水がそれを弾いた。
「うわっ、大丈夫か?」
「私の心配をする暇があったら、戦う準備をしてください」
かんざしを振るうあやめが、第二波へと水を放つ。
パッシャンっと水を弾く派手な音。
樹林から飛び出してきた緑色の物体は、生き物の尻尾だった。イグアナの肌のように硬くザラザラした表面。直径一メートル、長さ数十メートルはありそうな長い尻尾。
蛇のようにうなっていたそれが、シュッと一旦樹林の中へ戻る。
「なんかこれデジャブ……最初のころ俺、恐竜と戦ったことあんだけどさ」
「その時とは違いますよ。あの人は自身の身体を武器にする術を使用しただけです。今回との違いは、意識あるかどうかです」
「あぁ、本に書いてあったな。一般の術師は姿形が変化してもあくまで人間。暴走して自由の効かない身体を憎んで、内で必死に戦ってるって」
「だけど、今回は……」
「完全に意識を手放してるな」
「当主様の血を飲む……自身の血肉にするということは身も心も全て術力に捧げる……人間を辞めるということです」
「意識もやばい、身体も強化されてやばい……これ、やばい状況だな」
「やばいやばいうるさいです。猿ですか、それとも猿人類ですか?」
「……おまえさ、日本語おかしいって言われない?」
「おかしいと言われた事は一度も。……戦いましょうか」
ゴウっと木々が騒めき、今度は三本の尻尾が飛び出した。
かんざしを地面に押し当てるあやめと、トランプを投げつける織斗。
炎を纏ったトランプが尻尾の先端にぶつかるが、すぐに弾かれて消滅した。
飛びかかってくる尻尾を塞いだのはあやめの水柱だった。
あやめと織斗を取り囲むように、噴水の盾が上がっている。
「すげーな!」
「……称賛は有難いですが、正直に言うとヤバイです」
「あ、お前もやばい言ってんじゃねーか!」
「ふざけないでください、この状況で。この量の水を操るには、私では術力が足りません」
「織斗、スペードを出して! あんたの体力がもつだけ全部!」
ヒュンと眼前を飛ぶ姫未の言葉で、織斗はスペードのナンバーを全て取り出す。
「この子のかんざしに当てて印を唱えるの!」
「はぁ? そんなことしたら……」
「なるほど、術力を供給してもらえますね」
無理に微笑むあやめの額には汗が滲んでいた。
限界が近いのか、手元は震えていた。
「術力を供給?」
「あなたの術力を、私に寄越せということです」
「口わりーな、マジで!」
「織斗ふざけないで! 口動かす前に手を動かす!」
姫未に頭を叩かれ、織斗は慌てて全てのトランプをかんざしの上に乗せた。
「解印!」
「……っ」
あやめが僅かに顔を顰める。
次の瞬間、水柱の勢いがまし更に天高く噴き上がった。
「おー、すげーなこれ」
手元に力を込めたまま、水柱を眺める織斗。
同じように水柱を見上げるあやめだが、ある事に気がついて姫未を見た。
姫未も同じことを思ったようで、二人して微妙な視線を交わす。
「あのね、織斗。この作戦、失敗だったかも」
「は? なんでだよ? 攻撃防げてるだろ?」
「うん、防御は完璧なんだけど、いつまで続くかわからないし」
「このままでは、こちらが攻撃出来ませんよね?」
「……えっ、あれっ⁉︎」
バッシャアっと、水柱が弾けて雨のように織斗たちに降り注いだ。
消滅した水の盾の向こうに見えたのは三本の太い尻尾と、その周囲をくねくねと動く無数の細い尻尾の群。
全ての尻尾が繋がる先に、小柄な少年が立っていた。
「……あの人です」
少年の姿を捉えたあやめが呟く。
「鏡遼馬、当主様を刺した緋真の家臣、私たちの一族の人です」
俯いていた遼馬が顔を上げる。
ニヤッと笑う遼馬の瞳、角膜の色は透き通るような青色だった。