第壱参話 狭間にて
文字数 3,401文字
ほどなく放課後になり、予定通り教室には俺 と椿さんと道連れになった伊勢さんの三人となった。
「椿さん、それに伊勢さんも部活前に時間を取らせてしまって申し訳ない」
「熱田くんが私 に、お願いごとって初めてだし、性格からしてちゃんとした用なのかなって思ったから、いいわよ」
理解のある室長で良かった。
「ありがとう。あまり時間を取らせないようにするからヨロシク。あと人に聞かれたくないから場所を変えたいんだけど場所に心当たりがなくってさ。椿さん、いい場所知らないかな?」
「あら? 意外と行き当たりばったり? う~~~ん。室長会議で使う部屋なら開いてるかな……鍵借りてくるね」
行動が早い! あっという間に教室から出て行ってしまった。
教室には俺と伊勢さんの二人。
『あまり話したことがないから困ったな』
「伊勢さん、あれから男子どもから嫌な思いはしていない?」
当たり障りのない会話で時間をつぶすことにした。
「はい。お陰様で平穏に過ごしています」
『……会話が続かない! 普段から寡黙な子だもんな』
「そういえば静岡から引っ越してきたんだよね? 静岡は黒潮があるから暖かいって聞くけど、どうなの?」
「私は伊豆の方でしたから、確かに黒潮の恩恵はありましたね。お魚も美味しかったですよ」
「そうなんた。俺は魚料理苦手だから、あまり羨ましくはないかな……ははっ」
『あー、なに言っているんだ。俺は!』
「食べ物の好き嫌いが激しい人は、人の好き嫌いも激しいそうですよ」
などと変わったことを言ってきた。
「それ、面白いね。確かに、そう言われるとクセのある人は食べ物の好みにも偏りがあるね」
「母から聞きました」
「そうなんだ。ご兄弟はいるの? 俺は三つ上の姉がいる」
「私も四つ上の兄がいますが、静岡の大学なのであちらに残りました」
「あらら、お兄さん寂しいんじゃない?」
「彼女さんがいるので、嬉しそうでしたよ」
「そりゃまぁ、充実しているね」
「はい。それより椿さんと二人でなくて良かったのですか?」
「え? いや、別に愛の告白でもないし相談ごとだからね。かえって女子二人の方が良かったくらいだよ」
「そうですか」
なんかジーーーと観察されている感じがする。
そんな中、やっと廊下から足音が聞こえてきた。
ほどなく教室のドアがガラっと開き、椿さんが入ってきた。
「おまたせーーー!」
「椿さん、俺からお願いしておいてホントごめん」
手を合わせて謝る。
「いいわよ。じゃ、移動しよっか」
ついていくと三階の一番端の部屋だった。
教室のような横開きはなく引手のドアだ。なんか特別教室って感じだ。
椿さんが鍵を開け、中に誘導してくれる。
「どうぞー」
「ありがとう。お邪魔しまーす」
早速、三人が中に入ったが鍵はしていない。
『誰も来ないだろうから、いいっか。ちょうど最上階で他からは見えづらい位置でラッキーだ』
教室の奥の方の椅子に三人が座り、会話が始まる。
「二人ともサンキュー。それで用件は二つあります」
「はい。何でしょうか?」
椿さんが、乗る気でいる。
「実は俺、どうも誤解されているようで嫉妬されているんだ」
「へー、誰に?」
伊勢さんは、ずっと黙って聞いているのみだ。
「柊 組の佐藤と言えば、心当たりある?」
「あっ、あぁぁぁ、あの人ね。何かされたの?」
「いや、まだ実害はないんだけど、どうも俺と椿さんが付き合っていると勘違いしているようなんで、誤解を解いて欲しいなっと」
「うーーーん。あまり接触したくないのよね」
「だよね」
「私は、鬱陶しいから誤解されたままでもいいよ」
「へ?」
意表を突かれヘンな声を出してしまった。そして意外な助っ人が現れた。
「それはダメです。こういうことは、ちゃんとすべきです」
伊勢さんのピチャっとして一言だった。
「あ、そうだよね。私は、ちゃんとお断りしたのにな。静香ちゃん協力してくれる?」
「はい。ご協力します」
伊勢さんは俺をジーーーと見ていて、その目は、
『困った人ですね。助けてあげます』
そう言っているようだった。
「そういうことで静香ちゃんに協力してもらって誰とも付き合っていないし、好きな人はいませんとちゃんと伝えるわ」
前向きな椿さんだった。
『二人だと静香ちゃんって呼ぶんだ。あと好きな人はいません……か、徹、ごめん。少しは脈はあるかと思っていたんだけどな』
心の中で謝った。俺は女性心がわかってなかった。
「ということで、二つ目の用って何?」
切り替え早!
「二つ目め、うん」
『どうしたって怪しまれるしかないんだよな』と思いはするが覚悟を決めた。
「椿さん、最近ちゃんと寝れてる? 結構、メンタル的にキツイんじゃないか?」
「え!」
今度は、椿さんが意表を突かれたようだ。
「どうして分かったの? 表にでないようにしていたつもりだけど……」
「いや時折、暗くなる感じがしたから、直感かな」
『口から出まかせだが、噓も方便だ』
「そうなんだ。表に出てたんだ。良く見てるね!」
「いや。俺の席から教卓の方を見ると視界に入ってくるんだよ」
「確かに、そうだけど……」
『いかん。もう怪しまれている。俺ってぶきっちょだなぁ』
「とにかく直感は当たった訳だ」
「そうだけどね。熱田くん、私に気があったりする?」
「へ?」
俺の間抜け面を見て、それは誤解だと気づいたようだ。
「だよねーーー、そうだったら静香ちゃんも呼んだりしないよね」
「いや、賢いし、いい子だな。室長はピッタリな役だと思っているよ」
「お褒めのお言葉頂きましたー」
嬉しそうだ!
「実は、とっても怪しいと思われるのは承知でメンタル回復のお役に立ちたいんだけど、いいかな?」
「いいけど、何するの?」
「身体には一切、触れないから安心して。ただ多分、コイツ変な奴だとか、危ない人だと思っちゃうとは思う」
「静香ちゃんを同行させたのは、そういうこと? つまり監視役?」
「そう、二人きりだと警戒するだろうから、伊勢さんがいれば安心するかなって思った」
椿さんは伊勢さんと目を合わせ、頷き合った。
「わかった。何かの御まじないでもしてくれるの?」
「うーーーん。ちょっと気功っていうか、気合というのか、陰陽? 上手く表現できないけど試してみる価値はあると思う」
「ふ~ん。正直、かなり辛かったし気休めでも良いからお願いしようかな」
「そっか。それは良かった。じゃ、机を教室の端に移動させるから待ってて」
そう言って移動させ始めたら、二人とも手伝ってくれた。
「あ、ごめん。手伝わせて」
「いいわよ。私のためにしてくれてるんでしょ?」
『椿さんホント良い子だなー』
一方、伊勢さんは黙々と椅子を移動させている。
三人がかりだったから、短時間で机と椅子の移動は済んだ。
早速、真ん中の椅子に椿さんに座ってもらった。
伊勢さんは、二メートルほど右に離れたところで立ってもらっている。
「では、いきます」
「はい。お願いします」
俺は二礼二拍一礼したのち、手を合わせ、
「天なる神々よ。高天ヶ原の神々よ。我に力を貸したまえ!」
と凛とした声を発した。
目の前の椿さんが、ちょっとポカーンとして表情になっている。
『そりゃ、そうだよな。伊勢さんの表情は見えないが同じだろう。あとで何て言おうかな』
次には気持ちを切り替え、更に唱える。
「朱雀・玄武・白虎・勾陣 ・帝公 ・文王 ・三台 ・玉女 ・青龍」
言い切ると大きな柏手を打った。
風が止まる。
狭間に移行したのだ。
椿さんを視ると、様々な方向から桃色の糸が彼女に引っかかっている。
そして、桃色の球が彼女の周りにふわふわと浮いているのが視えた。
『これか……学年でモテるくらいで、こんな状態だと芸能人は大変だな』
正直、自分でも驚いていた。
時間の流れが違うため、余裕はあるが早めに終わらせる方がいいに決まっている。
俺は天翔を抜き、椿さんを傷つけないようにその糸を一つ一つ丁寧に切断していった。
周りに浮遊する球も、斬って消滅させる。
『ふぅ、これで片付いた。しかし、また戻るんだろうな。先生は考えろと言っていたけど、どうして良いかサッパリ分からん! 椿さんに、また辛くなったら言ってもらってコレを繰り返すしかないな』
そう狭間を解こうと思った矢先、右側から声が聞こえてきた。
「それで、この後、どうされるのですか?」
「え?」
思わず右の方を見ると、巫女装束ではなく神楽を舞うときの恰好をしている女性が立っていた。
「椿さん、それに伊勢さんも部活前に時間を取らせてしまって申し訳ない」
「熱田くんが
理解のある室長で良かった。
「ありがとう。あまり時間を取らせないようにするからヨロシク。あと人に聞かれたくないから場所を変えたいんだけど場所に心当たりがなくってさ。椿さん、いい場所知らないかな?」
「あら? 意外と行き当たりばったり? う~~~ん。室長会議で使う部屋なら開いてるかな……鍵借りてくるね」
行動が早い! あっという間に教室から出て行ってしまった。
教室には俺と伊勢さんの二人。
『あまり話したことがないから困ったな』
「伊勢さん、あれから男子どもから嫌な思いはしていない?」
当たり障りのない会話で時間をつぶすことにした。
「はい。お陰様で平穏に過ごしています」
『……会話が続かない! 普段から寡黙な子だもんな』
「そういえば静岡から引っ越してきたんだよね? 静岡は黒潮があるから暖かいって聞くけど、どうなの?」
「私は伊豆の方でしたから、確かに黒潮の恩恵はありましたね。お魚も美味しかったですよ」
「そうなんた。俺は魚料理苦手だから、あまり羨ましくはないかな……ははっ」
『あー、なに言っているんだ。俺は!』
「食べ物の好き嫌いが激しい人は、人の好き嫌いも激しいそうですよ」
などと変わったことを言ってきた。
「それ、面白いね。確かに、そう言われるとクセのある人は食べ物の好みにも偏りがあるね」
「母から聞きました」
「そうなんだ。ご兄弟はいるの? 俺は三つ上の姉がいる」
「私も四つ上の兄がいますが、静岡の大学なのであちらに残りました」
「あらら、お兄さん寂しいんじゃない?」
「彼女さんがいるので、嬉しそうでしたよ」
「そりゃまぁ、充実しているね」
「はい。それより椿さんと二人でなくて良かったのですか?」
「え? いや、別に愛の告白でもないし相談ごとだからね。かえって女子二人の方が良かったくらいだよ」
「そうですか」
なんかジーーーと観察されている感じがする。
そんな中、やっと廊下から足音が聞こえてきた。
ほどなく教室のドアがガラっと開き、椿さんが入ってきた。
「おまたせーーー!」
「椿さん、俺からお願いしておいてホントごめん」
手を合わせて謝る。
「いいわよ。じゃ、移動しよっか」
ついていくと三階の一番端の部屋だった。
教室のような横開きはなく引手のドアだ。なんか特別教室って感じだ。
椿さんが鍵を開け、中に誘導してくれる。
「どうぞー」
「ありがとう。お邪魔しまーす」
早速、三人が中に入ったが鍵はしていない。
『誰も来ないだろうから、いいっか。ちょうど最上階で他からは見えづらい位置でラッキーだ』
教室の奥の方の椅子に三人が座り、会話が始まる。
「二人ともサンキュー。それで用件は二つあります」
「はい。何でしょうか?」
椿さんが、乗る気でいる。
「実は俺、どうも誤解されているようで嫉妬されているんだ」
「へー、誰に?」
伊勢さんは、ずっと黙って聞いているのみだ。
「
「あっ、あぁぁぁ、あの人ね。何かされたの?」
「いや、まだ実害はないんだけど、どうも俺と椿さんが付き合っていると勘違いしているようなんで、誤解を解いて欲しいなっと」
「うーーーん。あまり接触したくないのよね」
「だよね」
「私は、鬱陶しいから誤解されたままでもいいよ」
「へ?」
意表を突かれヘンな声を出してしまった。そして意外な助っ人が現れた。
「それはダメです。こういうことは、ちゃんとすべきです」
伊勢さんのピチャっとして一言だった。
「あ、そうだよね。私は、ちゃんとお断りしたのにな。静香ちゃん協力してくれる?」
「はい。ご協力します」
伊勢さんは俺をジーーーと見ていて、その目は、
『困った人ですね。助けてあげます』
そう言っているようだった。
「そういうことで静香ちゃんに協力してもらって誰とも付き合っていないし、好きな人はいませんとちゃんと伝えるわ」
前向きな椿さんだった。
『二人だと静香ちゃんって呼ぶんだ。あと好きな人はいません……か、徹、ごめん。少しは脈はあるかと思っていたんだけどな』
心の中で謝った。俺は女性心がわかってなかった。
「ということで、二つ目の用って何?」
切り替え早!
「二つ目め、うん」
『どうしたって怪しまれるしかないんだよな』と思いはするが覚悟を決めた。
「椿さん、最近ちゃんと寝れてる? 結構、メンタル的にキツイんじゃないか?」
「え!」
今度は、椿さんが意表を突かれたようだ。
「どうして分かったの? 表にでないようにしていたつもりだけど……」
「いや時折、暗くなる感じがしたから、直感かな」
『口から出まかせだが、噓も方便だ』
「そうなんだ。表に出てたんだ。良く見てるね!」
「いや。俺の席から教卓の方を見ると視界に入ってくるんだよ」
「確かに、そうだけど……」
『いかん。もう怪しまれている。俺ってぶきっちょだなぁ』
「とにかく直感は当たった訳だ」
「そうだけどね。熱田くん、私に気があったりする?」
「へ?」
俺の間抜け面を見て、それは誤解だと気づいたようだ。
「だよねーーー、そうだったら静香ちゃんも呼んだりしないよね」
「いや、賢いし、いい子だな。室長はピッタリな役だと思っているよ」
「お褒めのお言葉頂きましたー」
嬉しそうだ!
「実は、とっても怪しいと思われるのは承知でメンタル回復のお役に立ちたいんだけど、いいかな?」
「いいけど、何するの?」
「身体には一切、触れないから安心して。ただ多分、コイツ変な奴だとか、危ない人だと思っちゃうとは思う」
「静香ちゃんを同行させたのは、そういうこと? つまり監視役?」
「そう、二人きりだと警戒するだろうから、伊勢さんがいれば安心するかなって思った」
椿さんは伊勢さんと目を合わせ、頷き合った。
「わかった。何かの御まじないでもしてくれるの?」
「うーーーん。ちょっと気功っていうか、気合というのか、陰陽? 上手く表現できないけど試してみる価値はあると思う」
「ふ~ん。正直、かなり辛かったし気休めでも良いからお願いしようかな」
「そっか。それは良かった。じゃ、机を教室の端に移動させるから待ってて」
そう言って移動させ始めたら、二人とも手伝ってくれた。
「あ、ごめん。手伝わせて」
「いいわよ。私のためにしてくれてるんでしょ?」
『椿さんホント良い子だなー』
一方、伊勢さんは黙々と椅子を移動させている。
三人がかりだったから、短時間で机と椅子の移動は済んだ。
早速、真ん中の椅子に椿さんに座ってもらった。
伊勢さんは、二メートルほど右に離れたところで立ってもらっている。
「では、いきます」
「はい。お願いします」
俺は二礼二拍一礼したのち、手を合わせ、
「天なる神々よ。高天ヶ原の神々よ。我に力を貸したまえ!」
と凛とした声を発した。
目の前の椿さんが、ちょっとポカーンとして表情になっている。
『そりゃ、そうだよな。伊勢さんの表情は見えないが同じだろう。あとで何て言おうかな』
次には気持ちを切り替え、更に唱える。
「朱雀・玄武・白虎・
言い切ると大きな柏手を打った。
風が止まる。
狭間に移行したのだ。
椿さんを視ると、様々な方向から桃色の糸が彼女に引っかかっている。
そして、桃色の球が彼女の周りにふわふわと浮いているのが視えた。
『これか……学年でモテるくらいで、こんな状態だと芸能人は大変だな』
正直、自分でも驚いていた。
時間の流れが違うため、余裕はあるが早めに終わらせる方がいいに決まっている。
俺は天翔を抜き、椿さんを傷つけないようにその糸を一つ一つ丁寧に切断していった。
周りに浮遊する球も、斬って消滅させる。
『ふぅ、これで片付いた。しかし、また戻るんだろうな。先生は考えろと言っていたけど、どうして良いかサッパリ分からん! 椿さんに、また辛くなったら言ってもらってコレを繰り返すしかないな』
そう狭間を解こうと思った矢先、右側から声が聞こえてきた。
「それで、この後、どうされるのですか?」
「え?」
思わず右の方を見ると、巫女装束ではなく神楽を舞うときの恰好をしている女性が立っていた。