第壱弐話 阿修羅再び

文字数 3,905文字

 翌日の日曜日。
 時間は朝の九時過ぎ。
 伊勢さんから電話が入った。
「伊勢さん、おはよう。朝から珍しいね」

「ごめんなさい。寝ていましたか?」
「寝てたけど、寝坊してたから気にしないでいいよ」

「分かりました。実は先ほど未来さんから電話があったんです」
『ん? これは来たかな?』
 そんな予感がする。
「何となく察しが付いたけど、立脇さん家に何かあった?」

「流石に鋭いですね。その通りです。やはり旦那さんが昨夜、暴れたそうです」
「そうか、では早速手を打たないとダメだね。博さんは今、どうしてるか聞いてる?」

「はい。深夜まで暴れた後、ずっと寝ているそうです」
「そうか、また夜に地獄霊が表面にでてくるまで待たないといけないね」

「そこは大丈夫です。私の神楽で引きずり出せます」
「そうなの? 凄いね。そんな神楽もあるんだ」

「ですので、昼間でも大丈夫です」
「じゃ、今から食事して準備するから大高駅で集合しようか?」

 電車の時間のインターネットで調べ時間を合わせた。



 大高駅で、伊勢さんと合流。
「未来さんには伝えてあります」
「うん、ありがとう。早速、行こうか」

「はい」
 こんなときに不謹慎だが、伊勢さんの手を握った。
『!!』
 伊勢さんの体がビクッとする。

「ごめん。やっぱり早いよね……こんなときに不謹慎だった」
 手を放そうとすると、ぎゅっと握り返してくれた。
「えっと……ビックリしただけです。その……嬉しいです」
 顔をうつ向かせながら、恥ずかしそうに答えてくれた。

「なんというのか……こちらこそ、ありがと」
 伊勢さんは頭を、コクッとしてくれた。

「さて、またあの阿修羅地獄霊か。弱かったけど二度目だし、今度は相手も俺の存在を知っているから用心しないとね」
「はい。私たちにはまだまだ未知の世界ですから気を引き締めましょう」



 歩いて十五分ほどで椿宅に到着。
 流石に繋いだ手は放し、チャイムを鳴らす。
「はい」
 インターホン越しに、椿さんが出る。

「静香です」
 伊勢さんが答えると、「直ぐに出るから待ってて」の言葉と共にインターホンが切れる。
 その一分後、椿さんが玄関から出てきた。
 弟の希望(のぞむ)くんまで出てきた。

「希望くんも、こんにちは」
「こんにちはー」
 元気な返事が返ってくる。

「さて、お話は伺ってるから、早速行こうか」
「はい」
「うん」
 希望くんまで返事をするから、
「え? 希望くんも来るの?」
 思わず聞いた。

「ついていく! 俺だって男だから何かあったら姉ちゃんたちを守るんだ」
「こう言って、ついてくるって言い張って止められなかったの。ごめんね」
 椿さんが申し訳なさそうに言ってくる。

「見ていても狭間でのことは視えないし、みんなにとっては数秒の出来事だよ?」
 そう説明しても、希望くんは意思を変えようとしなかった。

 椿一家は、伊勢さんからの説明を聞いて、すべて知っているのだ。
 こんな時代に、よく信じてくれたもんだ。
 普通なら椿さんに、「危ない人たちだから交友関係を切りなさい」と言いそうなものだが……
 心底、娘のことを信頼しているのだろう。

「分かった、いいよ。一緒に行こうか」
「はい! 正義(まさき)さん!」
 本当に元気な弟さんだ。



 202号室の扉前、俺がチャイムを鳴らす。
「はい。どちら様でしょうか?」
 沙友里(さゆり)さんの声だ。
 その声は、おどおどしていた。無理もない……

「熱田です。また突然に申し訳ないです。昨夜、博さんが暴れたとお聞きしたので参りました」

「あ! 熱田くん! 今、行くね」
 直ぐにドアが開いた。

 そこに見えた沙友里さんの頬は赤く腫れていた。
「沙友里さん! 大丈夫ですか!!」
 椿さんが、素早く沙友里さんに駆け寄る。

『早く来て良かった』
 俺は心底そう思った。

 中に入れてもらってリビングダイニングに入るとソファに、大きないびきをかいて熟睡している博さんがいた。
「昨夜、寝てからずっとこうですか?」
 俺は、沙友里さんに確認すると首を縦に振って肯定した。
 床にはビール缶が五缶? いや七缶転がっていた。
『一週間しかもたなかったか。意思が弱いな』

「伊勢さん、一緒に頼む!」
「はい」

「じゃ、椿さん。行ってくる。博さん自身は暴れないと思うけど、希望くん、いざとなったらよろしく」
「はい」
「うん、任せて!」
 信頼できる人たちの返事を聞いて、俺と伊勢さんは博さんの目の前に移動。

 精神統一し、心の中で『高天ヶ原の神々よ。ご加護を!』と念ずる。
 次に、気をのせて九字(くじ)を唱える。
(りん)(ぴょう)(とう)(じゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)!」
 伊勢さんとアイコンタクトで呼吸を合わせ、同時に柏を打った。
 周りの空気の流れが止まり三次元と四次元の狭間に移行する。



 博さんからは何の変化もない。
「伊勢さん、お願いします」
「お任せください」

 伊勢さんには後方に下がってもらってから神楽を舞ってもらうことにした。
「吸引の舞!」
 伊勢さんは、トルネート風に舞い、神楽鈴をゆっくりと三度鳴らした。

 すると、博さんの後頭部から二体の地獄霊が出てきた。
「なんだぁ? 急に引き込まれたなぁ……!! お前、この前の!」
 阿修羅地獄霊も驚いていた。

 もう一体の地獄霊は、ちょっと豚顔で身体は干乾びたように細く骨に皮がついているだけに見える。
 しかし、お腹だけぷっくりと出ていた。

「熱田さん、餓鬼地獄霊です!」
 後方から伊勢さんの声が聞こえてきた。

「なんだ、今回も二体地獄霊が憑いていたのか」
 俺が呟くと、阿修羅地獄霊が怒りだした。
 餓鬼地獄霊は、まだ何が起こったか分かっていない様子だ。

 俺に向かってくる阿修羅地獄霊。
 今回は手に刀を持っていた。
「今度、会ったときには殺してやる! と思っていたが、こんなに早く機会に恵まれるとは嬉しいぜ!」
「俺は、会いたくなかったな。反省しろって言っただろ?」

「はん。そんなまやかしなど聞くものか。どうせ出れないんだ。こうして地上の奴に憑りついて人生を楽しむさ」
「そうすると、その人の人生まで破壊することになるんだぞ」

「そいつだって、それを望んでいるさ。俺たちは同じ価値観の持ち主なんだからな!」
「お前は更に罪を重ね、天界に戻るのが遅くなるだけだぞ」

「だから、天界に戻る方法などない!」
「地獄霊は聞く耳がついてないんだな」

「うるせーーー、殺してやる!」
 阿修羅地獄霊は突進してくる。

 そう思ったら、進路を変えまわり道をして伊勢さんに向かっていく。
 天翔を鞘から抜き、
『天翔! 弓になれ!!』
 念じると弓に形態が変わる。

 阿修羅地獄霊の背中に向け、弓を射る。
 後頭部に命中!

「うがぁぁぁ!」
 悲鳴をあげて、その場に転ぶ。
 俺は、阿修羅地獄霊の前に移動し、伊勢さんには更に後方に引くように促した。

 起き上がった阿修羅地獄霊の額には、もう一本の矢が刺さっていた。
 思わず伊勢さんを見ると、弓を持っていた。
「伊勢さん、弓もってたんだね」
「はい。昨夜、壱与様にいただきました。なんでも木花咲弥姫(このはなのさくやひめ)が桜の木から作られた弓だそうです」
「おー、凄いね」

「お前ら~~~、俺を舐めてるな! 今度はそうはいかん。俺は武士なんだぜ」
「なんだって? 地獄に何年いるんだよ」

「知らねえが、太閤殿にお仕えし戦で死んで以来ずっとあそこ(阿修羅地獄)にいる」
「これは年期の入った地獄霊だな」

「はん! この前は包丁だったが、今回は刀持参だ。お前の首を撥ねてやる!」
 俺は素早く天翔を刀に戻した。

”キン! キンキンキン”
 流石に武士だっただけある。刀を持った奴は、そこそこの腕を持っていた。
 簡単には打ち込ませてくれない。

 何度も刀で斬り合っていると、餓鬼地獄霊が正気に戻り攻撃に参加してきた。
 自分の骨を抜いて、投げてきたのだ。
 その骨は、先は尖っており当たれば深く刺さるものだった。

『不味いな。阿修羅地獄霊だけで、両方同時には相手できん』
 骨を避けるため、後方は下がり距離をとる。

「伊勢さん、自分に結界を張って身を護って。俺なら何とかなる」
 そう指示を出すと、伊勢さんが舞いだし、伊勢さんの周りに金色(こんじき)の結界が現れた。

『よし、これなら思い切って動ける!』
 阿修羅地獄霊に突進し、突きを喰らわす。
 だが、避けられた。
 俺は突進を緩めず、そのまま餓鬼地獄霊に向かっていった。

『遠距離攻撃の方が厄介だ』
 そう判断したからだ。
 餓鬼地獄霊からの骨攻撃を天翔で弾き、斬りつける。
 が逃げるのが早く、刀が当たらなかった。
『くそー、早めに骨を投げるのをやめたからか。意外に頭を使うんだな』

 伊勢さんの声がする。
「餓鬼地獄霊は私が相手をしますから、阿修羅地獄霊をお願いします」
『そうか、弓があったか。そう言うなら任せよう。早く阿修羅地獄霊を倒してしまおう』

 伊勢さんが弓で、餓鬼地獄霊を攻撃する。
 餓鬼地獄霊も骨を伊勢さんに向かって投げる。
 しかし、骨は結界を貫通できず伊勢さんには当たらなかった。

 横目で、それを見ていたが、
『神楽の効果は永久じゃないらしいし、近距離になったら危ないかも知れない。早く阿修羅地獄霊を倒さないと』
 そう思い、焦る気持ちが出てきた。

 阿修羅地獄霊と対面する。
「なんだぁ。まだ実戦経験は浅いんだな。動きで分かる。焦ってるのが見え見えだ」
 見抜かれている。

 攻撃を仕掛けるも、攻撃が雑になっているのか当たらない。
 相手の攻撃も俺には当たっていないが、どうも調子が出ない。
『いかん。冷静になれ! 実戦経験で差はあるが、刀の腕は俺の方が上だ。冷静になれば勝てる』

 一旦、後方へ引き、腹式呼吸を開始する。
「はん! そんな時間を与えると思ってんのか? 黙って見守る訳がないだろう!」
 阿修羅地獄霊が、突進してきた。
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