第玖話 南の聖獣

文字数 4,094文字

 目に映るは、プンスカと怒りながら去っていく女生徒の後ろ姿。
 丁度、最後の人(今度は女子)にお詫びを済ませたところだ。
「ふぅぅぅ~。終わったね」
「熱田くん、最後まで付き合ってくれてありがとう」

「いいよ。乗り掛かった舟だって言ったじゃん」
「違うよ。”足を突っ込んだからには最後まで付き合う”だったよ」

「突っ込むねー。同じ意味じゃん」
「えへへ……」
 雀咲(すずさき)さんは顔こそ笑ってはいたが力が入ってなかった。
 毎日、寝る前に反省をしているそうで連日、目が腫れていた。

「折角付き合ってもらったのに、ほとんどの人は許してくれなかった。当然だけどね」
「それは、まぁ仕方ないよ。覚悟してお詫び行脚したんだしさ」

「うん。でも、許してもらえなかったのはショック」
「そうだね。これってさ、時間が必要なんだと思うんだ」

「時間?」
「今はさ、怒りの方が先に出る。でも後から、ちゃんと謝りに来たなって思うときが来るんだと思う」

「そうかな……」
「俺が見ていてもさ。雀咲さん、真摯に謝っていたよ。上辺(うわべ)(つら)でなくね。だから、きっと通じてると思う」
 そう言いながら、ついつい頭をなでなでしてしまう。

「おっと、ごめんごめん。また、やってしまった」
 でも、雀咲さんの反応は違った。
「いいよ。今回はとても安心した。ありがとう」

「う、うん」
「部活、三日間も休ませちゃったね」

「いいさ、俺は試合に出ないことになってるからね。帰宅後、ちゃんと走り込みや筋トレはしているから大丈夫」
 力拳を見せて、笑ってあげた。
「そっか、凄いね。同じ学年だなんて思えないよ。熱田くんって、大人びてるよね。だから、あんな綺麗な彼女がいるんだ。でも、うちの生徒だったんだね。誰なんだろう? 私、知らないから学年が違うのかな?」

「う~ん。人にバラしたくないらしいから秘密ってことで!」
「了解」
 やっと、少し笑ってくれた。

「疲れたでしょ。帰ろうか?」
「うん」
 そうして駅まで一緒に帰宅した。



「……ということでお詫び行脚は無事、終了しました。明日から部活にも復帰するよ」
「熱田さん、お疲れ様でした」
 伊勢さんには毎日、電話で報告していたためか、もう怒ってはいない様子だ。
 表向きはだが……

「そうそう、七月のダブルデート、椿さん来てくれるかな」
「多分、来てくれると思いますよ。友達想いなんですね」

「親友って呼べるくらいだからね。本当にいい奴なんだ。だから上手くいくといいなって思う」
「早めに未来さんにお伝えするようにしますね」

「うん、助かるよ。その週に椿さんに予定があったら週を後ろにズラせばいいだけからよろしくね」
「ズラすだけですか?」
 不味い、地雷を踏んだ気がした。

「伊勢さんが良ければ、延期の場合には予定の週はまた二人でデートしたいな」
 リカバリーせねば!
「はい。もちろんです!」
『一気にご機嫌が治った。意外と単純なんだな……』

***

 そして、今日も高天ヶ原。
「先生、雀咲さんは、もう大丈夫そうでしょうか?」
 心配だったから聞いてみた。

「本来は女性神に聞くべきだが、まぁいいだろう。今夜も反省してから寝ているから、もう大丈夫だな。あの白女狐が辿ってくる糸はなくなった」
「そうですか、今夜も反省しているんですか。本当に考えを改めたんですね」

「そうだ。これが理想だ。地獄霊を地獄に送り返し、その間に地上の人間を改心させる。初めてだったにもかかわらず見事だったぞ」
「はい、ありがとうございます。でも、図に乗らないようにします」

「なかなか、心の修行も進んでいるじゃないか」
「増上慢に(おちい)ると簡単に転落すると、耳に胼胝(タコ)ができるくらい聞いてますからね」

「それくらい、大事だからじゃぞ」
「心得ています。先生、これからも、本当によろしくお願いいたします」
 深いお辞儀で礼をとった。

「そのまま真っ直ぐに成長してくれ」
 すると、場面が道場外に変わった。

「あれ? どうして外に?」
「お客さんが来たのが分かったから出迎えに、お主を連れて跳んだ(テレポート)のだ」

「お客さんですか?」
 先生と共に、南方を見ていると何やらコチラに飛んでくるのが見えた。

 それは、凄い速さで近づいてきた。
 (あか)い色の大きな鳥、鳳凰のように見える。

 十メートルほどある鳳凰が目の前に着地し(こうべ)を垂れる。そして、
(ごう)様、この度は私を助けてくださり、誠にありがとうございました」
 と言ってきたのだ。

『ん? 虹? なんで?』
 後ろを見ても、あの虹色の竜はいなかった。
 代わりに先生が、答える。
「まだ、自覚がないし教えていないのでな。正義(まさき)と呼んでやってくれ」
『え? どういうこと???』

 目の前の朱い鳳凰が言い直した。
「これは失礼しました。正義様、この度は私をお助けくださり、心よりお礼申し上げます」
 俺に向かって、首を垂れる。

「えっとですね。良く分かっていないので、ご説明願いますか?」
 訳が分からないから聞いてみた。

「私は朱雀」
「え? 朱雀! 四方の聖獣ですか?」

「はい。その通りです。この度、下生した私、つまり雀咲朱里を救ってくださいました」
「へ? 雀咲さん?」

「はい。私の魂の一部が雀咲朱里です。霊的に守護していたのですが、地上に降りた部分が嘘の旨味を知り、コントロール出来なくなってしまいました。元が朱雀ですので、地獄霊も真っ先に狙ってきたため憑りつかれてしまいました。そのため、私の導きを受け付けなくなり、ああなってしまいました。本当に情けないことです」
「そうだったのか……いや、同級生に朱雀の魂がいたなんて、凄いな!!」

「貴方こそ、私たちのリーダーではありませんか。っと知らないのでしたね」
「その通り、ゆくゆく俺から正義に教えていくから、君からは言わないでくれ」
 先生がそういうと、
「成政様、かしこまりました」
 と素直に応じていた。

 俺は、訳が分からない……が、一つ浮かんだことがあった。
「あ! 狭間での記憶があって、全部視えていたのは、雀咲さんが朱雀だったからなんだ!」
「はい、左様でございます」
 朱雀に肯定された……

「でも、聖獣でも地獄霊に憑りつかれちゃうんですね」
「情けない話ですが、地獄に糸を垂らせば憑りつかれてしまいます。私は特に狙われやすいので、気を付けてはいたのですが結果はこの通りです」

「目立つだけに狙われやすい訳なんだ!」
「その通りです。今後は正義様にお仕えいたしますので、地獄霊との戦いで必要なときにはお呼びください。それが今回、下生した私の役割でございますので遠慮なく、お呼びください」

「とても畏れ多いけど、そのときはお願いします」
「それでは失礼いたします」
 朱雀は今一度、首を垂れるとその後、南の方向へと飛んでいった。



 あっという間に見えなくなった。
「先生、俺は夢でも見ているのでしょうか?」
「確かに今、地上での肉体は寝ているな」

「ははっ。確かにそうですね」
 どうやら現実のようだ。
 高天ヶ原に毎日来ているのが当然になっているのに、この出来事は夢かと思った。

「先生は、全部知っていたんですね」
「無論だ」
 エッヘンとしている。

「私も計画して地上に降りたとお聞きしています。先生は、私のその計画も全部ご存じなのですよね?」
「そうじゃ」

「なるほど……色々と秘密が多いのですね。朱雀が俺のことを、(ごう)と呼んでいたように感じましたが? それとも先生が虹と関係あるのですか?」
「そのうち、分かるときがくる」

「そういえば、俺がピンチのときに虹の声がして天翔が弓に変化し、助かったことがあります。私と虹とは、何か関係があるのですか?」
「察しがいいな。あるぞ。まだ言わんがな」

「そうお答えになると絶対に教えてくださらないので諦めます」
「物分かりが良い弟子で、いいのぉ~」
 先生は、ご機嫌かつ悪戯心満面の笑顔をしていた。

「朱雀……朱雀か……となると青龍、白虎、玄武も居たりして。なんちゃって」
「いるぞ」

「え? 本当に?」
「うむ。何と言っても奴、興教大師(こうぎょうだいし)標的(ターゲット)だからな」

「四聖獣まで地上に降ろすなんて、余程の悪魔なんですね」
「そうだ。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)天照大神(あまてらすおおみかみ)、直々の計画なのだぞ。手強いに決まっておろう」

「俺が、興教大師を……」
 不安になる。
「倒せとは言うておらん。引きずり出すのが役割じゃ。間違えるなよ? お主では絶対に敵わない。おびき出すのが役割だ。四聖獣の助けもあれば、おびき出せたとき神々が来るまでの間、持ちこたえるくらいは出来る」

「分かりました。今、改めて理解しました」
覚鑁(かくばん)じゃ。興教大師の名は、覚鑁というのだ」

「覚鑁、か・く・ば・ん。ですか、怖そうな名前ですね」
「仏教の僧だったが、増上慢になり悪魔に憑りつかれ、死後そのまま悪魔と化し、主に日本の光ある者を標的にするようになった。他にも平将門(たいらのまさかど)がおるが、覚鑁を折伏(しゃくぶく)するのが先だ」

「二人が共闘することはないのですか?」
「悪魔は自分勝手の究極だからな。簡単には共闘しない。なんせ、自分が一番だと思っているからな。悪魔が連携することが異例なのは天界としても助かる。こっちが教えても”俺が! 俺が!”となって連携せんがな。だが目的のために一時的に手を組むことはあるやも知れぬが、まず有り得ん」

「そう聞いて安心しました。でも覚鑁の前に、将門が出てくる可能性はありますよね?」
「あるな」

「どうすれば良いのですか?」
「だから仏教に乗っ取って行動しているのだ。奴は仏教の僧だった。だから得意分野で地獄霊を討伐され続ければ、将門でなく覚鑁が出てくる」

「なるほど……そういえば天之御中主神は奈良の大仏の建立は高天ヶ原の神々が聖武天皇に指示をしたようなことを言われていましたね」
「よく覚えておるではないか。関心関心」

「日本の神々は仏教を受け入れ共存し、革新(イノベーション)を果たしたのですね」
「難しいことを知っているではないか! だがその通りだ。だからこそ、仏教的に攻める(アプローチ)ことが出来る訳だ」

「私なりに、伊勢さんと四聖獣の助けも借りて役割を果たしてみせます」
「お主と静香の身内も狙われやすいから、重点的に高天ヶ原神々で護っておる。安心して役割を果たすのだぞ」

「はい!」
 俺は、改めて使命の重要さを悟った。
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