第壱伍話 使命

文字数 3,740文字

「さて、ようやく二人が揃ったのだ。良き日である、面を上げてよいぞ」
 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)がおっしゃった。

 俺と伊勢さんは頭を上げ、神々と正座で対面した。

「それでは改めて紹介しようぞ。我は天之御中主である。静香、今後ともよろしくな」
「勿体ないお言葉でございます。私こそ、よろしくお願い申し上げます」
 伊勢さんは、礼儀作法がしっかりしている。

「我が名は、日本武尊(やまとたけるのみこと)だ。よろしく頼む」
「はい!」

「女性神の方々より先に自己紹介するのはおこがましいが、私は千葉周作成政。正義(まさき)の剣術の師を仰せつかっておる者だ」
「そうだったのですね! 北辰一刀流は私も存じております」

「そうか、そうか。女子(おなご)に知ってもらっていて嬉しい限りだ。今後も正義と共によろしくな」
「はい!」
 こうして男性神の紹介が終わった。

「それでは、次はわたしめどもですね。我は天照(あまてらす)辰時(たつとき)……いえ、今後は正義と呼びましょう。静も静香と呼ぶようにするわね」
「天照大神。お会いでき光栄至極でございます」
「はい。天照様!」
 二人して元気よく返事をした。

「元気で良いことです。私は日向(ひむか)です。正義、今後は静香と共に活躍することを期待していますよ」
「ひ、ひむか様ですね。よろしくお願いいたします」
 俺は礼をとると、横から伊勢さんが教えてくれた。
「日向様は、地上では卑弥呼と呼ばれている方です。詳しくは後で説明しますが、今後は日向様とお呼びくださいね」
「卑弥呼! あ、うん。わかったよ。教えてくれてありがとう」
 伊勢さんがニッコリを微笑む。
『綺麗だ……』
 思わず見とれてしまった。

「正義は静香に、もう心を奪われましたか? 私は壱与(いよ)。静……いえ、静香の神楽と弓の師です」
「え、ええ! あ、あ……えっと、よろしくお願いいたします」
 見とれていたところに、こう言われたもんだから口からでる語彙(ごい)がなかった。
 またも、伊勢さんが教えてくれた。
「師の壱与様は邪馬台国、本当の名は”大和の國”で日向様の後継者だった方です」
「サンキュ」
 今後は顔を見ずにお礼を言った。また見とれてしまうかと思ったからだ。

「! それで最近、伊勢さんの弓道の腕が急上昇したんだ!」
 思わず叫んでしまった。
「実は、そうなんです」
 伊勢さんが即肯定してくれて助かった。

「二人とも仲が良くていいですね」
「壱与様! 冷やかさないでくださいませ」
 壱与様が、温かな目で微笑んでいた。

 今後は日本武尊が、代表でお話になるようだ。
「これで我らの自己紹介は終わったな。さて、静香はもう色々と聞いているが、正義はまだ知らないことが多い」

「え? あ、そうか伊勢さんは四年以上、高天ヶ原の神々と過ごしていたんだもんな」
「はい」

「正義にも教えよう。正義、お主は戦国時代に清州辰時という名で織田信長に仕えた刀と弓の名手であった。そして、本能寺の変で命を散らした」
『!!』
「俺が信長に仕えていたんですか!? しかも、本能寺で!」

「そうだ。お主の右わきにある火傷の後は、本能寺で火矢を受けたときの名残だ」
「え? この生まれつきあった火傷の痕みたいなのが!?」
 驚きの連続だ。

「前世のお主は、幼馴染で婚約者であった巫女の静を残して先に逝ってしまった訳だ」
「えぇぇ? あ!」

「そうだ。先日、お主と静香の中から前世の魂の部分が姿を現したであろう?」
『確かに婚約していたと言っていた』

「さぞや無念だったようでな。今世も巡り合う約束をして地上に降りていった」
「俺と伊勢さんが!?」
 出る言葉が単調過ぎる自分が情けない!

「二人とも高天ヶ原の我々に仕えている魂であったからな。今世は使命を授け協力して果たしてもらおうと計画した訳だ」
「ということは俺が生まれる前からの計画だったということですか?」

「その通りだ。生まれたときに記憶はなくしたが魂に刻んだ約束は、しっかり守っていた。そこは褒めてやろう」
「ありがたき幸せです」
 そこで疑問を湧いたため思わず聞いてしまった。
「ん? 俺と伊勢さん……今世は夫婦になるってことですか?」
 その直後、背中にバチーンと手のひらが当たった。
 思わず隣の伊勢さんを見ると恥ずかしそうに(うつむ)いていた。

「正義……女心はこれから学ばんといかんな。今世夫婦になるかは二人の自由だ。使命は果たしてもらうがな。それぞれ好きな異性ができたのなら無理に一緒になる必要はない」
「そうなんですね……はははっ」

 壱与様が我慢できなくなったようで声を掛けてきた。
「正義、あなたは今、初めて聞いたから仕方ないかも知れませんが、静香はこの話を聞いて貴方に会える日を楽しみにしていたのですよ。本当に女心の分からない侍ですこと」
「壱与様!」
 伊勢さんが、思わず声を出していた。

「あまりに正義が無神経だから、可愛い弟子の代わりに言ってあげたのです」
「は……はぁ」
 俺は、唖然としていた。

「神楽の修行が一通り済み、貴方の学校に転校までさせた初日。貴方が静香をかばってあげたのを、とても喜んでいたのですよ。それが、ここに来てこんなに無神経なんてね」
「恥ずかしいですから壱与様、そこまでにしてください」
 伊勢さんの顔が真っ赤だった。
『か……可愛い!!』
 その横顔をみてドキっとした。

 日本武尊が助け舟を出してくださった。
「おっほん。男というものは、しっかり女子(おなご)を支えてあげんとな!」
「は、はい!」

「話が逸れてしまったが、本題に戻ろう」
 ここで空気が変わった。神々の表情もほほ笑みから真顔に戻った。
 俺たちも気を引き締め、心の準備をする。

「これからの二人の使命であるが、地上に悪しき影響を及ぼしている地獄霊を退治すること」
「はい。それは存じております」

「まだ早い!」
「失礼しました」
 頭を畳につけお詫びした。

「地獄霊というのは天界の生命エネルギーを吸収できず死にそうなほど苦しい思いをしている。だが生命は永遠であり魂は消滅しない。永遠に生き続けるのだ」
「永遠の生命ですか!」

「そうだ。地上の肉体だけでなく創造神はそのように人の魂を創られた。だから地獄霊は前回の生霊のときもそうだが、地上にいる同じ考え方の者から地獄に垂れ下がっている蜘蛛の糸を辿り、その者に憑依(ひょうい)する。そうしたことで自らの欲を満たしておるのと同時にエネルギー補給をしている。これが現実だ」
「壮大ですね……」

「二人に地獄霊をすべて退治しろといっている訳ではない。我らとて地獄に赴き改心させようと日々、努力しておる」
「では、俺らは何をすればよろしいのでしょうか?」

「これから霊道を開くと、今まで視えなかった存在が視えるようになる。いきなりはショックだろうから、こちらで制御しながら徐々にしてくつもりだが、心せよ! 醜いもの、気持ち悪いもの、おぞましいものが視える。これだけで平常心を保つのは容易ではない。そうしたときには我ら高天ヶ原の神々がついているということを決して忘れてはならない。神々がついているのだから無敵である! そう固く心に刻め!!」
「はい!」
「かしこまりました」
 伊勢さんの二人で返事をした。

「最終的には悪魔が出てくる筈だ。主らの今回の使命はその悪魔を表舞台に引きずり出すことだ」
「引きずり出すだけですか?」

「そうだ。悪魔には残念だか決して、主らでは敵わぬ。だが表舞台で引きずり出せば我らが折伏(しゃくぶく)する」
「かしこまりました。悪魔は何人もいるのでしょうか?」

「いるが今回の引きずり出したい悪魔の名は、興教大師(こうぎょうだいし)である」
「こうぎょうだいし?」

「左様。平安時代後期の真言宗の僧であり新義真言宗始祖だが、この者が日本を狂わせる代表的な悪魔である」
「仏教の僧なのですか?」

「そうだ。しかし天界では、そんなことは関係ない。日本の神として、こやつを放っておくわけにはいかんのだ。主らが地獄霊を退治し、蜘蛛の糸を垂れ下げている地上の者を改心させていけば、いずれは奴がでてくる」
「それが俺たちの今世の使命なのですね?」

「うむ。心して掛かれ、神々は常に主らと一緒であることを忘れなければ大丈夫だ。姿が視えずとも信じる心が主らを護る」
「俺たちにできるでしょうか?」

「できると判断し計画して地上に降ろしたのだ。やってもらわねば困る」
「はい。期待にお答えできるよう精進いたします」
「私も、熱田さんを支え一緒に精進して参ります」
 伊勢さんもやる気だ。そうなんだ。彼女はこの使命のために三年以上も修行をしてきたのだから。

「二人とも良き返事である。今後も夜は高天ヶ原での修行は続けるから安心するが良い」
「ありがとうございます」

 天之御中主神、天照大神の二神が最後に締めにかかる。
「では、我らは一体じゃ。ともに日本を狂わす悪魔を退治するとしようぞ!」

 俺たち二人はお辞儀で答えた。
 天照大神より護身の儀が行われた。
 先日、伊勢さんが見せてくれた時計回りに十二回柏手を打つものだった。
「これにて二人に天照の護りを授けた。我も一緒であることを忘れないように!」

「ははっーーー!」

「では解散」
 天照大神の大きな柏手により目が覚めた。

***

 いつものようなスズメがチュンチュン鳴いている。
『平和だ……しかし、とうとう使命が明かされた! 伊勢さんと二人で協力して頑張ろう! 神々と一緒に!!』
 俺は恐怖よりも、使命感に燃えていた。
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