第壱弐話 もう一人

文字数 3,182文字

 (静香)の霊体は、三次元と四次元の狭間に移行した。
 剣道場の中から話し声が聞こえてくる。
『説得しようとしているようだけど多分、無理ね』

 その通り、直ぐに戦闘が開始されたのが剣戟から分かった。
『中に入ろう。熱田さんに気づかれないように後方にそっとね』
 霊体だから壁やドアなど関係ない、私は道場の中へ壁をすり抜けて入った。

『熱田さんの勝ちね。これなら私の出番はないかな?』
 しばらく様子を見ていると、佐藤という生霊の後ろに黒い(もや)が湧き立ち地獄霊が現れた。

『……攻めあぐねているわね。それではお手伝いいたします!』
 私は、身体を渦を巻くように回転させながら舞った。
『金縛りの舞!』
 そして最後に、神楽鈴を鳴らす。

 シャンシャンと清らかな鈴の音が空間に響くと、狙い通り生霊は金縛り状態になった。
『成功よ。やったわ! あれ? 熱田さんが攻撃しない。どうしたのかしら? まだ持続時間はあるけど地獄霊が意表を突かれている今が、チャンスなのに!』

 思わす叫んだ。
「早く、早く! 地獄霊を斬ってください!!」

 すると熱田さんが攻撃に転じ決着はすぐについた。圧勝だわ。
 私は早々にこの場を去ることにしたけど後方から、
「あ! ありがとう。君は誰?」
 と聞こえてきた。
『まだ壱与様から許可が出ていないから、顔を合わせる訳にはいかないわね』
 そう思い、私はそのまま立ち去ることにした。

 次の瞬間、狭間は消え去り私は肉体に戻っていた。
『実際に起こると不思議だわ……でも、すぐに剣道場から去らないと』
 私は音を立てないように急いで校舎に戻った。

***

『一体、誰だったんだ? 狭間に居られる女性? 神々から何も聞いていない。しかし、どうやら味方みたいだ……う~~~ん。今夜、千葉先生にお聞きすればわかるだろう』
 気を取り直して片付けをし、剣道場に鍵をかけ顧問に返却。

 左腕の傷が痛い。見てみると、赤い線が入っていたが皮膚は切れてなく血も出ていなかった。
『霊体に傷を負うとこうなるのか、生霊を斬るな。と言われる訳だ』
 そう思いながら、帰途に就いた。
 


「先生、初陣見事に果たしましたよ」
 ちょっとエッヘンという感じで報告した。

「そうか? その左腕の怪我は何か?」
「名誉の負傷です!」

「ほっほ~う。名誉ね。油断したに過ぎぬな」
「初めてだったんですから、少しは褒めてくださいよー」
『日頃、厳しい先生から褒めて貰えたらモチベーションアップしたのになー』

「まぁ最初だからな。仕方あるまい」
 その顔は嬉しそうに笑っていた。
『良かった。評価してくれたんだ』
 めっちゃ嬉しかった。

「なにをニヤニヤしておる! まったく支援がなかったら、どうなったことやら」
 曰くありげにニヤっとしている。悪戯心満載だ。

「そう! それです! なんですか? あんなの聞いていないですよ。あの女性は一体、何だったのですか? 誰だったのですか? 先生知っているんでしょ! 教えてくださいよー」
 矢継ぎ早に質問責めにする。

「前にも言ったように楽しみはとっておかんとなと。しかし、刺激的だったじゃろ?」
「話をはぐらかさないでください! で、誰だったんですか?」

 先生は腕組しながら、どうしたもんかという振りをしながら()れさせてくれる。
「そう焦れるな。座禅の修行が足りんな」
「だから、お・し・え・て・く・だ・さ・い」

「わかった、わかった。ちょっとだけだぞ」
「また勿体ぶる。スカっとすべて教えてください」

「ダメじゃ」
「頑固者!」

「師匠をなんだと思うておる!」
 最近は、先生との間に絆が生まれていてこのようにじゃれ合うことができるのだ。

「おっほん。では話そう。実は、お主の他にも、もう一人同じ使命を授かっている者がいるのだ」
「……やっぱり、そうだったんですね。どう考えても味方でしたもん」

正義(まさき)は男性神から、あの者は女性神、つまり天照大神から使命を受けておる」
「そんな重要なことを、何で教えてくれなかったんですか!?」

「だから楽しみはとっておかんとなと。まぁ、そのうち分かる」
「これ以上は教えてくれないんですね?」

「そうじゃ」
『ったくもう。勿体ぶって、全部教えてくれてもいいじゃんか』

「なにをブツブツ思っておる? 筒抜けじゃぞ」
「筒抜けなのは解ってやってます!」
「ふふふ。わっはっは」
 大笑いし出す先生だった。

「わかりました。諦めます。でも、そのうち分かるんですよね?」
「うむ。でだ、話は変わるが正義への生霊は一旦、撃退したが」
 そこで、思わず話の腰を折ってしまった。
「したが?」

「そうだ。あの者は一旦、地獄霊と切れた訳だが考え方を変えんと、また憑りつかれる」
「え? せっかく撃退したのにですか?」

「あの地獄霊も死んだのではなく、地獄に戻されただけなのだ。それに同じような思考の地獄霊は他にもいるからな。またあの者の嫉妬という蜘蛛の糸を辿ってくる」
「では、生きている佐藤も説得しないとダメなんですね?」

「そうだ」
「また難しいことを突き付けてきますね」

「まぁ、頑張れ!」
「考えます」

「時にな正義」
「はい。まだあるんですか?」

「これからが本題だ」
「えぇぇーーー」

「あの椿という娘な。本人にも恋慕の想いが沢山、(まとわ)わりついておる」
「モテますからね。ですが、本人を見ていても別に普通ですよ?」

「修行が足りんな。人前で見せないだけで精神的に随分、参っているようじゃぞ」
「……そうだったんですね。では、どうしたら良いのかお教えください」

「そうだな。剣道場にでも、あの娘を呼び出して狭間で周りの想念を斬ってしまえば良い」
「剣道場に彼女を呼び出すんですか? めちゃくちゃ怪しいじゃないですか」

「そう思うなら正義で考えるのだな」
 なんか、悪戯っ子みたいな顔をしている先生だった。

「狭間で、彼女の周りを斬ればいいんですね? でも、また直ぐに恋慕の想いとやらが彼女に集まってくるんじゃないですか?」
「左様」

「……何か企んでいますね」
「秘密じゃ。まぁ、考えてやってみることだ。健闘を祈る! では木刀を持て、修行に入るぞ」

***

 翌日、早速、椿(つばき)さんに話しかけた。
「椿さん。実はお願いごとがあって、放課後に少し付き合ってくれないかな?」

「え? デートのお誘い!?」
「え?」
 二人して驚き合い目が合ったと思ったら、笑い出した。

「だよねー、で? 弓道部に来たくなったのかな?」
「いや、そうではなくてですね……。とにかく放課後、教室に残ってくれないかな」
 ふと隣の席の伊勢さんと目が合う。
 先ほどからジーっとこちらを見ているから気になってしまった。

「そうだ! 伊勢さんも一緒にでいいからさ。一人だと怪しまれるけど、二人なら変に思われないよね?」

「う、うん。伊勢さん、付き合ってもらってもいい?」
「私は、構いません。お付き合いいたします」
 端的だ!

「じゃ、そういうことで、よろしく!」

 席に戻ると、すぐに(とおる)が俺の席にまで来た。
「さっき、椿さんと何を話していたんだ?」

「気になるか~?」
「い、いや。そうじゃなくてさー、珍しいなと思ってだな……」

「徹が心配するようなことじゃないよ。ちょっと困っていることがあって相談したいとお願いしたんだ。伊勢さんも一緒だから大丈夫」
「正義の困りごと?」

「いやー実はさ、俺、誤解されているようで、ある奴から嫉妬されているんだよ。で、協力を頼みたいって訳だ。だから椿さんじゃないとダメなんだけど、一人だと更に誤解されるから伊勢さんにも付き合ってもらうことになった」
「そういうことか……まかさオレ!?」
 徹が自分を指で差している。

「ほー、身に覚えがあると!」
「そんな訳あるかー!!」
 大声で叫んでクラスの注目を浴び、慌てて席に退散していった。

『あーぁ、ちょっとおちょくっただけで純な奴だな。でも、徹も一緒にという訳にはいかないからゴメン!』
 心の中で親友に詫びた。
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