第捌話 お詫び行脚

文字数 4,845文字

「東川さん、前に私の身勝手な悪戯で貴方の純心を傷つけてしまい、本当にごめんなさい」
 俺がテニス部員の東川くんを、他の生徒から見えない校舎裏に呼び出したのだ。
 先の俺が前置きというか、雀咲(すずさき)さんがお詫びしたいということを説明したりしておいた。
「なんでお前が?」と、たまに殴られそうにもなったが……
 そして今、雀咲さんが頭を思っ切りさげ、必死になって謝っている。

「そんな簡単に許せると思う? 俺、女の子から初めて告白され有頂天になって、みんなに言いまくったんだぜ。なのに初デートで、”貴方は私の思った性格と違ったわ。私、つまらないから、もう帰る”と置いていかれた。あれだけ言いまくったのに直ぐにフラれて恥をかいた。フラれただけなら仕方ないけど、後でキミの悪戯だったと知った俺は女性不信になったんだ!」
 当然だが、怒り爆発だ。
 愛情の傷ほど、精神的な……心の傷が深いものはない。
 だからと言って謝罪なしはダメだ。

「ごめんなさい。あの時、私どうかしてたの。そんなこと言い訳にならないけど、今は本当に(ひど)いことをしたって気付いてる。でも、謝ることしかできなくて、ごめんなさい!」
 必死に心から詫びているのを感じた。

「俺は一生、お前を許さない!」
 東川くんは吐き捨てるように言うと部活に戻っていった。



「時間的に今日は、ここまでかな。あとは明日にしよう」
 俺が、そう言うと黙って首を縦に振る。
 頬が腫れている。
 これまでで二人に、ビンタをくらったからだ。
 俺は(かば)うことはできたが、一発くらいは仕方ないと見逃した。
 でもその次は許さなかった。俺が止めたからだ。
 本当は女性に手を出すことすら許せなかったが、怒りながらも手加減していたのが分かったから、最初のビンタは見逃した。

「熱田くん……今日は本当にありがとう。私、迷惑かけた方なのに……」
「一人で謝罪してまわるのは(こく)かなっと思ったのと、叩かれるのは仕方ないとはいえ出来るだけ止めたかった」

「ありがとう……」
 雀咲さんが、またも泣き出す。
『参ったな……抱きしめる訳にもいかないし』
 そう思い、頭をなでなでした。
「謝るのにも勇気がいるよな。一人だと怖いだろうし、一度謝ることができれば、その先もできるだろって思ったんだ」

「デートの相手、私にして良かったの?」
「憎まれ役だけど真実がないと、謝りにいっても人は信じてくれないだろう?」

「確かに、そうだね……でのあの子に悪いなって。あそこでみた綺麗なあの子でしょ? 本当のデートの相手」
「え? うん。そうだよ」

「大丈夫? これでケンカにならない?」
「そこは、説明すれば分かってくれる……と思う。今日の彼らにも一度のお試しデートだっただけで付き合ってはいないって伝えたしね」

「女の子は許してくれたように見えても、傷ついているからね!」
「お、おぅ。心得ておくよ。ありがと」

 お互い立場が逆転しているのに気づき、クスっと笑いだした。
「ご家族には一人で謝れるよね?」
「うん。今日、みんなに謝ったことで出来ると思う。これからは悪意のある嘘は絶対につかない!」

「それなら、大丈夫だよ。明日、明後日も……かな? お詫び行脚しますかね」
「ごめんなさい。でも、心強いからお願いします」
 俺の袖を握りながら、上目遣いで見つめてくる。
『これは反則だなぁ』
「足を突っ込んだからには最後まで付き合うよ。明後日には終わるよね?」

「大丈夫! 明日中は無理だけど!!」
『胸を張って言うなよな~。被害者が予想よりは少なかったけどさ』
 俺は手にもった謝罪者リストを見ながら思った。



 夜!
 メッセージアプリではなく電話して、伊勢さんに直接説明した。
「勝手に決めてゴメン。伊勢さんに相談する時間もなかったし、でも俺なりに一生懸命考えた結果、こうするのが一番だと思ったんだ」
「いいえ。私も、この判断で良かったと思いますよ」
 返事は肯定しているのに、その言葉の裏で怒っているのが伝わってきた。

「お試しデートで付き合っている訳ではないとしているし!」
「でも、それでは熱田さんがプレイボーイになってしまいますよ。自己犠牲もこれっきりにしてくださいね!」
 しっかりとアクセントが語尾にあった。

「ちゃんと、次から相談して決める」
「ええ、そうしてください。()()()・は、パートナーなんですから」
 伊勢さん、怒ると怖いな……

「あと徹と椿さんを誘ってのダブルデートも考えておいてね」
「そうすると私たちの関係がバレてしまいますよ」

「あの二人なら無用に人には言わないさ」
「未来さんはそうですが、私は桜木さんの性格をよく知りませんので」

「徹は大丈夫!」
「熱田さんが、そこまで信頼しているのでしたら信じることにします」

「ありがとう! では期末試験明けの七月の土曜日に設定してもいい?」
「今から二週間後強ですね。分かりました」

「うっし! 楽しみにしてる」
「はい。私も楽しみにしています」

「じゃ、また明日ね。おやすみ」
「おやすみなさい」
 こうして無事、許してもらえ? 電話を切った。
『徹も喜ぶぞー。椿さん、来てくれるかな? 伊勢さんともデートできるし楽しみだな』
 こうして眠りについた。



『まったく。女心の分からない人で困ったわ。でも最後、デートの話で誤魔化された気がする』
 そう思いながら次のデートが楽しみな自分(静香)に気づいた。



「お父さん、お母さん。今まで(朱里)、色々と噓をついてばかりでした。本当にごめんなさい」
 人生で初めて土下座した。

 父と母は、最初は(いぶか)し気にしていたけど、私の真剣な姿勢で本当に謝罪していると分かってもらえた。
 その夜、寝る前に熱田くんから聞いた反省というのを試してみた。
 正直、最初は上手にできなかったけど、少しだけ反省らしきものができた。
『どうして嘘をついて人が混乱するのが楽しかったのだろう……どうして、あんなことをしたのだろう?……そうだ、私は自分のルックスに少し自信があった。でも他にも可愛い女子や綺麗な女子が結構いて、私は意外とモテなかった。だから自分を満たしたかった……嘘でも”あなたに興味があるの。私とデートしてください”。そう……その一言で、男子どもはイチコロだった。やっぱり私はモテるんだわって……自分勝手だった……人の心を傷つけることだってことから目を背けてた』
 そう思うと涙が溢れてきた。
『そう。彼にも……青山くんにも……武田くんにも……』
 思い起こしては心の中で謝罪すると、また涙が溢れ出る。
『友達やお父さん、お母さんにも嘘をついて私は悪くない。とか、いい子ぶっていた。私自身の保身()()のために!』
 涙が止まらない。
 気が付くと、もう夜中の二時近くだった。

『明日、目が腫れたままになっちゃうな……でも私自身の行動の結果だから。明日、瑞穂ちゃんと穂乃果ちゃんにも、ちゃんと謝ろう』
 そう思い眠りについた。

***

「なんとか畜生地獄霊を撃退したな。あの女子(おなご)に反省の必要性も説いたし、まずは及第点だ」
 千葉先生からお褒め? の言葉を頂いた。
「先生、ありがとうございました。先生の修行の賜物です」

「おぉ! そうかそうか!! うんうん」
 ご満悦だ。
「でも何故、昨夜は高天ヶ原に呼んでいただけなかったのですか?」

「弟子を甘やかさないためだ。俺はお主に刀も教え、心の修行もちゃんと施した。だから、どこまでお主が心の中で消化して理解しているのか試したのだ」
「なるほど、それで及第点なんですね」

「油断して足を噛まれおって、情けないの~」
「ずっと人型を相手にって想定して修行していたんですよ! 仕方ないじゃないですか」

「俺は一度も、”地獄霊は人型だ”など言うておらんぞ。ちゃんと修行の過程では、どんな角度からの攻撃にも対応できるようにしていたはずだ」
「……っ、た、確かにそうですが」
 そう言葉がでたが、先生のおっしゃることが正しかったので、それ以上言えなくなった。

「これも経験じゃ。静香がおれば楽勝だっただろうしな」
「うっ! 俺の立場がないですよ。確かに伊勢さんだけでも撃退できた感じがします」

「何を言っておる! 神楽を舞うときには無防備なのじゃぞ。ちゃんとお主が守って、地獄霊の気を引いているから静香は舞えるのだ。ちゃんと心得ておくのだ」
「はい。そうなると地獄霊が複数の場合、伊勢さんを守りきれるでしょうか」

「だから日々、修行を重ねておるのじゃろう? 二人が力を合わせるからこそ、地獄霊を撃退し地獄に戻すことができる。地獄霊の離れている間に、元になった人に反省を促し、地獄へ垂れ下げている蜘蛛の糸を断ち切ることができるのだ。後の方は、その人物が反省するかどうかに掛かっているがな」

「そうだ! 先生。今回の件、彼女、雀咲さんには狭間での出来事が視えていたんです!! 椿さんのときには、彼女にとって数秒の出来事だったのに。今回は何故なのでしょうか? それとも逆に椿さんだけ特別だったのでしょうか?」

「うーーーん。今回のその件は」
「はい」
 俺がゴクっと息を呑んだ。

「秘密じゃ!」
「えぇぇぇ! またですか~~~、先生、教えてくださいよーーー」

「甘えてもダメじゃ。言わんでも近々分かる」
「本当ですか?」

「師を疑うのか? 可哀そうな師だのぅ」
()()()()。悲しそうじゃないですが!」

「はっはっは。まぁ、話はこれまでにして修行に入るかの」
 こうして真剣での修行が開始された。

***

 翌日の放課後、三階の空き教室で雀咲さんと合流。
 お詫び行脚の続きを開始……しようとしたが、目は腫れていて、ほっぺも少し腫れていた。

「雀咲さん、大丈夫? 放課後までに、何かあったの?」
 心配になって聞いてみた。

「うん。昨夜、熱田くんから聞いた反省をしてみたの。そうしたら涙が止まらなくなって、気づいたら夜中だった」
「そうか、ちゃんと反省しようとしてくれたんだね。偉いよ」

「昨日、熱田くんが、ずっと付き合ってくれたでしょ。なんの得にもならないしマイナスにしかならないのに……彼女さんともケンカになったかも知れないのに……だから、ちゃんと取り組まなくっちゃ。って思ったのと、正直、怖かった。また、あの白女狐に憑りつかられることが……結局、保身だったのよ」
「いや、ちゃんと反省したのが分かる。キッカケは白女狐に再び憑りつかれたくないって思いだったとしても、反省は本物だった。だから涙が出たんだよ」

「不思議と涙が出てきて、溢れ出てきて止まらなかった。一人に反省すると、次が浮かんできたわ……そうそう、ちゃんと家でもお父さん、お母さんに謝ったよ」
「そうか、よくやったね」
 思わず頭をなでなでしていた。
『なんか、妹をもった気分だな……』

「昼休憩にね。仲良くしてくれていた友達にも謝ったの。二人に思いっ切りビンタされたけど、それで許してくれた。絶交されると思っていたのに許してくれた」
「それはさ、多分。雀咲さんが反省して、嘘つきオーラが消えているのを自然と察知したんだよ。だから、昨夜の反省がなかったら絶交されていたと思うよ」

「そうなのかな……熱田くんが言うなら、そうなのかもね」
「そうだよ。でも、雀咲さん自身がちゃんと反省しようって頑張ったからなんだよ」

「ありがとう。でも、そろそろ頭を撫でるのをやめてもらえるかな……恥ずかしい」
「えっ! あ、ごめん。つい、やってしまった」
 ずっと、なでなでしていた手をサッと引いた。

「熱田くん、彼女がいるのにそれは不味いよ。ジゴロなの? 勘違いされちゃうよ」
「い、いや、そういう訳じゃないけど、妹みたいだなっと思ったら頭を撫でていた」

「そっか……熱田くんにとって、私は妹みたいなんだね」
「え?」

「ううん、いいの。じゃ、大変申し訳ないけど今日もお詫び行脚の同行、よろしくお願いします」
 雀咲さんは、そう言うと深いお辞儀をしてきた。
「おっし! 行こうか」
 こうしてお詫び行脚をしたのだが、不思議と今日は殴りかかってくる奴はいなかった。
 きっと反省の効果なのだろうと思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み