第1話

文字数 1,111文字

 私の右前脚はロケットランチャーになっている。肉球や付属のリモコンスイッチを押すことで、破壊力抜群の小型ミサイルを発射することができる。
 左前脚にはバネ仕掛けのパンチンググローブが内蔵されている。これまたスイッチを押すことで、失神確定の超速パンチを繰り出すことができる。
 こんなことのできる私であるが、大輝殿の求めているものだけは、決して渡してあげることができない。

 私は猫である。さびしがりやな大輝殿の慰め役として、この家にやってきた。初めて来たのは、北風の吹き抜ける放電しやすい冬の日のことだった。小学五年生の大輝殿は、いつも通りのT字型の空気入れを右手に握り締め、寒さに耳たぶを真っ赤にしながら、玄関前の門に立っていた。私を乗せた車が家の前に止まるのをわくわくと待ち受け、閉じたケージの蓋をぱかりと開いて、私の顔をまじまじと見るまで、大輝殿の頬は紅潮していた。
 それから、小さな肩を落として、がっかりと吐息をついた。

(ぼくは猫が欲しかったんだよ)
(猫だよ)
 ペットショップのおじさんは、にっこり笑ってそう答えた。
(メカ猫だ)
(メカじゃない猫が欲しかったんだよ)
(そう言うなよ。ほら、すごいんだぞ)

 おじさんはコントローラを操作して、私の右脚を前に出させた。ぽちりと赤いボタンが押されると、私の右脚はぱかりと外れ、ロケットミサイルが飛び出して、向かい家の二階の角部屋が粉々に吹っ飛んだ。

 おじさんが行ってしまうと、大輝殿は膝を抱えてうずくまり、残された私を見下ろした。

(どうしよう、メカねこ)

 いきなり廃棄処分されるのは嬉しくない。私は喉に内蔵されたスピーカを震わせ、収録されていた声でにゃあおと鳴いた。三千二百ヘルツの等速再生で。それからわずかに周波数をずらして、また鳴いた。

(仕方ないな)

 大輝殿は私の身体を持ち上げると、玄関の中へと招き入れた。重くはないね、と感心した様子の大輝殿は、日本の軽量化技術力をお知りでない。単三と単四の乾電池が入った小皿と、ミルクの入った小皿を持ってくると、どっちが好き? と床に並べた。私がぺろぺろとミルクを舐めると、メカねこでもミルクが好きなんだね、と満足そうに笑った。

 大輝殿が部屋に戻ったのを見届けてから、私はさっと玄関の外へ飛び出し、体内一時貯蔵タンクから排出孔を通して庭の草花へミルクを撒いた。葉っぱからミルクの雫がぽたりと落ちる。草花もたまにはミルクが飲みたい。

 そうやって、私は大輝殿の飼い猫として生活をはじめた。もちろん、それには多少の困難が伴った。大輝殿が求めているものを、私はあげることができなかったから。
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