第3話

文字数 954文字

 良い転びのために私は精進した。だが、これがなかなか険しい道のりであった。
 はじめ、私は転ぼうと判断して演算を走らせ、全身のモーメントを計算し、完璧に転んだ。だがそれではしばらくすると、大輝殿が笑ってくださらなくなった。

 不完全さが足りぬからだと私は考えた。私の転びは計算されて完全に不完全なのであり、そのため大輝殿は笑うことができない。

 私はより不完全さを追求するため、演算に乱数を混ぜこんで、自分でも意図せずに転ぶようにした。私は完全に不完全ではなく、不完全に不完全でなければならない。無数の演算が方々で乱れ、その偏りが大きいとき、私はこける。損傷しない程度に閾値を設けることもできたが、より不完全を目指すために除外した。そのため私は、ときたまこけて損傷した。たまには演算ミスが多発し、身体から煙があがってフリーズした。私は不完全な存在となった。これで大輝殿もお笑いになってくださる。

 そうはならなかった。大輝殿は私を抱え上げ、どうしたんだよメカねこ、と心配そうに問うた。大輝殿に笑ってほしいのだよ、と私は前脚をもぞもぞと動かし、にゃあおと一声鳴き声を再生した。壊れちゃったのかなあと大輝殿は首を傾げ、だから本物の猫が良かったのにと呟いた。どうやら私はまだ本物の猫の域に達していないらしい。彼らはどれほど見事に転ぶのであろうか。

 大輝殿が悲しむため、私は転ぶのを控えざるを得なくなった。しかしまったく転ばないというのもいけない。適度に不完全な、その度合いを考えることにした。どの程度の周期で私が転べば、大輝殿は心配を感じることなくただ笑うことができるのであろう? それともそんな演算をこなす不完全から遠い私は、大輝殿の興味をひけないのであろうか?

 私の思考演算は局所解に落ち込み、ぐるぐると際限なく回り続けた。そこからは試行錯誤であった。様々な乱数や定義式を取り入れ、大輝殿の様子を観測しながら、私は適切な不完全さの研究に努めた。そして試行錯誤の末に、私は不完全定数αを定め、その値を0.003に設定するのが良いと結論づけた。αが0ならば私の計算は完全であり、数値が高くなるほどに狂っていく。αが低くても高くても、大輝殿は私から興味を失ってしまう。ほどよい数値が、0.003なのだ。
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