第9話

文字数 1,346文字

 メカカラスは窓の向こうをぐるぐると旋回しながら、教室の中を窺っている。廊下に漂う大輝殿たちが膨らませた風船を狙っている。もう少しすれば窓を破って侵入するという結論に達するであろう。

「空気抜かなくちゃ。せっかく入れたけど、膨らんでたら割られちゃう」
 言って廊下に出ようとする大輝殿の腕を、亮太が掴む。
「待て、大輝。チャンスかもしれない」
「チャンス?」
「ああ。いままでのカー太は、ずっと空の高いところを飛んでいて、声が届かなかった。でも今なら、すぐそこを飛んでる。もう少し近くまで来たら、声が届く」
 大輝殿は頷いた。
「カー太を誘い込むってことだね?」
「ああ。それで、みんなを割るのをやめるように言うんだ」

 どうだろう。それでカー太はやめるだろうか。私は危ぶむ。先程から私はカー太の通信ポートに接続を試みているが、遮断されているのか応答がない。今のカー太は、目的と定めた風船割り行為に最大のパフォーマンスを発揮するため、一切の割り込み命令を拒否している可能性がある。

 音声受信性能の問題もある。私は製品データベースの中からカー太の型番を検索した。メカカラスKAA330。体内焼却炉内蔵のゴミ収集モデルで、ジェット制御のために高速演算チップが載っている。単純な処理性能は非常に高いが、愛玩用ではないためAI機構は単純だ。一度目的を理解したら、逐次補正処理をオフしてパフォーマンスを発揮するため、細やかなオートトラブルシュートは期待できない。

 内蔵マイクの性能は貧弱だった。これではジェット噴射しているときは余程そばで大声を出さないと、正しく解析できる精度で音声を捉えられない。

「ちゃんと頼めば、わかってくれるよな」

 それは甘いのだ、亮太。きっとカー太はわからない。

 だって人と人がわかりあえないのに、風船と人もわかりあえないのに、人とメカがわかりあえるはずがない。

「うん、わかってくれる」

 私の考えと裏腹に、大輝殿は亮太に頷き返してみせた。

「絶対!」

 時折、私は人間を不思議に思う。
 大輝殿の確信には根拠となる演算がないのだ。
 それなのに、どうしてそう力強く自信たっぷりに、言い切ることができるのであろう。どうして亮太もそれを受けて頷けるのだ。

「亮太、ぼくが窓開ける!」
 大輝殿が窓際に立ち、叫んだ。
「カー太が入ってきたら、一緒に、やめるように叫ぶんだよ!」
「おう!」
「準備はいいね?」
「おう!」
 大輝殿は窓のラッチに手をかけて、くるりと回して解錠した。
「それ!」
 大輝殿が窓をがらりと横へ滑らせた。上空を旋回していたカー太が、ゆっくりとこちらへ首を向けた。
 ジェットが噴射。
「せーの!」


『カー太、止』


 一際強く噴射した小型ジェット気流の空気振動が、校舎の窓をびりりと震わせた。

 二人の唇は「止まれ」と動いたが、私の高性能マイクですら、「まれ」の部分は轟音に掻き消されて音が潰れた。

 カー太は大輝殿と亮太の横を、一直線にすり抜ける。

 廊下を目指す。


「メカねこっ!」


 わかっているよ大輝殿。
 私は弾道計算を終えると、構えていた右脚ロケットランチャから、小型ミサイルを発射した。
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