第11話

文字数 1,089文字

 それから、大輝殿たちは空気入れに精を出した。校内に散らばった風船たちを元通りにすると、町で折り畳まれた人たちを順繰りに膨らませはじめた。

 カー太は、衝突の勢いが余程強かったのか、しばらくの間動かなかった。翼がゆらゆらと揺れはするのだが、モータの音が空回りするばかりだ。

 亮太は心配し、壊れないでと泣きだした。するとカー太はひょこりと起き上がり、亮太の目の前で軽く踊ると、ジェットの気流を最大噴射し、また壁に激突してべちんと張り付いた。それを二セットほどやった。

 笑ってくれなくなったのだが何が悪いのか、というカー太の相談に、まだまだケツが青いと私は答えた。一度爆笑をとれたくらいでいい気にならないでおいてもらいたいものだ。そんな私は0.003を新たに0.0039に更新するかどうか迷い中である。


「なあ大輝、空飛んでみるか」

 ある日、二人で空気入れのハンドルを押し下げながら、亮太が言った。そこは川原の原っぱで、私はニャー太と一緒にあられもない姿を晒す特訓をしていた。

「そら?」
「空飛んでみたいって言ってたろ。自分に空気穴があったら」
「うん」
「空気穴がなくても、こんだけ風船がいれば、飛べるんじゃないか。空。行ってみようぜ」

 大輝殿はちょっと考えたあと、ぱっと顔を輝かせて頷いた。

 みんなに頼んで紐を結わせてもらった。ふわふわと飛んでいきがちな風船を見繕って空気を満タンに膨らませ、紐をつけると、もう一方をプラスチックの取っ手に結ぶ。大輝殿は両手に取っ手を握った。取っ手に結わった色とりどりの風船たちは、すっかり盛り上がった様子で、早く早くと、空気入れする亮太にエールを贈る。

 やがて大輝殿の身体はふわふわしはじめた。軽く地面を蹴ると空中に浮かぶ。空気入れ的には入り八割というところ。
 ヒートアップした亮太が、次々に風船を括りつける。大輝殿の身体がどんどん地面を離れていく。

「地面蹴れ、大輝!」

 亮太の声とともに、大輝殿は右足の爪先で地面を押し込んだ。ふわ、と空中で静止する。

 そのとき、風が吹きつけた。

 風にのって、くるくると回りながら、大輝殿の身体が空に舞い上がっていく。


「メカねこ!」

 私は後脚で地を蹴って、舞い上がる大輝殿の左肩に跳びついた。私を乗せて、大輝殿の身体は、空の一つの点になっていく。眼下に見える亮太とニャー太の姿が、徐々に小さくなっていく。建物が小さくなって、町並みが遠ざかる。風に吹かれて飛んでいく場所は、いったい何処になるのであろう。


 そこがさびしさのない場所だといいなあ。
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