第51話:新しいネット放送の試みの話

文字数 1,986文字

 Yさんが、Sさんにメールを送った直後、Yさん宛に「今、話せるか?」というチャットのメッセージが飛んできて、すぐにビデオ会議が始まった。画面の向こう側には、ロンドンのユーチューブ幹部が、会議テーブルに並んで座っており「ヒロシ、本当に大丈夫か?」と問いただされた。

 Yさんは「基本的には大丈夫だし、仮に自分が見落としている問題があったとしても、大事にはならないからやるべきだ」と返したところ、ヨーロッパ側も「それはそうだ」と納得してくれた。

 後にはヨーロッパの法務責任者から “Yes, no matter what, this is the right thing to do”「これはなすべき正しい行いだ」という、個人的な応援メールも届いた。この法務責任者は「自分も承認したので積極的にやろう」と本社にも話を通してくれたという。

 長谷川は、「通常ならば、ニュース番組をライブ配信するとなると、TBSの側でも何人もの決済が必要で、時間もものすごくかかったはずです。緊急時ということで関係者が了解してくれたため、ほんの数時間で対応していただくことができました」という。

 本来なら時間の掛かる社内での承認プロセスを緊急時ということで簡略化し、誰かが責任をとってできる限りの法的リスクを回避しながらサービスを始める。ユーチューブ だけでなく、おそらくユーストリーム やニコニコ動画などのサービス、NHK やTBS、フジテレビといった放送局においても、3 月 11 日は法律ありきではなく、まず何が重要かを基準にして英断が数多く行われたのだと思う。

 異例の判断をごく短時間で行うことで実現されたテレビのネット配信は、はたしてどのような成果を残したのか。

 東日本大震災においてネット上で一番話題として盛り上がっていたであろう、ユーストリーム の配信は、震災当日 133 万人が視聴したという。平常時の視聴者数は 20〜25 万人なので、それが 5.2 倍に増えたことになるが、一般のテレビで見ていた人の数と比べると、はるかに少なそうだ。

 ただし、冒頭でも述べたように、テレビのないオフィスや、停電でテレビが見られない状況にある人、海外在住の日本人にとって、パソコンやスマートフォンで見られるネット配信は重要な情報源となっていた。

 筆者が知己のある米国やヨーロッパ在住の日本人に話を聞いたところ、震災後数日はパソコンに張り付いて日本のニュースを視聴し、寝不足の日々を過ごしていたという人が多い。ネット配信関連では、ほかにも面白い試みがいくつか行われた。

 ユーストリーム で英語番組を配信している三重県四日市市のヨコソニュースでは、震災直後にライブ配信を開始し、日本の被害状況を英語で伝え始めた。番組のところどころでは、震災関連ニュースの内容を英語に同時通訳するということも行っていた。

 また、テレビと視聴者の関係にも、変化が生まれたかもしれない。ユーストリーム などのサービスでは、視聴中の番組について視聴者同士でコメントによる会話が可能だった。

 ユーザーはコメントを通じて、手話を入れた方がいいであるとか、英語の副音声をつけた方がいい、子供たちを不安がらせないために子供向け番組を放送した方がいい、といったリクエストを出していた。

 その後、NHKはこれらの要望を次々と実現していき、ネットで大変な評判になった。ツイッター上でヨピタさんが
「NHKの対応すごいな。ネットで話題になっていた」

「手話放送と英語放送と生活情報放送とアニメ放送しろよにちゃんと答えて放送してるし、自衛隊が助けた人数とか買い占めすんなとか物資送付やボランティアするときはちゃんと連絡して調べてから行動せいとか、ちゃんと放送されてる」

「NHKすごい」とつぶやくと、このつぶやきは大勢の共感を得て、約350人にお気に入り登録され、400回近くリツイートされることになる。NHKの行動が、ユーストリーム 視聴者のコメントに対応したものか、それとは無関係なのかはわからない。

 視聴者が、放送局に対してこれだけの親近感を覚える機会は、普段の放送では、なかなかないはずで、テレビとネットの未来への可能性を感じさせる。ユーチューブでは、テレビ番組の再配信後も長谷川が最初に考えついた動画版消息情報や東北復興支援の取り組みなど数々の試みを行っている。

 最近では、グーグルプラス・ハングアウトという新しいライブ放送技術も提供されるようになり、これを使った復興ハングアウトという新しいプロジェクトも始まっている。実に、素晴らしい、少年の発想と、それを受け多くの苦難を乗り越え情熱をもって実行に移した人々に感謝の意を表します!!
*なお、この情報は、全て、「東日本大震災と情報、インターネット、Google」を参照させていただきました。
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