第10幕
文字数 1,446文字
風使いの男は、夜が明ける前に、風を操り、ラウレリアを地上へと送り届けた。
ほんの僅(わず)かばかり残っていた体力も、それで殆(ほとん)ど使い果たした形となった。
生涯でたった一度の生殖行為が、彼を死の淵へと向かわせていた。
風使いの男が、幽閉同然に塔の中で暮らしているのには、それなりの理由があった。
風使いの種族は、特殊な能力を持っているが故に長寿で、概(おおむ)ね五百~六百年ほど生きる。
だが、その代わり、生殖行為に関しては、自らの死期が近付いたことを悟った時に、たった一度だけ、行われるものだった。
それくらい、生殖行為というものは、彼らを疲弊させる行為なのだ。
だからこそ、数少ない風使いという種族を存続させるために、誘惑の多い世間から隔絶(かくぜつ)し、保護しているというわけだった。
今現在、風使いと呼ばれる種族は、セタ王国内に、ただ一人だけ、生存していた。
それが、フェラールという名の、ラウレリアが顔を合わせた男だった。
死期が近付いているわけでもないのに、生殖行為に及ぶということは、そのまま自らの終息を意味していた。
しかも、相手の女は、他の王国の人間である。
このまま行くと、セタ王国内には、風使いの血筋を受け継ぐ者がいなくなってしまう。
ラウレリアに子種を乞われた時、フェラールは、そういったことを考えなかったわけではなかった。
しかし、セタ王国内には既に、風災から国土を守るための結界が、かなり強固に張り巡らされていた。
それは、歴代の風使い達の労力の賜物だった。
そういった安泰極まりない状況であればこそ、フェラールの代で血筋が途絶えてしまっても、さしたる問題はないように思えた。
それに、フェラールの子種を求めて、果敢にも塔によじ登ってくる女など、ラウレリアが初めてだった。
冷静に考えてみれば、必ずしも無事で済むような話ではない。
そこまで捨て身で求められたら、応えないわけには行かなかった。
例えそれが、フェラール個人としてではなく、風使いという役割を通して、求められているに過ぎないとしても。
全身に毒が回っているかのように気怠く、最早力が入らない。
意識も朦朧(もうろう)とし始めている中で、フェラールの記憶が執拗に反芻(はんすう)しているのは、ラウレリアの面影だった。
指が吸い付くような肌理(きめ)細かな肌。
次第に熱と湿り気を帯びていく、敏感な身体。
蔓(つる)のように指にまとい付いてくる、長い髪の毛。
その髪の中に顔を埋めると、仄かにジャスミンの香りがした。
地上で暮らす世俗にまみれた人間達は、人生の最期を迎えた時、一体どんな記憶を巡らせるものなのだろうか。
もしもそれが、快楽に基づくものではないのだとしたら、風使いとして孤独に生きてきたこの人生も、そう悪いものではなかったのだと思える。
死の淵を彷徨(さまよ)い続けたフェラールが、遂に息を引き取ったのは、その日の夕刻のことだった。
それは、熾火(おきび)のような夕陽が、殊の外美しく燃え盛る刻限だった。
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・・・ 第11幕へと続く ・・・
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