第8幕
文字数 1,377文字
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「いいえ、滅相もございません。
それではセタ王国に風使いが不在となり、ご迷惑をお掛けすることになってしまいます。
あたくしがお願いに参りましたのは、そういったことではなく…‥」
ラウレリアは、そこで一旦言葉を切ると、小さく息を吸い込んだ。
それから意を決したように続ける。
「あなた様の子種を、この身に引き受けさせて頂きたく、お願いに参った次第でございます」
決然とした言葉尻が、凛と解き放たれた途端、塔全体に轟(とどろ)くかと思うほどのけたたましい笑い声が、その空間を席巻(せっけん)した。
狂った孔雀の鳴き声にも似たその引きつるような笑い声は、延々と続くかのようだった。
ラウレリアはその間、翡翠色の瞳を見開き、凍り付いたように立ち尽くしていた。
風使いの男は、漸(ようや)くのことで笑いを収めはしたが、それでも尚、嘲(あざけ)りが滲む声音で、高らかにこう言い放った。
「一体、何を言い出すかと思えば!
とんでもない物好きもいたものだな。
私の子種が欲しいだと? 良いだろう!
だがな、この暗がりの中では、私がどんな風貌をしているのかなど、そなたには分かりはしまい。
それでも、今すぐに決めるのだ。
私が二目とは見られない、おぞましい風貌の持ち主であったとしても、交わる気があるかどうかをな。
今それを決められないのなら、この塔で過ごしたそなたの記憶を全て消し去り、地上へ送り返すまでだ」
ラウレリアは、両手を強く揉み絞った。
二目とは見られないおぞましい風貌とは、一体何処までを想定しておいたら良いのだろうか。
何かしらの事故に巻き込まれたせいで、皮膚がただれているのだろうか。
それとも、顔中に膿を伴った発疹が発生しているのだろうか。
或いは、せむしのような醜い体躯(たいく)をしているのだろうか。
確かに、実際にそういった風貌を目の当たりにしたら、最初は驚くだろう。
けれど、ラウレリアは既に、風使いの男の魂の本質に、触れているような気がした。
風貌が見えない中でのやり取りだからこそ、その男が抱えている深い孤独感や、風使いという特殊な役割を遂行していく中で感じている重圧などが、透けて見えるようだった。
そうしてそれは、ラウレリアが敬愛するレグルス王にも、見え隠れする翳(かげ)りだった。
それ故に、子種の話がなかったとしても、この男と関わることなく、塔を出て行くことは出来なかった。
それでラウレリアは、こう答えた。
「あたくしの決意は変わりません。
あなた様のご了承が得られるのであれば、お願いしたく存じます」
それに対して返ってきたのは、深い沈黙だった。
それも、もう二度と、誰もその底から這い登って来れないような、果てしない深さを湛(たた)えた沈黙だった。
それを肌で感じ取った時、ラウレリアは、交わる覚悟が出来ていなかったのは、実は男の方だったのだと気付いた。
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・・・ 第9幕へと続く ・・・
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